第4話 みんな過保護すぎ




 ガタゴトと馬車に揺られ、一週間。

 王都の家に着いた。


 エウリアス一人が暮らすには、立派すぎる屋敷。

 だだっ広い庭もあり、ここからは見えないが厩舎まであるそうだ。

 本館の後ろには別館もあり、そちらに使用人や騎士たちの部屋も用意されているらしい。


「無駄だなあ……。」


 門を潜り、エントランス前に向かう馬車から、屋敷を眺める。

 本館だけで、何部屋あるんだ、これ?

 二十か? 三十か?

 ぶっちゃけ、男爵辺りはこれよりも質素な屋敷に住んでいる者も多いのではないだろうか。


 エウリアスは、向かいに座る護衛騎士のタイストに視線を向けた。


「この家解約して、ワンルーム借りていい? 差額は俺のポケットに――――。」

「ポーツスさんがまじ泣きしますよ、坊ちゃん……。」


 過保護すぎんだろ、ポーツス。

 そんなことを話していると、馬車がエントランスの前に到着し、客車のドアが開かれた。


「長旅お疲れ様でした、エウリアス坊ちゃま。無事のご到着を、心よりお喜び申し上げます。」


 ドアを開けたのは、執事のステインだった。

 ステインは、王都の別邸の管理を任されている五十代の執事だ。

 そのステインが、なぜこの家にいる?


「無人の別邸と、エウリアス坊ちゃまのお屋敷。どちらがより重要かは、自明というものです。」


 エウリアスの疑問を察し、ステインが恭しく頭を下げる。

 どうやら、今後は別邸ではなく、この屋敷の管理を中心にするらしい。


「別邸はどうするの? 父上も時々使うでしょ。」

「基本的にはこちらに常駐しますが、別邸もちゃんと見ます。ご安心ください。」


 必要に応じて別邸の方に行くこともあるが、父が王都に来る時以外はエウリアスの屋敷の管理に就くと言う。

 エントランス前にズラリと並んだ使用人たちの間を、ステインに案内されて進む。

 外から見ても分かっていたが、エントランスも無駄に豪華すぎる。


 この屋敷の使用人は、執事四名、女中メイド三十名、騎士が二十名。

 別邸の方は、執事六名、メイド六十名、騎士が五十名という振り分けになったそうだ。

 他にも庭師がいたり、馬の世話係もいたりする。

 無人の別邸と、エウリアス一人が暮らす屋敷の管理のために、実に二百名を超える使用人や騎士たちが従事する。

 これを「無駄だなあ……」なんて思う人は、貴族の感覚からズレていることを自覚する必要があるだろう。


 ステインに案内され、屋敷の中を見て回る。

 言うまでもなく、ぞろぞろと使用人たちを引き連れて。

 広間リビング食堂ダイニング、応接室、遊戯室プレイルーム客間ゲストルーム、客間、客間客間客間……って、客間多すぎだろ!


「誰だよ、こんな屋敷を選んだのは……。」

「私の方でいくつか見繕い、本家の方に問い合わせました。実際に決められたのは、旦那様に任されたポーツスのようですね。」

「……何考えてんだ、ポーツス。」


 思わずエウリアスは、項垂れて額を押さえた。

 当主でもない、ただの伯爵家の嫡男に、どれだけ客が来ると思ってんだ。

 普段とても有能な執事なのに、時々PONポンが出るな。


「それだけ坊ちゃんのことが心配なんですよ。」


 脱力するエウリアスに、同行するタイストも苦笑した。

 ステインが、ポーツスをフォローするように付け加える。


「ちなみに、これでも旦那様に言われた予算の半分で抑えたそうです。」

「どんな豪邸を借りるつもりだよ!」


 父上、自ら領地を取り仕切る手腕を持ちながら、なぜそんな所だけ金銭感覚が狂うのですか?

