第10話 タンストール伯爵家の次男




 学院に通い始めて一週間。

 学院の授業では、座学と運動の時間がほぼ半々だ。


 座学では王国史から騎士の成り立ち、戦略から戦術、社交に至るまで幅広く習うことになる。

 そして、『騎士道』なんて座学まである。


 戦いに明け暮れた戦乱の世が終わり、太平の世となった。

 それまで武によって身を立てていた戦士たちが、平和な世ではどうなるか。

 食い詰め、暴れ回るに決まっている。

 腕っぷしに自信があるから、貴族たちでさえ決闘だ何だと勝手に揉め始め、血を流した。

 国の偉い人たちが「これは困った」ということで、捻り出したのが騎士道なんて価値観だ。


 自らを律し、主君あるじのために身を捧げる、騎士の誕生だ。

 それまでは『騎士』という職業どころか、名称すらなかった。

 学院も、以前は違う名前で呼ばれ、ただ貴族の子弟が通うだけの場だった。

 そこで、まずは貴族に『騎士道』を教え込み、その家臣たちも通わせるようになり、やがて現在のような一般人にも門戸を開く形となっていった。

 貴族の家督承継の条件に、騎士学院の修了が組み込まれたのには、こうした背景がある。

 もっとも、その条件も最近撤廃されてしまったが。







 そして、今は運動の時間だ。

 とにかく体力をつけないと話にならない、とひたすら走り回らされることが多い。

 途中に、丸太の上を渡ったり、土を盛った斜面があったりするが、とにかく同じ場所をグルグルグルグル走らされる。


 一クラスが四十人弱、運動の時間では二クラス合同で授業が行われていた。

 つまり、七十人以上がぞろぞろとひたすら走る。


「意外に、しっかり鍛えているのだな。」


 先頭を走る第八王子のトレーメルが、横を走るエウリアスに声をかけてくる。


「私は、領地で野山を駆け回っていましたので。」


 息を弾ませ、エウリアスが答える。


「ラグリフォート領は、山が多いのだったか。」

「はい。緑豊かな、素晴らしい領地です。」

「ははっ。私では、少々退屈しそうだな。」


 そんな会話をしながら、二人で先頭を走る。


 エウリアスたちの後ろには、タンストール伯爵家の次男バルトロメイ。

 バルトロメイは体格がいいため、かなりの体力があるようだ。


 そんなバルトロメイの後ろにつけるのは、戦の女神マリーアンヘーレの化身(だとエウリアスが勝手に思ってる)ルクセンティア。

 ルクセンティアは木剣を振っていた時の姿勢から、しっかりとした訓練を受けていたことが窺える。

 そのため、基礎体力作りもしっかり行っていたのだろう。

 エウリアスたちについて来ていた。


 いや、もしかしたらこの二人は遠慮しているのかもしれない。

 抜かすこともできるが、果たして抜かしてもいいものか、と。

 伯爵家の嫡男エウリアスと第八王子のトレーメルが、学年の階級ヒエラルキーでは頂点だ。

 まあ、トレーメルとエウリアスでさえ、その差は天と地ほどもあるが。


 そして、隣のクラスの貴族の縁者も、割とついて来れている。

 今、騎士学院に来る貴族の縁者は、きちんと訓練をした上で通っている子がほとんどのようだ。


 この、王族や貴族の縁者組以外の人たちはどうかと言うと、実は大きく引き離されていた。

 普通に生活していれば、個人差はあってもそこまで飛び抜けた体力は身につかない。

 しっかりと訓練を行ってきたエウリアスたちに、引き離されるのも仕方がないだろう。

 それに、こんなのはこれまでの結果でしかない。

 学院で鍛えられれば、すぐにエウリアスたちに追いつき、追い越す者も出てくるはずだ。


 エウリアスは、まだ余裕のありそうなトレーメルを見る。


「殿下が、これほどまでに体力があるのは意外でした。」

「そうか? 僕はいずれは王家を出る身。できれば爵位を賜り、剣で陛下をお支えしたいと思っているのだ。」

「立派なお考えかと。」


 平和な世であっても、剣は必要だ。

 王位から遠いトレーメルは、すでに王家を離れる日のことを見据えていた。


 エウリアスは、ちらりと後ろを見た。

 バルトロメイは詰まらなそうに、黙ってついて来る。

 ルクセンティアは、すでに少し苦しそうだ。


 そうしてエウリアスが後続を気にすると、トレーメルも後ろを見た。

 トレーメルは、すでにへばってしまった平民組を見る。


「ふむ。もっとついて来るかとおもったがな。」


 平民たちの中には、すでに立ち止まったり、膝をついてしまっている者が出ていた。

 そんなことで騎士が務まるか、という教師の叱り飛ばす声が聞こえてきた。

 勿論、何とか食らいついて来る者もいるが。


たっとき血が侮られぬよう、もう少し見せつけておくか。」


 そう呟き、トレーメルがペースを上げた。

 トレーメルのペースに、エウリアスも合わせる。

 バルトロメイは難なくついて来たが、ルクセンティアが徐々に遅れ始めた。


(同じ走るなら、もっと自然の中を走りたいよ。)


 そんなことを思いながら、エウリアスはトレーメルと並んで走り続けるのだった。







 運動の時間が終わり、更衣室で着替える。

 更衣室は、平民と貴族の縁者は分けられていた。


 そうして着替え終わり、教室に戻る途中で、先に着替え終わったバルトロメイを見かけた。

 バルトロメイは、教室に向かうのとは違う方向の通路に入って行った。


「…………?」


 エウリアスはそのまま進み、通路を横切る時に、ちらりとバルトロメイの方を窺った。

 バルトロメイは、通路を少し入った所で話をしていた。

 どうやら相手は数人で、ブレザーを見る限り平民のようだ。


「くそ……何で俺が……こんな学院なんかに……っ!」

「しばしの辛抱です、バルトロメイ様。」

「……すぐですから……今はどうか……。」


 そんな声が聞こえてくる。

 同じタンストール伯爵領出身の子たちだろうか。

 エウリアスは立ち止まることなく、そのまま通り過ぎた。


バルトロメイあいつも親に言われて、嫌々通わされてるのかなあ。)


 そんなことを思う。

 エウリアスも、父に言われた時は反発したものだ。

 意外に伸び伸びと過ごせているので、以前のような不満はないが。


 むしろ、使用人たちがはっちゃけ過ぎて、ちょっと引くくらいだった。

 貴族らしい姿を身につけるというのは分かるが、やり過ぎだろ。

 エウリアス一人のために、無駄に大きな屋敷を借りて、贅を尽くした部屋を用意したり。


 エウリアスは教室の前に着き、振り返った。


「でも、ちょっと親近感? バルトロメイも、早く学院ここに慣れるといいね。」


 そんなことを呟き、教室に入るのだった。




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