低音デスボイスであることが理由で婚約破棄されたことにブチギレた結果、勢いで完成させたデスメタルで王子を打楽器代わりに振り回したりファイヤーさせて地獄を見せたはいいけど、正気に戻って冷や汗です

くろねこどらごん

第1話

「愛してるよハギタ」


「私もですわ、ヘドヴァン様……」


 なんなの、これは。


 それはとある日のこと。目の前で行われてる行為に目を奪われながら、私ことラウザは驚愕していた。


「ハギタとヘドヴァン王子……なんで……」


 婚約者である第一王子ヘドヴァン様に呼び出されて赴いた王宮。

 到着した後、従者によりこの中庭へと通されたのだが、そこで待っていたのは、私の予想の外にある光景だった。


「ヘドヴァン様、私のほうがお姉さまよりずっといいでしょう? 私の方が、貴方のことをもっともっと愛しておりますもの」


 ヘドヴァン様に抱きつきながら熱烈な口付けを交わす女性には見覚えがある。

 ハギタ。別の方と婚約しているはずの妹が、画面の向こうで私のことを蔑みつつ、私の婚約者とともにいた。


「勿論だとも。もう私には、君のことしか考えられない」


 本来なら拒絶しなければいけないはずなのに、王子の瞳は妹のみを捉えていた。そこには私など映っていない。

 私の婚約者はもはや、私の妹に陥落しきっている。

 それが分かってしまった。同時に理解する。


 私は婚約者を奪われたのだ。それも、血のつながった妹に。

 私は妹に裏切られたのだ。長年ともに過ごしてきたはずなのに、婚約者にも裏切られた。


「な、なんで、こんな……」


「なんだ。分からないのかラウザ。なら自分の胸に……いや、喉に聞いてみるといい。こう言えば、流石の君でも理解出来るだろう」


 嘲るようにそう言うと、自身の喉を指差すヘドヴァン様。

 私は思わずハッとし、喉を抑えるも、それを見てハギタは嗤う。


「ふふっ、そういうことよお姉さま。貴方のその低いひくぅーい声を、ヘドヴァン様はお気に召さなかったんですって。まぁ当然よね。音楽をこよなく愛するヘドヴァン様に、お姉さまの声が耐えられるはずがないもの。うふふふ、ご愁傷様!」


 ……ハギタの言う通りだった。

 私の声は、生まれつきひどく低い。人によってはしわ枯れた老人のようにも、地の底から響く地獄の声のようにも聞こえるのだそうだ。魔女なのではないかと疑われたこともある。

 一方で、妹であるハギタは私とは真逆の、天使のような声をしていた。私は両親からも滅多なことでは口を開くなと言われているのに、妹はその声をもっと聞かせてくれと、嬉しそうに言われていたことを思い出す。

 この王都で毎年開かれる聖音楽祭でも、よく上位に入賞し、両親から褒められているのを私は遠くから眺めて、ずっと羨ましく思っていた。

 侯爵である父に認められるため、歌うことなくピアノやチェロ、バイオリンなど、様々な楽器の演奏を学び力を入れてきたのだが、ついぞ認められたことはない。

 私の周りにいた人たちは、皆妹のことしか見ていなかった。


「ふふっ、お姉さま。今どんな気分? 王子の心を手に入れた今だから言うけど、私はお姉さまのこと、ずっと嫌いだったの。王妃に相応しいのはこの私なのに、私より早く生まれたというだけで第一王子の婚約者に収まった、お姉さまのことが憎くて憎くてたまらなかったのよ!」


「あ、ああああ……」


 全身が震える。絶望が襲いかかる。

 この子は、ハギタは。両親にも、多くの人から愛されているというのに、まだ飽き足らないというの?

 私の居場所さえ奪おうと言うの? なんで? どうして?

