#19 謝罪の手紙


 将軍を追い返した数日後、リーシャの元へ謝罪の手紙が届いた。


『親愛なるリーシャ姫


 いかがお過ごしだろうか。先日は大変申し訳なかった。

 俺の命を救ってくれた愛する人に、一緒に生きていきたい他の男がいると思ったら頭に血が上ってしまったとはいえ、許される行いじゃなかった。本当に反省している。

 いまさっきクーアを尋問して、ハサンは姫の猫だと知った。猫に嫉妬してあんな暴挙に出たのかと思うと自分が情けない。姫に愛想をつかされても当然だと思う。

 だが命の恩人に軽蔑されたままというのはあまりに辛いので、どうか挽回の機会をくれないだろうか。

 高価な贈り物に拒否感があるなら、まず俺の血で汚してしまった姫のドレスを弁償させてほしい。

 暗殺未遂事件のせいで立て込んでいるが、春分の祭りの日に時間を確保した。

 帝都で一番の仕立て屋を貸し切ったから、どうか断らないでほしい。きっと楽しい時間にすると約束する。

 姫の良い友人になりたいんだ。


                        ラインハルト・エルトゥール』


 インクの匂いが気になるのか、リーシャの膝に乗ったハサンが手紙に鼻をすり寄せた。


「……どう思う、ハサン?」


 話しかけるとリーシャの愛猫は可愛らしく小首をかしげた。これだけじゃ判断できないかな、とでも言いたげだ。

 本音は手紙になど興味はないようで、リーシャが撫でるとごろごろ喉を鳴らして甘えてくる。


(どうしようかな……)


 お礼も恩返しもリーシャは望んでいない。丁寧に謝罪されたから、求婚の件でラインハルトを責める気はもうないが、愛情を否定することなく、あえて強調されたのは少し引っかかる。


(愛情にもいろいろあるか……)


 友愛や慈愛。特にラインハルトはすべての女性を愛しているタイプだろう。言葉尻を捕らえて追及したり、拒否するべきではないように感じる。


(とはいえ、噂にはなりたくない……)


 二人で出かけたら様々な憶測を招くだろう。汚してしまったドレスの弁償だとすべての人が理解してくれればいいが、彼は目立つ人なので注目を集めるのは間違いない。

 幼女趣味だと思う人もいるだろうし、それを否定しようとして命の恩人だと触れ回られても困る。リーシャに毒薬の知識があると広まるのは避けたい。


(……断りの手紙を出したらどういう反応をするかしら)


 引き下がるか、食い下がるか。

 女の扱いに慣れている人なので付きまとったりはしないと思うが――求婚後も自分の主張よりリーシャの意向を優先して大人しく帰ったし――手紙はまた来るような気がした。

 二人で会うのは避けて、文通相手になる手はある。父に相談したら出かけるのは駄目だと言われたと嘘をついてもいい。

 彼にどういう思惑があるにしろ、親戚でもない成人男性が12歳を連れ歩くのはよろしくない行為だ。


(断るのが正解。でも……)


 毒に侵されて死にかけているときでも、行き場がないほど彼は孤独だ。許しを求めて懇願するような手紙が、それを証明しているように感じる。


「断ったら傷つくかな……?」


 話しかけても、ハサンは「人間のことはよくわからない」という顔をするばかりだ。

 ハサンが同意してくれなくても、リーシャにはそうとしか思えなかった。もう会わないと伝えたら、彼はきっととても傷つく。


(殿下は人を動かすのに罪悪感が有効だと理解してる。それを刺激する方法も知ってる。……わかってて罪悪感を抱きたくない私の負け)


 ハサンを膝から下ろすと、リーシャは将軍に手紙の返事を書いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る