#58 後始末
援軍が到着すると、リーシャはラインハルトを連れてタマルを迎えに行き、彼女の家に戻った。
将軍側は暗殺者の総数を知らないので、まだ刺客が残っている可能性を警戒していたものの、「漁師小屋で一晩過ごさせるわけにもいかないだろ」とラインハルトは援軍の中から警備をつけてリーシャとタマルが安全に居心地よく過ごせるよう気を使ってくれた。
ラインハルトは仕事が山積みで、リーシャやタマルと一緒にいるわけにはいかなかったのだ。
村内の捜索や、死体の捜査。リーシャは知らなかったが、村民にいくらか犠牲も出てしまったらしい。ラインハルトは「極めて遺憾だ」という顔をしていたが、本心はあまり気にしていないように見えた。
もっとも重要なのが、捕虜として捕らえたカディル・ケセリの尋問だった。一連の暗殺騒動の黒幕につながる最も大きな手がかりだからだ。
しかし尋問は難航しているようだった。全部話せば用済みとなり、処刑されるだけというのをカディルもわかっているのだろう。ラインハルトに切り落とされた耳が痛くて何も喋れない、ごはんを食べないと思い出せないと駄々をこねているらしい。
ブチギレてラインハルトはタマルの家に休息に来るたび「姫、なにか良い拷問方法知らない?」と言い出していた。「まず竜を見つけて――」とリーシャが誤魔化すと、「竜はちょっと手持ちがないな」とぼやいていた。
カディル・ケセリが時間稼ぎをするのはリーシャにとって好都合だった。
援軍部隊が一晩かけて燃え落とされた橋を復旧してくれたので、タマルの家に泊めてもらったリーシャは、夜明け前、置き手紙を残して帝都に戻った。
カディルが黙秘しているうちに、ジョードたちを帝国から逃がさねばならなかった。
彼らの拠点は、リーシャが聞き込みをしたウイサルのいる礼拝所のすぐ近くだった。
低所得者が集まって暮らす住宅密集地で、二部屋だけの賃貸に10人以上で暮らしていた。だがラインハルトやリーシャに殺されて、残っているのはジョードと、売春で家族の生活費を稼いできた少女が二人だけだった。
「
「もう体を売らなくていいの……?」
二人のよく似た姉妹のうち、幼いほうが表情を明るくした。
姉のほうは不安そうにジョードを見る。
「ほかの家族を待たないの? 姉さんやアリが戻ってくるかもしれないのに」
「そんな時間はないわ」
もう彼らが生きていないことをジョードは彼女たちに言えていないのだ。沈痛な顔で彼は黙りこくっていた。
ここで泣き喚かせたら出発が遅れるので、リーシャもそのことには触れなかった。ただでさえ彼女たちは身内の死に直面したばかりだ。
「せめて山の長老の葬儀をしてから――」
「私がするわ。もう行って。
後ろ髪を引かれる様子の少女たちをリーシャは追い立てた。
リーシャは自身の全財産を彼らの当面の生活費としてジョードに渡し、ささやいた。
「私も危ない橋を渡っていることを忘れないで。あなたたちがアル=ヤマンに行かず帝国に残っているのを見つけたら、殺すしかなくなるわ」
彼らを帝国に残したら、またいつかラインハルトに仇なすかもしれない。
ラインハルトを殺したい他の皇子によって利用されるかもしれない。
(本当は殺してしまったほうが安全なのだけど……)
そうしたくないと思っているのは、きっと、ハサンのことを覚えている人間を根絶やしにしたくないからだろう。
青い顔でジョードは頷くと、妹たちを連れて出ていった。
誰もいなくなり、リーシャは隣の部屋へ向かった。ベッドが一台だけ置かれており、そこには枯れ木のような老人が眠っていた。
彼はもう、目を覚ますことはない。夜明け前に息を引き取ったのだとジョードの妹たちは涙ながらに教えてくれた。
「ハサン……」
しわがれた手を握って、リーシャは弟に呼びかけた。
「よく頑張ったね……」
ウサギを捌けないと泣いていたのに、短剣使いを再び作り上げようと、何もかも手探りでやり遂げた。それは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
「ごめんね。あなたの味方をしてあげられたら良かったけど、そうはできなかったの……」
ラインハルトを守りたかった。ハサンを守りたいと思ったように。
「ごめんね……」
真っ白になった弟の髪を撫でて、リーシャは過去を断ち切った。
近所の人たちの手を借りて簡単な葬儀を済ませると、リーシャは速やかに埋葬の手筈を整えた。近所の人々は祖父の遺体を放置していった薄情な家族に憤っていたが、遺体を腐らせて疫病をはやらせるわけにもいかないので、文句を言いながらも遺体の搬出を手伝ってくれた。
ウイサルに冥福を祈ってもらい、ハサンは共同墓地に弔われた。
姉の婚約式の日、ラインハルトが襲われて始まった事態に、ひとまず区切りがついたのをリーシャは感じていた。
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