 思考がまるで定まらない。定まらないまま、それでも時は止まってはくれない。


「さて、ラウザ。悪いが君との婚約は今日限り破棄させてもらう。同時に、君はこの国から追放させてもらうよ。そのために君をここに呼んだんだ。ハギタがそう望んでいるんでね。悪く思わないでくれ」


「そういうことよ、お姉さま。新しい人生頑張ってね。もっとも、その声では愛してくれる殿方と出会えるとは思えないですけど。きっと出会う人は皆、お姉さまの声を聞いて幻滅するでしょうね! あははははは!」


 天使のような声で、悪魔のように笑うハギタ。


「ふふっ、さてラウザ。もう帰ってくれないかな。私たちは明日の聖音楽祭の準備で忙しいんだ。これ以上君に構っている時間が勿体ない。ああ、返事はしなくていいよ。君の声を聞くだけで不快になるからね」


 王子もまた、楽しそうに笑っていた。

 なんでふたりが楽しそうに笑っているのか、全く理解できない。脳が破壊される感覚で、心が壊れそうになる。


「ああああああああああああ!!!!!」


 絶叫とともに、私はその場から駆け出した。

 もうこれ以上、あのふたりを見ていることなんて出来ない。


「「あははははは!!!」」


 背後でふたりの笑い声が聞こえた。私の逃げる姿を見て、嘲笑っている声が、耳へとこびりついて離れない。

 私の心はこの瞬間、粉々に砕けてしまった。きっともう、二度と立ち直ることは出来ないだろう。

 それほど心に深く傷を負っていたのだ。

 今は叫び続けることしか、心の闇を吐き出すことが出来ない。

 激しい絶望感に襲われながら、私は王宮を飛び出すと、勢いそのまま屋敷へと戻り、自分の部屋へと駆け込んだ。


「ああああああああああああ!!!!!」


 そして勢いのまま机に座ると筆を執り、猛烈な速さで執筆を開始する。

 なにを? 決まっている。歌詞を書くのだ。あのふたりを糾弾……いや、断罪するための歌詞を。

 この怒りを全て歌詞へと込め、王子たちをぶち殺す。泣き寝入りなんてあり得ない。あり得るはずがない。殺す! ぶち殺すと書いて抹殺だ! やつらに地獄を見せてやる!!!


「ああああああああああああ!!!!!」


 というか、人の身体的特徴をあざ笑うとかどういう教育を受けてきたのだ。

 あれで次期国王とか、いろんな意味でふざけている。あんなのが王の座に就いたら、確実に国は衰退するか滅びの道を歩むことだろう。

 ならばその前にやつらを断罪し、国を救ってあげるのが元婚約者としての慈悲というものだ。

 いろんな意味で、私はハイになっていた。


「ああああああああああああ!!!!!」


 だが、足りない。歌詞を書き上げただけではまだ足りない。

 やつらが馬鹿にし嘲笑ったこの声を、文字通りやつらの骨身に刻み付け、生涯消えぬトラウマを与えたかった。

 そのためには、どうしたらいい? 人に手をあげたことなど一度としてない、か弱き令嬢に過ぎない私には、上手い手段が思いつかない。

 ああ、一体どうすれば……。


「おい、先ほどから騒がしいぞラウザ! さっきからお前なにを……」


「うるせえええええええええええええええええええええ!!!!!」


 突然部屋に入ってきた父である公爵に、私は咄嗟に自身に筋力増加魔法をかけると、私は壁に立てかけていたチェロをぶん投げた。

 音速を超え、一直線に飛来する楽器を避ける術など、油断しきっていた父には存在しない。

 顔面でまともにチェロを受けた父は、「ぎょええええええええええ!!!」という断末魔をあげ、廊下の壁へと激突。

 失神し、ずるずると倒れ込む姿を見て安堵するも、その時私の脳裏に電流が走った。


「ああああああああああああ!!!!!」


 これだ! そうだこれだ!

 チェロが父にあたった瞬間、骨が折れる音が私のもとまで届いていた。

 それは強い衝撃と振動によるもの。それにさえ気付けたなら、あとは……!


