第12話 石扉




 深夜、エウリアスの私室。


「ん……。」


 ふと夜中に目が覚め、エウリアスは寝返りを打つ。

 柔らかな布団が、エウリアスの身体を優しく包む。


 さすが一級品のベッドだけあって、寝心地は最高。

 ただし、あまりに豪華すぎる部屋に、居心地は最悪。

 そのため眠りが浅いのか、王都に引っ越してから、時々こうして目を覚ますことがあった。


「んんー……。」


 何となく寝入ることができず、もう一度寝返りを打つ。

 微かに目を開けると、遠くに置かれた燭台に灯された火が、温かな光で部屋を照らす。


「………………。」


 ぼんやりと浮かび上がる部屋に、視線を巡らせる。

 執務机、ソファーセット、会議用テーブル。

 更に寝返りを打ち、窓に視線を向ける。

 窓にはカーテンがかけられ、薄っすらとした月明かりが入り込んでいた。


 エウリアスは、カーテンを見つめる。

 だだっ広い部屋のため、ずらりと窓が並ぶ。

 窓、窓、窓、窓、窓、石造りの扉、窓、窓、窓……。


「いやいやいやいや、おかしいやろ。」


 ガバッと起きた。

 窓の間に何気なく並んだ、武骨な石扉を凝視する。


「何だこれは。」


 当たり前だが、寝る前にこんな物はなかった。


「誰か! 誰か来てくれ!」


 エウリアスはベッドから下り、傍に置いていた長剣ロングソードを手に部屋のドアに向かう。

 すぐに不寝番の騎士と女中メイドが入室してきた。


「どうされました、エウリアス様。」

「ちょっと見てくれ。」


 エウリアスは振り返り、石扉を指さす。

 だが、そこには何もなかった。

 いや、普通にカーテンのかけられた窓があるだけだった。


「………………? そちらが、どうかされましたか?」

「あれ?」


 騎士が念のため、窓を開けて外を確認する。

 エウリアスは目を擦って、石扉のあった辺りを見回す。

 しかし、何も変わったところはなかった。


「夢? ……寝惚けてた?」


 エウリアスは首を捻る。

 騎士とメイドが苦笑した。


王都こちらに引っ越されて、慣れない生活にお疲れだったのではないでしょうか?」

「温かいミルクでもお持ちしましょうか? 飲むと、よく休めると言います。」

「いや、いい。 騒がせてすまなかった。」


 エウリアスがぽりぽり頭を掻くと、メイドがベッドまで付き従う。

 横になったエウリアスに、布団をかけてくれた。


「寝付くまで、お傍に控えております。」

「大丈夫だ。おやすみ。」

「それでは、お休みなさいませ、エウリアス様。」


 メイドは一礼すると、部屋を出て行く。

 エウリアスは柔らかな寝具に包まれ、「あふ……」と欠伸をすると、寝直すのだった。







■■■■■■







 翌日、深夜。


「やっぱり、あるじゃん。」


 エウリアスは昨夜のことが気になり、いつも以上に眠りが浅くなっていた。

 そのため、今日も夜中に目が覚めてしまったのだ。

 そうして窓の方に視線を向けると、でーんと石扉が鎮座していた。


「誰か! ちょっと来てくれ!」


 エウリアスは、石扉に視線を向けたまま不寝番を呼ぶ。

 だが、明らかに声が届いているはずなのに、騎士とメイドが入って来ない。


「どういうことだ……?」


 エウリアスは、迷った。

 部屋の外を確認したい。

 だが、石扉から視線を逸らせば、また消えてしまうのではないだろうか。


 石扉を見つめたまま長剣ロングソードを手に取ると、部屋のドアに向かう。

 後ろ手にドアノブに手を伸ばすが、びくともしなかった。


「…………ほんとに、どうなってる?」


 エウリアスは、微かに舌打ちした。


 あまりにも異常な事態に、対応に迷う。

 もし仮に、あの石扉から視線を逸らせば、また昨日のように消えるかもしれない。

 それならそれでいい。

 明日にもこの屋敷を引き払い、別の家を借りればいい。

 騎士学院への通学には不便だが、次の家が見つかるまで別邸で過ごせばいいだけなのだから。


 しかし、石扉が得体の知れない存在であることが分かった今、迂闊に視線を逸らすこともできない。

 昨日は消えたが、はたして今日は?

 どんな仕掛けがあるか、何が飛び出してくるか分からないのだ。


 エウリアスは、試しに窓に向かった。

 開けられないかと思ったが、どうやらこちらもだめなようだ。


 ということは、覚悟を決めなければならない。

 エウリアスは警戒しながら、一瞬だけ石扉から視線を逸らし、また石扉を見た。

 変化はない。


 次は、少し時間を長くする。

 そうして、石扉から視線を逸らして、また石扉を見てというのを繰り返した。

 完全に背中を向け、それから石扉の方を見ても、今日は消えることはなかった。


「…………………………。」


 じっと石扉を見つめる。

 エウリアスは覚悟を決めて、石扉に近づいた。

 その時、ズズ……と擦れる音がした。

 エウリアスは咄嗟に身構える。

 どうやら、石扉が上に向かって持ち上がっているようだ。


「おいおい……、勘弁してくれよ。」


 エウリアスは長剣ロングソードを抜き、構える。

 そのまま持ち上がっていく石扉を見ていると、完全に上がり切ったようだ。

 何かが飛び出してくることはなく、ただ石の下り階段があるだけだった。


「どうなってんだよ、まじで?」


 構造的に、明らかにおかしい。

 こんな石階段、外から見て分からないはずがない。


「まあ、現れたり消えたりしている時点で、まともじゃないのは当たり前か。」


 閉じ込められ、外に声も届かない。

 これが夢でないなら、自力で何とかするしかないだろう。


「…………階段、か。」


 誘うように開かれた石扉。

 下り階段の先にある“何か”が、エウリアスを呼んでいるかのようだ。


 エウリアスは覚悟を決めると、長剣ロングソードと燭台を手に、石扉に向かって歩き出すのだった。




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