#7 梅の花咲く忠犬
クロスはシシュウ総合センターを後にすると、そのままマンション街へと足を運ぶ。
幾つもの交差点を越えた先、シシュウにて四番目に高いとされる高層マンションへとたどり着く。
クロスは
自動ドアが開き、エレベーターへ乗り込むと、四十階のボタンを押すと、エレベーターが動き出す。
指定した階へ到着すると、迷わず四○二号室へと向かい、鍵を開けようとした瞬間だった。
扉の中から香りが漂ってくるのだ。
それも美味しそうな。
クロスはもしやと思い、扉を開く。
その先には本来、大理石のタイルが貼られた玄関に、綺麗な杉の木の廊下がリビングや風呂場、そして二つの個室に繋げてくれている。
クロスが玄関口を開けた瞬間に気がついたのか、振り向く形で少女が立っていた。
風呂に入った直後なのだろうか、薄い茶褐色の長髪にタオルを被せており、その隙間から倒れた犬耳が覗いている。
白色の大きなタンクトップの袖から二対の腕がそれぞれ頭のタオルと腰に手を当てている。
黒色のショートパンツに空いた穴から神と同じ茶褐色の
少女は最初はぼんやりとした表情でクロスの事を見ていたが、扉を開け、入ってきた族物がクロスということに気がつくと、喜びの表情を隠さずにクロスに向かって走り出し、四本の腕で全力で抱きつく。
「クロスさん!おかえりなさい!」
「誰かと思えば、
犬耳の少女――実は余程嬉しいのか、尾がちぎれそうなくらい振っている。
クロスはそんな実を両手で抱え、ゆっくりと下ろす。
「それにしても、何故シシュウに?神樹街で巫女修行に明け暮れてると記憶しているのですが……」
不思議そうに仮面を掻くクロスに対して実ははにかみながら答える。
「巫女修行を頑張ったからイガタさんが特別に休みをくれたの!そうそう!クロスさんが帰ってきたって聞いたから晩御飯作ったんだよ!一緒に食べよ!」
嬉しそうに話す実はクロスの手を引っ張りリビングまで連れて行く。
机の上には味噌汁に焼き魚、漬物に和風サラダが二体分用意されていた。
「漬物はね〜向こうのお店で買ってきたんだ!口に合うといいけど……」
「凄いですねー!実ちゃん、料理もできるようになっちゃってーワタクシ感激ですよ!」
クロスは手袋を外し、手を洗い食卓につく。
向かい合うように実が座り、会話に花を咲かせる。
互いに話したいことが数え切れないほどあり、話している内に時間が過ぎて行く。
「――それにしても、いつになれば彼らは結ばれるのでしょうかねぇ」
「だって片方鈍感でもう片方が引っ込み思案だから、周りがサポートしないと……ってもう十一時!?」
「おや、こんな時間まで話し込んでしまいましたか。そういえば実ちゃん、明日はご親友方と女子会するのでは?」
「うわわ!早く寝ないと!あっ、お皿まだ洗ってない!」
「それはワタクシがやるので、先に休んでください」
「え、いいの?」
「もちろんですとも。美味しい手料理も振舞ってくださいましたし」
「ありがとう!明日もっと話そ!それじゃあおやすみなさい!」
「ええ、おやすみなさい」
「相変わらず騒がしい子ですねぇ……」と呟きながらクロスは食器を全て重ね、キッチンまで運んで行く。
皿を全て洗い終えると自室へと向かう。
ゆっくりと、身を投げ出すように自身の書斎の椅子に座ると、机の上に綺麗に重ねてある分厚い本を一冊手に取り、今日の出来事を細かく、詩的に、主観的に、その日に出会った族に関する情報を主に書き込んでいく。
三千ページにも及ぶ本の最後のページまで文字で埋めると、同じような分厚い本が並んでいる本棚の一角に入れる。
綺麗に並ぶ本を見ると満足気に小さく笑っている。
「……久しぶりに夢を見るのも、悪くは無いですね」
クロスはそう呟くと椅子に腰を掛け、背もたれを倒す。
しばらくすると寝息を立てていた。
彼は幸せそうだった。
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