「ああああああああああああ!!!!!」


 気付きを得ることが出来た私は、その晩一睡もすることなく部屋にこもり、復讐の手段を整え続けたのだった。





「本日は我が国へよくお越しいただきました、ティオン殿。心より歓迎いたします」


 迎えた翌日。聖音楽祭が開催されるその日、ヘドヴァンは隣国であるヴォイス帝国からの来賓、ティオン皇太子を出迎えていた。


「いえ、そうかしこまらないでください。ヘドヴァン王子。本日の聖音楽祭は、私も楽しみにしていたのですから」


「ティオン殿にそう言って頂けると光栄です。ああ、そうだ。紹介しなくてはいけませんね。こちら、私の婚約者であるハギタです。過去の聖音楽祭で幾度も入賞経験のある、素晴らしい歌声の持ち主でもあります」


「初めましてティオン様。私はサツガイセヨン侯爵家のハギタと申します。ヘドヴァン王子と婚約を結ばさせて頂いておりますわ。どうかお見知りおきを」


 そう言って、うやうやしく頭を下げるハギタ。つい昨日、姉を追放したとは思えない、実に堂々と態度である。


「ええ、こちらこそ。噂は耳にしたことがありますよ。サツガイセヨン侯爵家に、天使の声を持つお方がいると。お会いできて幸栄です」


「まぁ、お上手ですこと。ありがとうございます」


「ふふっ。実はハギタも本日の音楽祭に参加するのですよ。ティオン殿に歌声を披露出来るのを楽しみにしていたとか。勿論、音楽の申し子とすら呼ばれる貴方が来て下さったことを喜んでいる音楽家は数多くおります。きっと彼らは、貴方の期待に応える演奏をすることでしょう」


 これは事実だった。ヴォイス帝国は芸術に力を入れており、特に音楽が盛んな国である。

 その中でも次期皇帝に間違いないと囁かれているティオン皇太子は音楽の申し子と呼ばれており、若くしていくつもの楽曲を発表する天才音楽家でもあった。

 人を見る目にも長けており、彼に目をかけられた音楽家はたちまちのうちに才能を開花し、大成するという噂まであるほどだ。

 そのティオンが此度の音楽祭を観賞するという話は既に多くの音楽家の耳に入るところであり、今回の音楽祭は過去最高の盛り上がりを見せるに違いないと言われている。

 ヘドヴァンとしても、ここで実績を積み上げたいと考えており、今回の件は渡りに船だった。

 今回の音楽祭を成功させ、自身の名声を高めると同時に、ハギタと正式に婚約を結んだことを周知させたいという狙いもある。ラウザとの婚約破棄を急いだのもそのためだ。

 是非ともティオンにはいい印象を持ってもらい、聖音楽祭の名声を高めてもらいたかったのだが……肝心のティオンの表情が、どうも浮かない。


「期待、ですか……」


「ティオン殿? どうなされましたか?」


「いえ。実はですね、私は最近少し悩んでいることがありまして……」


「悩み? それはどのような……」


「言葉にするのは難しいのですが……そうですね、音楽の方向性とでも言えばいいのでしょうか」


「方向性……こう言ってはなんですが、幾分抽象的な響きですね」


「そうでしょうね。ですが、私は思うのです。音楽には無限の可能性があるのに、私はそれを引き出せていないのではないか。天才音楽家などと言われておりますが、私が世に出した楽曲は先人が作り出してきたものをただなぞっただけのものに過ぎない……誰も想像したこともない、全く新しい音楽を生み出すだけの才は、私にはないのですよ」


 自嘲するように呟くティオン。その顔は己の才に対し、どこか諦観しているようにも見える。

 ヘドヴァンからすれば天才と呼ばれるほどの男が何故そんな顔をするのか理解出来ないし、特に理解しようとも思わなかった。

 天才でも悩むことくらいあるのだろう。そんな感想を抱くのがせいぜいで、音楽祭が始まるまであと幾ばくも無いというのに、ひとりで悩んで暗い顔をされていても困るというのが本音である。


