第7話 トレーメル・ハンネス・(中略)・リフエンタール
エウリアスが、会場に爆笑の渦を巻き起こした後、しばらくして校舎の方に案内された。
まだ測定の途中であるが、貴族家の縁者は特別らしい。
どうもあの測定は、クラス分けに影響を与えるようだ。
現在の打撃力から大雑把にクラス分けをしているのだと、係官に教えてもらった。
打撃力の強い者、弱い者、性別、見た感じの体格などを元に、あまり偏りが出ないように振り分ける。
これをその場で決定していくというのだから、ちょっと驚きだ。
まあ、あくまで現在の情報を元に、大雑把に分けるだけらしいが。
とはいえ、これは平民の話。
貴族家の縁者は初めからクラスが決まっており、測定はあくまで情報として集めておきたいというだけのようだ。
そうしてエウリアスと同じクラスに案内されたのは、ホーズワース侯爵家の令嬢ルクセンティア。
他にはタンストール伯爵家の次男、バルトロメイという体格のいい男の子だ。
エウリアスの記憶では、確かタンストール伯爵領というのは赤酒の生産地で有名だったはずだ。
まあ、お酒は飲まないので、あまり詳しくはないのだけど。
係官に案内されながら、エウリアス、ルクセンティア、バルトロメイと続く。
案内された校舎は、かなり綺麗だった。
しっかりと清掃が行き届いているらしい。
「こちらになります。」
係官に促され、最初に教室に入る。
すると、すでに五人ほど先客がいた。
いや、この場合は一人、というべきだろうか。
席に着いているのは一人の男の子で、他の四人は護衛騎士なのだから。
(…………王族。)
学院内の護衛騎士には規定があり、付けられる人数が決まっていた。
王族が四人、上級貴族の嫡男が二人。
ルクセンティアは特別待遇のようだが、人数は規定に則っている。
ブレザーの刺繍からも明らかなように、先に来ていた男の子は間違いなく王族のようだ。
エウリアスは一瞬だけ目を瞠ると、すぐに男の子の前まで進み出た。
そうして跪き、挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ラグリフォート伯爵家のエウリアスと申します。」
エウリアスに続き、ルクセンティア、バルトロメイも挨拶をしていく。
ルクセンティアはすでに面識があったのか、「お久しぶりです」といった感じ。
「そう畏まらないでくれ。ここでは同じ学院生だ。」
そう言ってエウリアスたちに立つように促すと、自分も立ち上がり名乗った。
「僕はリフエンタール王国第八王子のトレーメル・ハンネス・ネストーレ・ウッツ・ムージアロ・ヌール…………ヌーム……。」
トレーメルは次々とミドルネームを名乗っていくが、そこで口を開けて固まった。
後ろにいた護衛騎士が、トレーメルに何やら耳打ちする。
「そうそう、ヌームポールだ。……ヌームポール・レンゾフ……カシュパル?」
トレーメルが首を傾げた。
疑問符を付けられても、こちらも分かりませんが?
「……殿下。差し出がましいですが、よろしければ正式なお名前は、また今度でよろしいのではないでしょうか。」
きりっとした表情で、ルクセンティアがトレーメルに進言する。
名乗りを遮るなど失礼この上ない態度だが、どうやら二人は、それなりに親しいようだ。
「そ、そうだな。僕もちょっと、名乗るのが面倒になってきた。さすがに五十七個もあると、すぐには思い出せん。」
どうやらトレーメルは、なかなかに大雑把な性格をしているらしい。
しかし、名前が五十七個は多いな。
まあ、さっきは十個もいかずに詰まってたけど。
とりあえずの名乗りが終わり、係官が席を指定してきた。
トレーメルが座っていたのは、真ん中の列の一番後ろ。
そして、エウリアスに指定されたのは、その前だ。
窓際が良かったなー。
我が心の女神、ルクセンティアはトレーメルの窓側の隣。
これは妥当な線だろう。
旧知の仲のようだし、何より護衛騎士がいる。
一番後ろに座らせないと、邪魔でしょうがない。
そして、バルトロメイがエウリアスの隣ということになった。
「チッ……。」
バルトロメイが、微かに舌打ちするのが聞こえた。
同じ伯爵家出身でも、この席順で明確にランクが示されているのが分かったからだろう。
エウリアスとトレーメルを真ん中の列に座らせたのは、それだけ重要視されているからだ。
窓と廊下、どちらからの襲撃にも、それなりに時間が稼げる。
平民たちを盾として。
そして、エウリアスよりも窓側の隣にバルトロメイを座らせたのは、狙撃を警戒してだろう。
これは、ルクセンティアも同じだ。
二人をエウリアスとトレーメルの、最後の盾と位置付けて配置した。
(…………とは言って、そう気にすることもないと思うけどね。)
そんな事態は何百年も起こっていない。
実情としては、そこまで意味はないのだ。
ただ、便宜上はそうしてランクを付けざるを得ないというだけで。
(バルトロメイは、なかなかプライドが高いみたいだな。)
そんなことを思いつつ、エウリアスは大人しく平民たちが来るのを待つことにした。
席に座って大人しく待っていたエウリアスだが、後ろのトレーメルが声をかけてきた。