 どうやら父も、ポーツスと同じPON病を患っているらしい。


「エウリアス坊ちゃまのお部屋はこちらでございます。」


 笑顔のステインに促され、二階の一番広い部屋に案内される。

 エウリアスが部屋に入ると、くらり……と眩暈のような感覚に襲われた。


 その部屋は、もはや豪華なんて言葉では言い表せないレベルだった。

 天蓋付きのベッド、重厚な執務机、十人以上が座れるソファーセット、会議用の大きなテーブルまで備える、王族や上級貴族の当主が使うような部屋だった。


「五部屋をぶち抜き、急ぎ改修してエウリアス坊ちゃまに相応しいお部屋をご用意いたしました。取り揃えた家具は勿論、絨毯から燭台に至るまで、すべて一級品の――――。」

「うん、解約しろ。俺は学院の寮に入るから、ここの家賃はポケットマネーにする。」


 満足げな笑顔で説明するステインを遮り、俺は即座に命じた。

 つーか、借りてる屋敷にそんなことしていいのか?


「エウリアス坊ちゃま!? ももも、申し訳ございません! 足りない物はすぐに手配いたし――――!」

「足りないんじゃないよっ、多すぎるんだよっ! 要らないよ、こんなの! 父上だって、こんな部屋は使ってないよ!」


 動揺し、焦った顔で謝罪するステインに、エウリアスはソファーセットや会議用テーブルを指さして抗議した。

 父上は、見た目の豪華さよりも質と実を重んじる。

 なぜ、同じような基準で部屋を調ととのえてくれないのだろうか。


(もしかして、俺が派手好きとか、贅沢を好むとか思われてる?)


 ふと、そんな不安が頭をもたげた。


「まあまあ、坊ちゃん。一時の仮の住まいでしょう? どんな所だって、住めば都って言いますし。」

「エウリアス坊ちゃまが不自由なく過ごせるよう、私どもが全力でお仕えいたしますので。今日のところは、どうか……。」


 タイストの取り成しに、恐縮しきりといった様子のステイン。

 エウリアスは大きく溜息をついた。


 ここで我が儘を言えば、せっかく用意した部屋を調え直すことになる。

 そして、それは自分でやるのではない。

 屋敷の使用人たちに命じることになるのだ。


 もしもエウリアスが手を出せば、それは使用人たちの不手際のため、とされる。

 彼らはこれが仕事であり、たとえ善意であろうと、手を出すのは彼らの仕事に不満があることを表す。

 そして、それは彼らが仕事を失うことを意味した。

 だから使用人たちは懸命に、誠心誠意に仕えるのだ。


「分かったよ……我が儘を言って悪かった。」

「いえ、そんな……! 私どもが至らないばかりに、申し訳ございませんでした。」


 深々と頭を下げるステイン。

 それに倣い、付き従っていた執事やメイドも一斉に頭を下げた。


「みんなに一つだけ言っておくよ。俺は父上のような、質と実を重んじる考えを素晴らしいと思っている。だから最初のうちは、判断基準を『父上ならどういった物を好むか』で考えてくれ。俺の好みを把握するまでは、それで判断して欲しい。」

「はっ。このステイン、しかと心に刻みました。」


 いや、そこまで重い話じゃないんだけどさ。


 確かに、別邸で従事していた使用人たちは、俺の好みを把握していないかもしれない。

 だけど、ここにはラグリフォート伯爵領の屋敷からも、使用人が派遣されているはずではなかったか?


「…………ちなみに、参考までに聞くんだけど。」


 エウリアスがそう言うと、ステインが真剣な面持ちで頷く。


「俺の部屋をこうしろって言ったのは、誰のオーダー?」

「ポーツスから、最上級のお部屋をご用意せよ、と。エウリアス坊ちゃまに、貴族のあるべき姿をしっかり身につけていただくように、との指示が――――。」

「ポオォォーーーツスウウゥゥウウッ……! お前ええぇぇぇえええっっっ!!!」


 エウリアスの脳裏に、笑顔でサムズアップするポーツスの姿が思い浮かんだ。

 広い屋敷に、伯爵領まで届けと言わんばかりの、エウリアスの叫びが響き渡るのだった。




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