「ティオン殿。貴殿の悩みは理解できます。ですが今は、どうか音楽祭に……」


「ヘドヴァン様」


 気持ちを切り替えて欲しいと、慰めの言葉をかけかけたところで、それを遮るものがいた。


「なんだ、今は大事な話を……む、お前は!」


「お姉さま!? なんでここに……!?」


 目を見開くヘドヴァンとハギタ。

 彼らの眼前に昨日追放したはずの元婚約者、ラウザが立っていたのだ。


「どうも。ご機嫌麗しゅうようでなによりですわ」


「何故お前がここに……お前のことはつい先日、追放したはずだぞ!」


「ええ。ええ。勿論覚えておりますわ、ヘドヴァン様。言われなくても、すぐにこの国から出ていきます。ですが、その前に是非ヘドヴァン様とハギタに聴いて欲しい曲がありますの。少々お時間宜しいかしら」


 くつくつと笑うラウザだったが、ヘドヴァンの目には今のラウザはなんとも不気味な存在に見えていた。

 昨日は自分たちから逃走する形で去って行ったというのに、普通の感性をしていたら翌日にわざわざ会いになどくるだろうか。

 なにより、恰好が異質だ。昨日から一睡もしていないのか、目元には隈が浮かんでいるし、髪もところどころほつれている。

 とても貴族の令嬢が公の場に現れていい様相ではない。面子を重んじる貴族としては、決して見過ごすことが出来ないし、表に出すなど言語道断。

 なにより、今この場には隣国の皇太子がいるのだ。チラリと隣に立つティオンの横顔を見る。

 こんなみすぼらしい女が現れて機嫌が悪くなっていないかと不安だったが、幸い特に表情を崩してはいなかった。どちらかというと、困惑が勝っているらしい。

 内心安堵するが、すぐに思い直しキッとラウザを睨みつける。


「無礼であるぞラウザ! そんな世迷い言をわざわざ言いに来たのか!? 今日は国を挙げて行われる、聖音楽祭の日だぞ! 聞くに堪えないお前の声で歌われる曲など、耳にするまでもないわ! 今すぐここから立ち去れ!」


 強い口調で言い切るも、ラウザはまるで怯んだ様子を見せなかった。

 むしろ怪しい光の宿った眼でヘドヴァンを見据えると、口元をゆっくりと歪めた。


「ええ。ですから、余興で構わないと言っているのです」


「余興だと?」


「はい。音楽祭が始まる前に、踊り子たちによる祝福の舞の儀を行うでしょう? 私はさらにその前でいいのです。私が歌い、笑いものになることで、彼女たちの緊張がほぐれるかもしれません」


「む……」


「私が歌うのは、これまで誰も耳にしたことがない、まったく新しい音楽です。讃美歌でも鎮魂歌でもない、喜劇の歌。余興としては丁度良いのではないでしょうか」


 そう言って、優雅な仕草でお辞儀をするラウザ。

 風体は貴族令嬢とはかけ離れたものとなっていても、身に付け所作には幾何の陰りも見受けられない。


「む、しかしだな……」


「待ってください、ヘドヴァン王子。私は彼女の曲に興味があります」


 それでも流石に断ろうとしたヘドヴァンだったが、それを遮ったのは意外なことに、ティオン皇太子であった。


「貴方は……」


「君、ラウザと言ったね。私はヴォイス帝国の皇太子、名をティオンという。話を遮る形になって申し訳ないが、新しい音楽を生み出したというのは本当なのか!?」


 どこか興奮したようにラウザに問うティオン。それを見て、ヘドヴァンは思わず舌打ちしたくなった。


(くそ、余計なことを……)


