chaos forest 混沌樹海

猛士

第1話 混沌踊

 うろんと、森がざわめいた。


 鬱蒼うっそうと茂った葉が幾重にも蠢き、まるで新月の下でうねる深い海のようであった。


 月明かりも届かぬ深い深い森の底に、ポツンと灯が揺れている。


 それは篝火かがりびだった。


 漆黒の海のような森の中が、たった一つの炎があるために、より一層闇を濃く照らし出している。


 そんな炎の揺めきの中に、樹々の描きだす闇とはとは違う影が躍る。


 闇よりも濃い影。

 それは自然に揺れる木の葉とは違い、一定のリズムをもって揺れていた。


 その、まるで闇が凝ったような影法師は、四肢を持った人であった。

 そう、深い森の闇の中で人が踊っているのだ。

 

 一人

 二人

 三人

 四人

 五人…と、


 五つの影が大きく手足を振るい、伸び上がるようにながら踊っているのだ。


 だがその姿はどこか異様であった。


 すらりと伸びる四肢は思いのほか細くしなやかである。闇の一部と紛うべき髪は一様に長く、下半身にまで及ぶ。身体を包むショールの描く柔らかな曲線は、影法師たちが女であることを知らしめる。

 

 一見。五人の影法師に身体的な差異は見受けられない。

 身長。手足の長さ。肉のつき具合。髪の長さ。バランス…

 まるで鋳型で抜かれたように同じであった。


 だが、五人の動きに統一性はなかった。


 そればかりか、彼女らの肉体の躍動躍動までもが同じ律動リズムで動いている。にもかかわらず、強烈な違和感を与える。

 統一性がないのだ。


 手の動き。足の動き。指先ひとつとっても一度とて揃うことがない。

 それでいて同じリズムによって生じるハーモニーを奏でている。それが奇妙な調和と違和感を生み出しているのだ。

 それはあたかも、五人の女が一つの獣であるかのようであった。

 五つの頭をもつ一匹の獣だ。


 唯一、五人を見分けることができる違いがあった。

 仮面である。


 皆が揃って奇妙な仮面を被っていた。

 あるものは鳥。またあるものは蛇。獣、魚。 そして虫…


 皆それぞれが違う生き物を象った面をつけている。だがそれも鳥のように見えるというだけで、果たして鳥と呼んで良いものか。


 くちばしに羽毛のようなものがあしらわれているから鳥というだけで、見たこともないものである。

 それは他の面も同じである。

 

 獣のような何か。

 蛇のようなモノ。

 魚に見える虫に見える異形…いずれもがグロテスクにディフォルメされた生き物の仮面であった。

 

 それはまさに、闇の海に蠢く混沌であった。

 混沌の狂宴。おおよそ陽の光の下に生きるものの関わってはいけない世界である。


 その中にあって、異彩を放つものがあった。

 それは灰白色の岩で作られた祭壇であった。


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