第5話 いざ騎士学院へ




 王都の屋敷に着いた二日後。

 騎士学院入学の日。

 エウリアスは早速学院にやって来た。


 エウリアスは馬車の窓を開け、学院を眺める。


「へぇ……落ち目って聞いてたけど、学院自体は綺麗なもんだね。」

「家督承継の条件からは外されましたが、まだ数年前の話ですからね。」


 向かいに座る騎士タイストの補足に、エウリアスは頷く。


 以前は、貴族家を継ぐ者には、この騎士学院を修了していることが求められた。

 貴族の義務には、領地や王国の防衛が含まれるからだ。

 しかし、太平の世が続き、武力の重要性が低下。

 各領地の判断で、経費削減の一環として領主軍も縮小された。

 こうした考え持つ貴族は『革新派』と呼ばれ、王国貴族たちの中で台頭しつつあった。


「法改正からまだ三年だし、通ってる貴族家の縁者も多いか。」

「ええ、騎士学院は五年ですからね。義務が外される前に入学した貴族家の子弟は多いでしょう。」


 そうして馬車が止まると、タイストが手をエウリアスの方に伸ばした。


「腰の物をお預かりいたします。」

「あ、そっか。学院内は、帯剣が禁止されてるんだっけ。」


 エウリアスはベルトにつけていた留め金を外し、長剣ロングソードを手渡した。

 学院内では学院生の帯剣は原則禁止だ。あくまで原則だけど。

 お返しに、タイストから鞄と一枚の紙を渡された。


「我々護衛騎士の付き添いも禁止されていますので、ここで待機です。お気をつけて、坊ちゃん。」

「別に、迎えに来てくれれば、帰ってもいいよ。」

「あのですね、坊ちゃん……。」


 呆れたように言うタイストの話を聞かず、エウリアスはドアを開けて、馬車から飛び降りた。


「坊ちゃん、ご武運を。」


 いやいや、戦場に行くわけじゃないんだから。

 一瞬そう思うが、あながち間違いでもないか?


(学院の重要性が低下しているとはいえ、貴族家の縁者はそこそこいるらしいしな。)


 ちょっとしたトラブルも、家同士の争いに発展しかねない。

 まあ、そんなのは大昔にあったくらいで、今はほぼトラブルとも無縁らしいが。


 エウリアスは、校舎を見上げたり、校舎前の広場を眺めたりしながら歩いた。


(思ったよりもいるな……。)