 先ほど音楽の方向性とやらで悩んでいるとは言っていたが、よりによってラウザの話になど食いつくとは。

 どう引き剝がすか思案していると、耳元に囁きかけてくる声がある。


「ねぇ王子。いいじゃないですか。お姉さまに歌わせてあげましょうよ」


「ハギタ。しかしだな……」


「でも、ティオン皇太子は乗り気ですよ。ここで機嫌を損ねるようなことをするのは得策ではありません。ここはお姉さまの言う通り余興になってもらい、その後すぐに退場してもらいましょうよ。どうせ大したことはできっこないわ」


 侮るような物言いではあったが、確かにハギタの言うことには一理ある。

 思い出すのは、昨日汚い大声を張り上げながら去って行ったラウザの背中。あの娘が、今更なにが出来るというのか。なにも出来ないに決まっている。


「……よし、分かった。ラウザの参加を許可しよう」


 ヘドヴァンは仕方なく、だが深々と頷くのだった。





 会場はざわつきを見せていた。

 間もなく始まる聖音楽祭。その始まりを、席に着く誰もが今か今かと待ち望んでいる。

 誰の姿もないステージに皆が視線を向ける中、未だ幕が下がったステージの前に司会の男が姿を見せた。


「えー、皆様大変長らくお待たせいたしました。これより、今年の聖音楽祭を始めようと思います」


「「「おおおおー!」」」


 司会の言葉に応えるように、観客の声が大きく響く。


「まずは例年通り、皆様お待ちかねの踊り子たちによる祝福の舞の儀を行いたい……と言いたいところなのですが、本日はその前に更なる余興を行いたいと思います」


「なに? 余興だと?」


「聞いてないぞ……?」


「ええ。皆様の言いたいことは分かります。私もつい先ほど聞かされたばかりですので。なんでもとっておきのサプライズ。これまで誰も耳にしたことがない音楽を、是非皆様にお聞かせしたい。そんな勇気のある飛び入り参加者が、かの高名な天才音楽家にして本日のご来賓のひとりである、ヴォイス帝国皇太子ティオン様に直訴したのだとか!」


 新しい音楽という言葉に、会場は更なるざわつきを見せていく。

 音楽祭を見に来る観客であるだけに、誰もが音楽には一家言あるものばかりだ。

 皇太子に直訴し、参加を決めたという無謀な者の顔を拝んでやろう。誰もがそういった顔をしていた。


「なんだと? 新しい音楽ぅ?」


「なんと無謀な……そいつは馬鹿なのか?」


「ふふっ、ではそんな無謀な挑戦者の演奏を、どうかお聴きいただきましょう! さあ、聖音楽祭の始まりです!」


 司会の合図と同時に、ステージを覆っていたカーテンの幕が上がっていく。

 そのステージの上にあるのは、演奏をするための大きなグランドピアノ。そしてその前に座るラウザのみ。

 多くの観客が、ラウザに注目する中、彼女はピアノの鍵盤に指を――ではなく。


「断罪の時間だああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 その両腕を、思い切り叩きつけた。





 ドラミング。それは遠方に生息するゴリラという生き物が、敵を威嚇するために行う行為だという。

 両腕で胸を叩くというやり方をするのだそうだが、私はこの両腕を鍵盤に叩きつけることで、威嚇を表現する。


「うおおおおおおおおおおおお!!! 死ね王子! 死ね王子! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね王子ぃぃぃぃぃっっっっ!!!!!」


 そう。これは威嚇だ。これから始まる戦いのための前哨戦。

 本番は――――今ッ! ここから始まるッ!


「殺す! 殺す! 王子を殺す! 裏切り王子をぶっ殺す! 裏切り妹も同罪殺す! この会場こそが処刑場! 音楽祭は血の池地獄! お前ら全員よく見とけ! 我が断罪をしかと見ろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 滅茶苦茶に鍵盤を叩きながら、ひたすら大声を張り上げる。

 同時に魔法を発動。会場全域に展開する。


「な、なんだこれは……この、腹に響くような曲は!?」


「耳ではない!? 身体が、身体全体が震えている。これはいったい!?」


 私がかけたのは私が新たに生み出した骨伝導魔法だ。

 従来の音魔法は空気を振動させて耳に届けるものだったが、この骨伝導魔法は人の骨を超振動させて音を伝えるもの。

 これにより、よりダイナミックで迫力ある音楽を身体全体で聴くことが出来るのだ。オマケでノイズキャンセリング機能も付けている。音魔法なんて、もう時代遅れなのよっ!


