第14話 緊張する相手が違う?




 朝、授業の前にエウリアスは第八王子トレーメルと談笑していた。

 もうすぐ学院に通い始めて一カ月が経とうとしていた。

 さすがに毎日顔を合わせていれば、それなりに親しくなる。

 特にエウリアスとトレーメルは、他の学院生とは一線を画す立場だ。

 お互い、気軽に声をかけられる相手が、他にいないという事情もある。

 まあ、トレーメルはエウリアス以外にも、ホーズワース公爵家のルクセンティアと話をすることもあるけど。


「おはようございます、トレーメル殿下。」

「ああ、おはようルクセンティア。」

「おはようございます、エウリアス様。」

「は、はい! おおおはようございます、ルクセンティア様!」


 教室に入って来たルクセンティアが、エウリアスとトレーメルに挨拶をした。

 エウリアスはガチガチに固まり、ぎこちなく挨拶を返す。

 ぶっちゃけ、未だにエウリアスはルクセンティアに慣れていなかった。


 これまで、ほぼ挨拶以上の会話なし。

 エウリアスが意識しすぎるため、ルクセンティアも居心地が悪くなる。

 結果、ルクセンティアが少し困った顔をして、会話が打ち切られる。

 そんなことの繰り返しだった。

 ああ…………憂いを帯びた困った顔も素敵です、ルクセンティア様。


 エウリアスの様子を見て、トレーメルが溜息をつく。


「なあ……エウリアス。」


 トレーメルが、こそっと声をかけてくる。


「はい、何でしょうか?」


 エウリアスが、けろっとした態度で返事をする。

 そんなエウリアスに、トレーメルが眉を寄せた。


「……何で、ルクセンティアと話す時だけ、緊張するのだ?」

「何でって…………それは勿論、ルクセンティア様がとても素敵な方だからです。」


 エウリアスも、こそっと返事をする。


「まあ、それは僕も否定しないでおこう……。だがな、エウリアスが緊張するとしたら、ルクセンティアの前にまずは僕に対してではないか?」

「なぜ殿下と話をするのに、緊張するのですか?」


 エウリアスが目をぱちくりさせる。

 トレーメルは、礼を失することがないように気をつける必要はあるが、それだけだ。

 特に緊張するような要素はありませんが?


 そんなエウリアスの態度に、トレーメルが大袈裟に溜息をつく。


「エウリアスは、少々変わっているな。」

「…………? 何か、失礼をしてしまいましたか?」

「そうではないが…………いや、意味をよく考えると、ある意味失礼か? まあ、よいが。」

「はあ……。申し訳ありません。」

「いや、構わん。僕も、気軽に話せる相手がいて、嬉しく思っている。エウリアスはそのままでよい。」


 トレーメルの言うことがいまいち分からず、エウリアスは首を傾げた。







■■■■■■







 授業の合間に、ちょっとお花摘み。

 エウリアスがすっきりして教室に戻る途中、クラスメイトのバルトロメイの後ろ姿を見かけた。


 バルトロメイは、柱の影にいる誰かと話をしているようだった。

 何となく、ピリピリした雰囲気を纏っている。

 エウリアスは少し気になり、気配を抑えて歩いた。


「…………言われたとお……別の班……して……」

「……あの三人……一緒にな……だな?」

「はい、ご命令の通りに……。」


 こそこそと話をしているようだが、近づくごとに会話が鮮明に聞こえるようになる。

 エウリアスは、何気ない風を装って、そのまま横を通り過ぎようとした。


「……地図の……も、準備はできております。」

「よし。こっちも――――ッ!」


 エウリアスに気づいたバルトロメイが、バッと振り向いた。

 エウリアスはにっこり微笑み、目だけで挨拶をして、そのまま通り過ぎる。


(…………担任、教師?)


 陰になって見えなかった、バルトロメイの話していた相手を確認する。

 エウリアスたちのクラスを受け持つ、担任の教師だった。


「……チッ……木こりが……!」


 微かに、そんな声が聞こえてくる。

 エウリアスはそのまま通り過ぎるが、突き刺すような視線は、通路を曲がるまでずっと続いていた。







■■■■■■







「タンストール伯爵領って、どんなとこだっけ?」


 学院からの帰り道。

 エウリアスは、馬車の中でタイストに聞いてみた。


「ご学友の、バルトロメイ様の出身ですね。」


 向かいに座ったタイストが、確認する。

 エウリアスの護衛騎士の責任者をやっているだけあり、さすがにクラスメイトはチェックしていたようだ。


 ちなみに、厳密な貴族社会では、貴族家の当主と嫡男以外は一段下に見られる。

 そこには、明確に一線が引かれる。

 それでも平民からすれば、伯爵家次男のバルトロメイも立派な貴族だ。

 タイストも、バルトロメイに『様』と敬称をつけた。


「赤酒の醸造で有名な領地ってくらいは、俺も知ってるんだけど。」

「そうですねえ。まあ、取柄としては、それくらいしかなさそうな領地ではありますが。」


 タイストが、思い出すように天井を見上げる。


「昔はいい赤酒を造っていたようです。ヴィンテージ物も多数ありますね。」

「昔?」


 エウリアスが確認すると、タイストが頷く。


「何代か前……確か二~三代にさんだいくらい前ですかね。ちと無茶な当主が就いたんですよ。」

「どんな無茶?」

「それまで、タンストール産の赤酒って言えば、熱心な愛好家もいたそうです。ヴィンテージ物も、その頃の物ですね。」


 そこで、タイストが軽く首を振った。


「ですが、ある当主が『高くても買うだろう』と価格をばんばん吊り上げ、客離れを起こしました。他の領地や、輸入品にも手頃な赤酒はありますからね。その当主は減った税収を補うために、無茶な課税で領民から搾り取りました。おかげで醸造家はボロボロ。生産される赤酒の質も低下し、値崩れを起こしました。」

「うわぁ……。」


 お手本のような反面教師だった。

 これを手本に、ラグリフォート産家具が同じ道を進まぬよう、気をつけねばなるまい。


「そこから立て直すことができず、今に至るって感じですかね。今の当主はそこそこマシなようですが、一度沁みついたイメージを払拭できずに苦労しているようです。まあ、劇的に高品質な赤酒が作れるようになったわけではありませんから。昔のような、ね。」

「そっか。」


 エウリアスの祖父や父のような手腕を持つ領主など、ほんの一握りだ。

 そんな領主が二代続いたおかげで、現在のラグリフォート伯爵領がある。


(俺の代で傾いた、なんて後世で言われないようにしないと……。余計なことはせず、無難にやっていこう、うん。)


 自分が受け継いだものを、そのまま次代に引き継ぐ。

 名君などと言われなくても、せめて悪評が立たないようにしたいと思う。


「ですが、急にどうされたんです? 仲良くなれそうですか?」

「うーん、どうかなあ。いろいろと抱えてるものがありそうでさ。」


 タイストの確認に、エウリアスは微妙な表情になってしまう。

 バルトロメイはプライドも高そうだし、同じ伯爵家出身とはいえ、明確な格差をつけられた現状では望み薄かもしれない。


(生まれた時点で、すでに俺とバルトロメイでは『差』ができちゃってるんだよな……。こればっかりは、どうしようもないし。)


 その差を、受け入れるか、反発するか、気にしないか。

 それは、その人次第。

 少しだけ寂しい気持ちを覚えながら、そんなことを思うエウリアスだった。




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