「ラグリフォート伯爵というのは、あの高級家具で有名なラグリフォートか?」
「その通りです、殿下。」
「おお、やはりそうか。あの家具は素晴らしいな。僕もいくつか持っているぞ。」
トレーメルに褒められ、エウリアスは嬉しくなった。
質の良い豊富な森林資源、職人たちの卓越した技術、この二つが揃ってこそのラグリフォート産家具だ。
しかし、そこでトレーメルが眉を寄せる。
「だがなぁ……如何せん高すぎないか? 僕の小遣いでは、そうそう買い替えもできないぞ?」
そのクレームに、エウリアスは苦笑してしまう。
「質の良い家具を造るには何人もの職人が携わり、手間と時間もかかりますので……。」
「それはそうだが、もっとこう、どんどん造らせるわけにはいかないのか? 伯爵が家具職人たちに足元を見られて、払いすぎてるんじゃないのか?」
トレーメルの意見に、エウリアスは真剣な顔で答える。
「命じれば、どんどん造らせることは可能でしょう。職人たちの給金を減らせば、更に値段を下げることも可能だと思います。」
「そうだろう! では、そうすればいいではないか。」
トレーメルは、我が意を得たりと頷く。
エウリアスは首を振った。
「その行き着く先は、粗製乱造です。粗悪な物が大量生産され、ラグリフォート産家具の名は地に落ちるでしょう。」
「なぜだ。職人たちに命じればよいではないか。ちゃんとした物を造れ、と。」
エウリアスは目を閉じ、心の中でそっと溜息をついた。
これは、仕方のないことだった。
この考えは、トレーメルが特別にひどいわけではない。
これが、貴族の常識なのだ。
「職人たちも生活があります。日々パン粥だけを啜る生活で、はたしてやる気が出るでしょうか。」
「命じているのだから、やるのではないか?」
「いえ。むしろ、そうして造られる物から一線を画す物が、ラグリフォート産家具なのです、殿下。」
エウリアスは、にこりと笑顔を作った。
「命じて造らせるのではなく、職人が自ずから造りたくなる。ラグリフォート領の職人はみな、家具造りが好きなのです。そうして造られるからこそ、素晴らしい物が生み出されます。」
「好きで造っているのなら、給金など必要ないではないか。」
「それは環境によりましょう。たとえ好きなことでも、やらされていれば、いずれは嫌いになってしまいます。良い仕事をするには、生活に不安がなく、適度に息を抜くことも必要なのです。」
「ふーむ……そうか。」
トレーメルは、難しい顔をして考え込む。
だが、すぐに力なく項垂れた。
「しかし、高いなあ……。」
「申し訳ありません、殿下。」
欲しいのに買えない。
そんな愚痴を零すトレーメルがおかしくなり、エウリアスは苦笑してしまった。
「欲しい物を、欲するままに手に入れる。そこに感動は生まれません。欲しい欲しいと思っていた物を、ようやく手に入れる。その時の感動は格別なものです。」
「ああ、それは確かにそうかもしれないな。この間も、なかなか手に入らなかった物が手に入り、飛び上がって喜んでしまった。」
意外と、トレーメルは感情豊かな
「しかし、小遣いのやりくりが大変だ。まだまだ欲しい物があるからな。」
「そうなのですか?」
エウリアスは、あまり物に執着することがない。
勿論、愛用する物はあり、大切に扱いはするが、あれこれと何かを欲するということはなかった。
目的があり、そのために必要だから欲しい。
それ以上の物欲は、あまりないような気がする。
「年間の予算が決まっているので、いつも使い過ぎて、毎年年末につらい思いをする。」
「あはは…………こ、こほん、失礼しました。」
トレーメルの話に思わず笑ってしまい、エウリアスは慌てて気を引き締める。
「ですが、殿下なら相当いただいているのではないですか? 使い切ってしまうものなのですか?」
エウリアスは、小遣いというのを貰ったことがなかった。
まあ、「喉が渇いた」とか「小腹が空いた」なんて時は、店でちょっと貰ったりしていたが。
勿論、後から使用人が支払いに行っているので、タダで巻き上げていたわけではない。
ちょっとツケ払いにしてもらっていただけだ。
トレーメルは溜息をつくと、机に頬杖をついた。
「年間予算二千万だぞ? 気をつけないとすぐに無くなってしまう。」
いや、めっちゃ多いですよ?
平民の年収の何倍だ?
ラグリフォート領の職人たちには結構払っているという話だが、さすがにここまでではないだろう。
とはいえ、相手は王族だ。
むしろ、そのくらい貰っていてくれないと、こちらが困る。
王族があんまりみすぼらしいのは、ねえ?
「殿下……。」
そこで、護衛騎士がこそっとトレーメルに耳打ちした。
おそらくだが、具体的な金額などは出さない方がいい、といった進言だろう。
その時、廊下の方が少し騒がしくなった。
平民の測定が終わり、移動してきたのだろう。
その後は特に話をすることもなく、大人しく教師からの連絡事項を聞いた。
今日は説明だけのようで、そこで解散となった。
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