「これは……これはなんだ。こんな、こんな音楽が……」


「王子! 王子! 聞いてるか! 聞いているならしかと聞け! お前は私を裏切った! だから落とす! 地獄に落とす! 婚約破棄に追放コンボ! オマケに婚約中の浮気! 人間のクズかこの野郎! 今すぐ地獄に落ちろこのクソがあああああああああああああああ!!!!」


「こ、こらやめろラウザ! なにをしている!? やめろおおおおおおおおおおおお!!!」


 私の歌に反応し、観客席からステージまで慌てて駆けてくるヘドヴァン王子。

 ええ。ええ。貴方ならそうするでしょう。貴方はプライドが高く、外聞をとても気にするお方であることを、元婚約者である私はよく存じております。

 故に――――迎え撃つことは、ひどく容易い。


「おいっ! やめ……」


「死ねえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 ステージに上がってきたヘドヴァン王子の頭に、私は全力で座っていたピアノの椅子を叩きつける。

 ベキィッ!という、椅子と王子の頭が奏でる打撃音が盛大なハーモニーとなり、復讐が達成される。そのはずだったが……。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


「くっ、浅いですって……!」


 大して手応えがなかった。額から大量の血が流れてはいたものの、それだけ。

 大ダメージを与えたというほどではない。見ると、椅子が粉々に砕け散っている。

 仮に王子が石頭だったとしても、ここまで粉々になるのは妙だ。


(一体何故……はっ!? もしや、王子の身体が超振動しているからでは……)


 骨伝導魔法は、身体の骨を超振動させる魔法だ。

 おそらく、王子の頭に椅子を叩きつけた際、表面の皮膚にはダメージを与えることは出来たが、骨にまで衝撃がいった際、振動でダメージが拡散され、逆に椅子を破壊したのだろう。今の王子に物理攻撃はほぼ通らないと見ていい。だけど、まだ手はある!


「オラァッ! 騒ぐんじゃねぇクソ王子がぁっ!」


「へぐぅっ!?」


 私は痛みに転げまわる王子の腹に一発蹴りをぶち込み大人しくさせると、その足を掴み上げた。

 ダメージが通らないというのなら、通るようにすればいいのだ。

 私の超振動で、王子の超振動を相殺する! 超振動には、超振動をぶつけるんだよっ!


「善悪相殺! お前が悪で、私が善! 心の痛みを知るがいいっ!」


「へぶっ! ほぶっ! おばああああああああ!!!」


「な、なんだこの音楽は。私の、私の知っている音楽とはいったい……おお、神よ……!」


「神ではない、私の裁きを受けろっ! 私こそが神だああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「いやあああああああああああああああああ!!! 王子ィィィッッッ!!!!!!」


 頭をブンブンと振りながら、ステージに何度も王子を叩きつける。

 いや、違う。これはもはや王子ではない。王子という名の打楽器だ。

 打楽器を本来の用途通りに使っているのだから、私の心は痛まない。むしろ遠くで絶叫をあげてる妹の悲鳴が心地いい!


「おいっ! そこの観客っ! 持ってるボトルを渡しなさいっ! 今すぐにっ!」


「えっ、あっ、はいっ!」


 最前列に座っていながらこちらを茫然と見ていた貴族の男に催促し、手に持っていたボトルを投げさせる。

 ラベルを見ると、思った通りお酒のようだ。しかもかなり度数の高いもの。

 昼間からこんなものを飲むのは感心しないところだが、今この場に限っては有難い。

 ボトルを開けると、私はグロッキー状態の王子の口に迷わず中に入っていたお酒の全てを注ぎ込む。


「おぶっ!? おばぁっ!!!」


「よし、狙い通り!」


 口の中が切れていた王子は当然激痛から酒を吹きだすが、私はそれにすかさず着火魔法で点火する。

 世にも珍しい、火を吹く王子の完成だ!


