突然に
2014年 7月
「本当のことを言っていただいて結構です」
横を見なくても母が眉をひそめたのがわかった。
「……水沢さんの病気は突発性拡張型心筋症という心臓の病気です」
「それは治りませんか?」
「ひかり……」
「治りませんか?」
「心臓を移植する他に方法はありません」
「心臓、移植ですか」
「移植しなければどのくらいで死にますか?」
私の声が、母の声に被さった。
「ちょっとひかり、そんな聞き方」
母を少し睨んだ。
「……個人差はありますが、水沢さんの場合ですと、あと1ヶ月もすればベッドでの生活になると思われます。それからはいつ心臓が止まってもおかしくない状態が続くかと……心臓移植をおすすめします」
夕食どきには仕事を早く切り上げた父の姿もあった。
「お父さんな、さっき色々聞いてきたんだけど今心臓移植を待っている人が日本には」
「いっぱいるんでしょ? 私はいいよ、残り1ヶ月動ける間に楽しんで終わる」
「どうしてそんなこと言うの?」
父の言葉を遮ったひかりに母はまた眉をひそめた。
「だからみんな口出しはしないでね」
「ひかり」
「だってこれは仕方のないことだなって」
「仕方なくない」
反射的にそう言った父に少々むかつき、その言葉はとても無責任だと思った。
「頭痛いから寝る」
心配そうな顔で心配そうな声で心配なんてしないで。
「頭おかし」
部屋を出る時、弟がそうボヤいてるのが聞こえた。
♢
「今月から夏休みに入りますが、学校の補修に参加しない生徒もいます。個人の自由ですけど夏を制するものは受験を制すと言うようにこの夏がいかに大事か頭に入れておくように」
「あーあ、夏を制するものは受験を制す」
「1年も2年の時も言ってた」
「夏休みが終わっても2学期、冬休み、同じこと言うよ」
「それな。ね、ひかり」
「ね」
2年の時に同じクラスになった
ホームルームで何度も同じことを言う冨田にクラス全体はうんざりしていた。一応進学校なので教員の立場としては口うるさく言うしか無いのだろう。
いつもなら叶子や未来と同じように愚痴をこぼすけれど最近は特にどうでも良くなっていた。
ふと視線を逸らした先に叶子と未来のカバンが目に入り、それぞれの行きたい大学の参考書が見えていた。
「おい!」
廊下で男子生徒の声がした瞬間
「やっば」
一人の男子がボールを追って教室に駆け込んでくる。
「こら!」
「ごめん、トミちゃん!」
佐伯洸弥
「ちょっと待てお前ら!」
冨田が呼ぶのも聞かず、男子たちは逃げていった。
「佐伯洸弥じゃん」
「やばない? さっきの」
叶子と未来に同調する間も無く、私は彼が走っていった先をただぼんやり眺めていた。
3年7組、佐伯洸弥。
この学年では何かと目立っていて、彼を知らない人はいないと思う。多分、声が大きくて、運動ができて、そこそこ勉強もできて、笑顔がくしゃっとしていて、かっこいいから。喋ったことはない。
「えー、3年にもなってあーいう風にはならないように」
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