魔王城直前で勇者パーティを離脱した俺、勇者になる

ビーデシオン

第1話 俺は、足手まといだ。


 広大な砂漠を抜け、毒の沼地を抜け、草一つ生えぬ岩石地帯を抜け。

 俺たちはついに、魔王城を望む、最後の丘の頂へとたどり着いた。


「ここまで長かったな……」


 足元の小岩に片足を乗せ、盾を装着した左腕で赤髪をかき上げる少年。

 先頭を歩くアルルクが感慨深そうにそう言ったところで、俺たちは立ち止まる。


「ええ、王都に集まり旅に出たときは、たった三人でしたね」


 杖を握った両手を胸の前で合わせ、神官のテアがアルルクに答える。

 王国の城門を抜けた時には、三人と荷運び用の馬一匹だった。

 赤髪キラキライケメンのアルルクと、きれいな金髪でいたずら好きで美少女なテアと、土みたいな茶髪で薄汚くて名前も無い盗賊の三人。


「あの頃はここまで来れるなんて想像もしてなかったな。自分の名前すら、馴染んでなかったころだ」


 孤児だった俺には名前が無かった。

 名前なんて無くても生きていく上で問題ないと、そう信じて疑わなかった時だ。

 結果として、スリに失敗してテアに容赦なくボコボコにぶちのめされた俺は、王都を出てすぐ、名前を与えられた。


 名付け親はアルルクとテア。

 呼ぶときに不便だからとそれだけの理由で、アルルクが案を並べ、その中からテアが選んだ。

 俺はお前らの子供じゃねぇぞと文句を言ったら、二人とも頬を赤らめて黙ってたっけ。


「愛嬌があっていい名前だと思うぜ。クラリ」

「うるせぇ。一番変な名前のやつに言われたくねぇよ」


 後ろにいたサラシクビに、からかうような口調で言われたので、思わず反論してしまう。

 名前も変だし、頭の上で結んでる髪の色も、持ってる刀の色も紫だし、道中で出会った時からずっと変な奴。

 やけに俺に絡んでくるし、やけに酒に詳しいし、やけにけんかっ早いし、やけに最前面で戦って、ろくに戦えない俺の穴を埋めるように俺たちを守ってくれる。

 とにかく変で、仲間想いの頼れる兄貴分。


「ま、パパとママに名前をもらったのは、兄さんだけじゃないですけどね」

「シェイ……いい加減その呼び方やめてくれ」


 緑髪をなびかせ、宙をヒラヒラと舞いながら現れた妖精に、兄と呼ばれるのも慣れない。

 というか先に名前をもらっただけで兄扱いするのもどうかと思う。

 まあ、故郷の無い元はぐれ者同士、通ずるものはあると思うけどさ。


「でも兄さんだって、さっきサラシクビのこと頼れる兄貴分だって思ってたじゃないですか!」

「心読むのもやめろ!」


 人間には使えない魔法を軽々しく使いまくるのもどうかと思う。


「本当か? いやー照れるな。でもその場合、父母より年上の息子が増えちまうぜ?」

「お前も乗るんじゃねぇ! ていうかアルルクとテアも止めろ!」

「三人兄弟だと、次の子が居心地悪いかしら。アル、どう思う?」

「えっ!? いやまあ……もう少しいても賑やかでいいんじゃないか?」

「イチャイチャすんな!!」

「そういうことなら、サラシクビはおじいちゃんで大丈夫です」

「なんだと!? オレはまだ二十代だぞ!」

「俺を兄弟から外せ!」

「……クラリおじいちゃん?」

「そうじゃねぇよ!!」


 くっそ、なんだこいつら……悪ノリしやがって。

 どうせこの思考もシェイにバレてんだろうな。あ、こっち見て笑いやがった。

 てか俺以外全員笑ってんじゃねぇか。緊張感のない奴らめ。

 まあ、ギスギスするよりよっぽどいいし……確かにちょっと楽しくはあるけど……


「みんなー! 今兄さんが」

「いい加減にしろクソ!」

「ふへへこわーい!」



「――――リ! ――ラリ!」


 実際のところ、俺がこのパーティにいられているのは奇跡だ。

 魔法の壁で敵の攻撃を防ぎ、相手が生きてさえいれば致命傷であっても一瞬で治してしまえるテア。

 自身の数倍大きな相手の攻撃だって受け流して、隙を見て必殺の一撃を叩き込んでしまえるサラシクビ。

 人には扱えない、索敵に役立つ魔法や、多彩な攻撃魔法を扱えてしまえるシェイ。

 簡単な攻撃魔法も、治癒魔法も、剣を使っての近接戦も、盾を使っての壁役もお手の物で、どんな激戦の中でもパーティを指揮してしまえるアルルク。


「クラリ!!」


 それに比べて、俺の強みといえば、すばしっこさと手先の器用さくらいで、戦闘では何の役にも立たない。

 旅を始めてばかりのころは、アルルクと一緒に前に出て戦ったり、率先して斥候役にまわって、不要な戦闘を避けたりできたけど、パーティが大所帯になるにつれ、俺の役割は無くなっていった。


「しっかりしろ! クラリ!!」


 はっきり言って、俺はこのパーティに相応しくない。

 俺にできることは他の誰かにできるし、他の奴らは、戦闘での役割もはっきりしている。


「ごぼっ」


 だから、丁度、今みたいに敵の薙ぎ払いに巻き込まれて、壁に叩きつけられるようなこともない。

 上半身の骨を粉々に砕かれて、口から血の塊を吐き出してしまうようなこともない。

 そのまま動けなくなって、アルルクの指揮に答えられなくなるようなことも……ない。


「治癒魔法はかけました! 撤退しましょう!」

「僕が背負う!」

「OK! 殿は任せろ!」


 治癒の光に照らされる視界。引かれる腕。

 朦朧とした意識で、そんな会話を聞きながら、アルルクの背中に背負われて、思う。

 俺は、足手まといだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王城直前で勇者パーティを離脱した俺、勇者になる ビーデシオン @be-deshion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