Foooooooフ――――!!!!」


「いやあああああああああああああああああ!!! 王子ィィィッッッ!!!!!!」


 ファイヤー王子と化した元婚約者を頭の上でぶん回していると、絶叫をあげた妹がこちらに迫る。

 大丈夫。こんな男、すぐに返してあげるわよ……誓いの言葉付きでね!!!


「汝、裏切るときも火を吹いてるときも、常にこのモノを愛し、支え合うことを……誓えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


「え、あ、ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」


 ファイヤー王子をぶん投げると、王子は愛する妹のもとへと一直線。

 ラブラブなふたりはファイヤーデスキッスを交わすと同時にまとめて観客席へと突っ込んでいき、そして動かなくなった。


「復讐完了……これが私が生み出した音楽『デスメタル』よ。冥途の土産に持っていきなさい」


 髪をかき上げ、カッコよく決めたところで、私はようやく満たされた。

 ああ、よかったよかった。これで一件落着……。


(なわけないじゃん)


 ツーッと。額から汗が垂れ落ちる。

 ヤバい。どうしよう。やっちゃった。裏切られた怒りから、頭が変になってたよ。

 なんだよ、デスメタルって。どうしよう。これ、追放じゃ済まなくない? 処刑もあるのでは? 公開処刑したつもりが、早くも後悔も襲われているんだけどどうすればいい。と、とりあえず逃げ……。


「ブラボー……おお、ブラボー!」


「へ?」


 逃げの体勢を取ったところで、何故か会場からパチパチと拍手の音が近づいてくる。


「なんて、なんて素晴らしい音楽なんだ! 感動した! こんな、こんな音楽の可能性があったとは! 私は、私は知らなかった! ありがとう、本当にありがとう! 君こそが真の天才! 音楽界の革命児だ! 君の才能に比べれば、私などまがい物に過ぎない! 私は自分が恥ずかしい!」


「あの、えと」


「ラウザ。いいやラウザ様! 貴方は私の新たな神だ! 是非私の妃に、ヴォイスの皇后になっていただきたい! そして是非そのデスメタルを我が国へと普及して頂きたい! どうか、どうかお願いだ! 私に慈悲を、女神の愛をっ!!!!」


 ティオン皇太子の目は逝っていた。

 明らかにそれ、女性を見る目じゃないと思うんですが。

 なんかもう崇拝とかそういうレベルで、見てはいけないものを見ている気がする。


(で、でも……)


 私は周りをチラリと見た。全員が茫然と私たちに注目している。

 今この場で、味方はティオン皇太子のみ。このプロポーズを断ったら、私はおそらく……。


「は、はい。よろしく、お願いいたします……」


「!? 本当ですか!? 受けてくださるんですね! おお、神よ。感謝します、我が女神よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 感極まって絶叫する皇太子を見ながら、勢いで行動するものじゃないなと、私は深く反省するのでした……。





 ちなみに後日。


「ラウザ様! 私もパフォーマンスのために火を吹けるようになったほうがいいですかね!? いいえ吹きたい、貴方のためにっ! 貴方のためなら、私は死ねるっ!」


「    」


 なんだかんだ結婚したはいいものの、私を残して死のうとする行動を取りたがるティオン様を必死で止める文字通り命がけの日々を送ることになったのは、また別の話である。

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低音デスボイスであることが理由で婚約破棄されたことにブチギレた結果、勢いで完成させたデスメタルで王子を打楽器代わりに振り回したりファイヤーさせて地獄を見せたはいいけど、正気に戻って冷や汗です くろねこどらごん @dragon1250

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