 今年入学予定の、騎士のは、三百人くらいらしい。

 貴族の入学者は減ったらしいが、それでも貴族家の縁者はそれなりにいる。

 というのも、これは貴族社会の階級ヒエラルキーと習わしが関係する。


 貴族と平民に差があるのは当然だが、貴族の中にも様々な差が存在する。

 まず、家格での差だ。

 公爵家、侯爵家という上級貴族。

 子爵家、男爵家という下級貴族。


 伯爵家は、上級ではなく下級でもない、という扱いだ。

 逆に家によっては上級に分類されたり、下級に分類されたりもする、微妙なポジション。

 この辺りは長い王国の歴史の中で、どれだけ王家に貢献したかで扱いが変わる。

 大変残念ながら、最近に隆盛を誇るようになってきた我がラグリフォート家は、どちらかというと下級寄りだ。

 ただし、祖父と父の頑張りにより、そのはなかなかのようだ。

 とはいえ、家格は家格なので、伯爵家はやはり伯爵家としての発言権しかない。


 そして、貴族家の縁者には、もう一つ差がある。

 嫡男かどうか、だ。

 貴族社会において、これは非常に大きな意味を持つ。

 貴族家の嫡男は、とても丁重に扱われるのだ。

 しかし、次男以降はほぼ平民みたいな感じ。


 平民からすれば、貴族の縁者も貴族に見えるが、そうは見ない。

 大きな『貴族』という枠では、配偶者も子もすべて含むが、厳密には当主と後継者のみが貴族である。


 つまり、これらを加味した学院でのヒエラルキーは、

  1.王族 王族は何番目の子であっても頂点。

  2.公爵家の嫡男、侯爵家の嫡男、伯爵家の嫡男、子爵家の嫡男、男爵家の嫡男。

 と、ここまでが厳密な貴族の壁。


 以下は、

  3.家格に準じた上下で公爵家、侯爵家、伯爵家などの次男三男四男五男……。

    何番目の子であろうと、そこは加味されない。家格だけで判断。

  4.最後に平民。

 という感じになる。


 たとえ公爵家の縁者でも、次男三男は男爵家の嫡男よりも下。

 まあ、大きな家だと複数の爵位を持っていたりするので、それを与えて子爵や男爵にすることも多い。

 そうすると、まだ十四歳ではあるが、すでに爵位が内定している者として嫡男と同列に扱われる。


 こうした、非常に面倒な事情が絡み合う魔窟。

 それが、騎士学院であった。


 そして、実家から爵位を与えられない次男三男は、将来どうなるのか。

 実は、ある程度の年齢になると、家から追い出される。

 これも絶対ではないが、そうなることが多いようだ。

 そうして家を出た次男三男の就職先として、騎士がある。

 これが、家督承継の条件から外されながらも、騎士学院に貴族家の縁者が来る理由。


 ちなみに、騎士も騎士爵という爵位があるが、扱いは下級貴族のさらに下。

 準貴族という扱い。

 騎士以外には、教会に入ったりする貴族家の縁者もいるが、実家からたんまり寄付金を持参すれば、なかなか快適に暮らせるらしい。


 たとえ貴族家に生を受けても、長男かどうかで、その後の人生に雲泥の差がある。

 それが貴族社会だった。







 人の手が描かれた『入学予定者はこちら』との看板を見つけ、エウリアスはその通りに歩く。

 周りには、不安と期待を胸に、同じ格好をしたがぞろぞろと同じ方向に向かって歩いていた。


 騎士学院には制服があり、青のブレザーに赤のチェックのスラックス。

 女の子はスカートだ。

 派手すぎじゃね?


 基本はみんな同じ格好だが、よく見ると若干の違いがある。

 具体的に言うと、それは刺繍だ。

 貴族家の縁者は、ブレザーに刺繍などの装飾が施されている。

 これは何も、貴族が見栄のためにしているのではなく、一目で見分けるためのもの。

 まあ、見栄のためってのが、無いとは言わないけど。

 一番の目的は、「制服に刺繍が施されていれば、相手はお貴族様だから気をつけろ」と平民に注意を促すためだ。


 よくよく見ると、この刺繍にも違いがあり、実は家格によって凝った造りになっていく。

 要は、派手になっていくのだ。

 エウリアスは今朝、この制服の違いのレクチャーを執事のステインから受けていた。

 気をつけるポイントは襟周りや肩、袖などだ。


 ここがエウリアスよりも豪華な制服は、王族か公爵家の嫡男、侯爵家の嫡男。

 このいずれかだ。

 同じ刺繍なら伯爵家の嫡男だし、これら以外なら然して気にすることはない。

 家格が伯爵家以下、もしくは嫡男ではないからだ。


 まったく面倒この上ないが、文句を言っても仕方ない。

 それに、一目で相手の家格が分かるのも、まあ有難いと言えなくもない。

 そうでなければ、全学院生の中から、自分よりヒエラルキーが上の者の顔を憶えないといけないのだから。


 ちなみにこの刺繍は、シャツにも金糸で入っている。

 ブレザーを着てないので分からない、ということは起きにくくなっていた。


 エウリアスがそんなことを考えていると、辿り着いたのは大きな建物。

 集会場か、屋内運動場だろうか。

 そこは、学院の全学院生が収容できそうなほどに大きな建物だった。

 ちなみに、今年の入学予定者に通う年数をかけると、総数は千五百人ほどになる。


 建物の中には、すでに沢山の人がいた。

 手前側に、入学予定者たち。

 奥には、人の胴体を模したような、木剣の練習に使う木がいくつも並んでいる。

 教師らしき人に呼ばれた子が、人の胴体を模した木に木剣で斬りかかっているのが見えた。


(試験か……?)


 平民が大半を占める入学希望者は、基本ど素人ばかりが集まっているはずなのだが。

 現在の力量でふるいにかけたら、大半が落ちるよ?


 其処彼処そこかしこで、ガシン、カンッと木を打つ音が上がっている。

 試験というより、何かの測定かもしれない。


「貴族家の縁者の方は、こちらになりまーす。」

「おら、平民はこっちだ! ちんたらすんな!」


 係官らしき人の呼びかけが聞こえてきた。

 というか、貴族と平民で、案内係の質が違いすぎではないですかね。


 エウリアスは、貴族用と思われる受付に向かった。

 先程タイストから渡された紙を、係官に見せる。


「ラグリフォート伯爵家のエウリアス様ですね。伺っております。こちらへどうぞ。」


 学院生に敬語ってどうなの?

 そう思うが、口に出すのはやめておく。

 そんなことを、係の人に言っても仕方が無いからだ。

 おそらく、教師はこんな対応ではないだろうから、この人はただの事務員なのかもしれない。


「あちらから呼ばれますので、指示に従ってください。」

「分かりました。ありがとう。」


 係の人の説明に、エウリアスは笑顔で応えた。

 そうして、指し示された方を見る。

 そこでは、人の胴体を模した木に、木剣を振る女の子がいた。


 女の子は、どうやら正規の指導を受けたことがあるようだ。

 構えた時の姿勢、木剣を振ってもブレない重心。


(…………すごいね。あの子、しっかり基礎が身についてる。)


 そんなことを思いながら、エウリアスはしばらく見学しているのだった。




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