第13話 黒水晶のネックレス




 夜中に突如部屋に現れた石扉は、エウリアスを誘うように開いた。

 エウリアスは覚悟を決め、石階段を下りる。


 ペタ……ペタ……ペタ……。


 慎重に気配を探りながら、下りる。

 丁度、一階分ほどを下りた所で、部屋の入り口が見えた。


 エウリアスの部屋は二階。

 そこから一階下りただけなら、ここは地上のはずだ。

 向きは、屋敷の正面側。

 しかし、屋敷にこんな物があれば、外から見ても分かる。


 エウリアスは、部屋の入り口の前で立ち止まる。

 その部屋に扉は無く、石で入り口の枠が作られていた。


 そっと、部屋の中を探る。

 ぱっと見た感じ、石室といった雰囲気だ。

 石室の広さは、横幅が十メートル、奥行きは十メートルを少し超えるくらいか。

 正方形に近いが、奥行きが少し長い程度。

 そんな石室には、奥の方に石の台があるだけだった。


 石の台を凝視し、ふと床に何か描かれていることに気づく。

 かすれているのと、埃を被っていたため、すぐには意味があるものが描かれていることに気づかなかった。


「…………円? 中の、模様みたいなものは何だ?」


 奥にある台の手前から、床に大きく円が描かれているようだ。

 もしかしたら、魔法陣などと言われるものだろうか。

 実際にそんなものを見たことはないが、何かの儀式などに用いられることがある、と聞いた憶えがある。


(誰も、いない……?)


 気配はない。

 エウリアスは罠が仕掛けられている可能性も考え、慎重に石室の中に入った。

 燭台の火に照らされた、石室。

 壁には、特には何もない。

 あるのは、床の魔法陣と、奥の台。


 エウリアスは慎重に、台に近づく。

 右手の長剣ロングソードを持つ手に、つい力が入ってしまっていた。

 エウリアスは一度立ち止まり、意識して右手の指を開く。

 そうして軽く動かしてから、歩くのを再開した。


「ようやく来たの。」

「――――誰だっ!?」


 突然の女性の声に、エウリアスが誰何すいかする。

 長剣ロングソードを前に突き出し、前後左右を警戒した。

 エウリアスが燭台を持った手を揺らしたため、石室を浮かび上がらせる光も揺れる。


 不意に、風が吹いた。

 その風は、エウリアスの燭台の火を消してしまった。


「しまった!?」


 突然の闇。

 前後左右どころか、上下さえも不覚になりそうな、漆黒の闇だった。


「そう、怯えんでもよいわ。」


 再び声がかけられ、そちらに長剣ロングソードを向ける。

 それはおそらく、石室の奥の台のあった方向だ。


 エウリアスがじっと見ていると、薄っすらとした光があった。

 闇に目が慣れてきたため、その弱い光にも気づけるようになった。

 その光は、台の上にある。

 台そのものが光っているのではなく、おそらく台の上に置かれた物が光っているのだろう。


「…………そこに、いるのか?」


 エウリアスが声をかけても、返事はなかった。

 気配は感じられないが、声の出所は台の向こうか。


 エウリアスは慎重に台へと近づく。

 そうして、ついに光を発している物が分かった。


「首飾り……?」


 所謂、ネックレスだ。

 エウリアスも、家紋の刻まれた宝石の付いたネックレスを身につけているが、同じような物だ。

 台に置かれたネックレスに付いているのは、黒い水晶のような物だが。

 五センチメートルほどの、刺さりそうなほど鋭い先端をした黒水晶。

 光は、その黒水晶が発しているようだった。


 エウリアスは台のすぐ横に立つと、燭台を台の上に置いた。

 そうして、ネックレスに手を伸ばす。


「…………………………。」


 エウリアスは黙ったまま、いつまでもそのネックレスを見つめていた。







■■■■■■







「おはようございます、エウリアス様。」

「ん、んー……っ。」


 女中メイドに声をかけられ、エウリアスは寝返りを打った。

 カーテンを開く音が聞こえ、まぶた越しの白い光に視界を支配される。

 エウリアスは支配から逃れるように、うつ伏せになって枕に顔を埋めた。


「朝でございます、エウリアス様。」

「んー……! んー……!」


 枕に顔を埋めたまま、首を振る。


「まだお休みになられますか?」


 エウリアスが起きるのを嫌がると、メイドはすぐに引き下がった。

 きっと「今日は休む」と言えば、二つ返事で了承の答えが返ってくることだろう。


「あぁー……っ。」


 エウリアスは諦めて、起きることにした。

 何だか、目を開けるのがつらい。

 昨日はいつもと同じような時間に寝たのだが。


 そこに、別のメイドがやって来る。


「エウリアス様。燭台をご存じありませんか?」

「……蝋燭ろうそくを立てるための台。室内照明の一つで蝋燭立て、蝋燭台、火立てともいう。基本的な形状としては蝋燭を支える針と、蝋を受ける皿が――――。」

「あ、いえ、申し訳ありません。燭台の意味ではなくて、こちらに置いてあった燭台をご存じないかと。」


 冗談で説明したら、謝られてしまった。


「ぃや、知らなぁ~……ぃ……あふっ……。」


 答えながら、欠伸が出てしまった。

 エウリアスが知らないと言うと、メイドは一礼して下がった。


「今朝は随分と眠そうですね、エウリアス様――――はっ!」


 エウリアスが眠い目を擦っていると、メイドが息を飲んだ。


「もしや、お身体がすぐれませんか!? すぐにお医者様をお呼び――――!」

「いやいやいや、呼ばなくていいから! 寝起きに眠気が取れないなんて理由で呼び出したら、怒られるから!」

「ですが、万が一のことが――――!」

「いやぁーっ、気持ちのいい朝だなあ! 今日も一日、頑張ろうっ!」


 エウリアスはベッドから跳ね起きると、元気をアピールした。

 すぐに大事にする使用人たちに囲まれていると、おちおちダラけることもできない。

 まあ、ある意味眠気なんか吹っ飛んだけど。







 そうしていつも通りに朝の日課を行い、浴室に向かった。


「あれ? 何でこんなに足の裏が汚れてるんだ?」


 お湯で汗を流していると、なぜか足の裏が真っ黒だった。


「靴の中が汚れてる?」


 エウリアスは、首を傾げる。

 その首には、いつもの家紋のネックレスと一緒に、黒水晶のネックレスが提げられていた……。




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