私の中のダイヤル
祐里
1.玉子焼き
祖母は嫌われ者だ。仏頂面ばかりで笑うことがほとんどないからかもしれない。親戚が集まる賑やかな場が好きなのに、それを表に出すこともあまりない。
そんな祖母に、私は顔も性格もよく似ているらしい。二人揃って嫌われ者。叔父に「
そんな親戚の集まりを私はだんだん嫌いになっていって、あまり顔を出さなくなった。
◇◇
元日には、一人で徒歩十五分ほどの祖母の家を訪れた。「あけましておめでとうございます」と一通りの挨拶を済ませ、まだ誰も来ていない居間のこたつで暖を取る。
「おばあちゃん、玄関に飾ってあった門松かわいいね」
「そうかい」
「孫のためにわざわざ買ってきてくれたんだ」
祖母は私の言葉には答えず、台所へ小走りで行ってしまった。玄関の外の立派な門松ではなく、靴箱の上にちょこんと置かれていたクリスマスリースのようなハンドメイド風の門松のことなのだが、きっとわかってくれただろう。
調理中でなくともこの家にはうっすら醤油の匂いが染み付いているのだが、今は何かを煮ているのか、出汁と醤油の匂いが強く漂ってくる。甘さも感じられるからみりんと砂糖も少し入っているのかもしれない。そんな匂いの中でこたつの上のミカンに手を伸ばし、私は一週間後に始まる新学期のことを考える。
「美衣、こっちおいで。作り方教えてやる」
「何の?」
「玉子焼き」
「わ、本当に? 教えて教えて」
「こんな朝早く来たって、他に誰も来ないからつまらないだろう」
「そんなことない。おばあちゃんいるし」
祖母の目が、ふっと笑った気がした。ミカンを籠に戻してこたつを出る。
「卵、四つ出しておいで。あと、そこに置いてあるボウルも……ああ、そう、それ」
祖母に言われるまま準備を手伝い、まずは調理過程を見ることになった。ほんのり湯気を立てる鍋の横で、しわが縦にも横にも入った細い手が菜箸と玉子焼き器を持つ。菜箸を持った方の手は、更にガスコンロの熱さも計る。もう片方の手が、油を引く。
ボウルの中で適量の塩だけを混ぜた黄色い液体は、祖母の「感覚だからね」というぶっきらぼうな言葉とともに熱くなった玉子焼き器に注がれ、じゅうっと音を立てた。
「いい匂い」
「油断したらいけないよ、感覚だからね。よく見ておきなさい」
里芋が鍋の中でぐつぐつと煮えている隣のコンロで、菜箸が器用に卵を端から丸めていく。玉子焼き器の端まで細長く丸めると、黒ずんだ銀色の底部分に油を引き、また卵液を少し入れる。またじゅうっと音がする。それを、丸めたものに巻き付けていく。その繰り返しでできていくのだと、祖母は言う。
「けっこうスピーディーなんだね」
「感覚だよ」
何度も「感覚」という祖母がおかしくて、ふふっと笑いが漏れた。訝しげに眉をひそめる祖母も、何だかおもしろく思えてくる。
「楽しい」
「こんな簡単なことで楽しいなんて、おかしな子だね」
口を動かしながら、祖母は手も忙しく動かす。どんどん玉子焼きが太くなっていくのを見ながら、私はおいしそうな玉子焼きと煮物の醤油の匂いを肺いっぱいに吸った。祖母は「おかしな子」なんて言うけど、照れているだけ。優しい手は今、私の大好物の玉子焼きを作っている。
「おいしい。里芋も、卵焼きも」
「そうかい」
「食べたらすぐ帰るね」
「ああ」
早めの昼食、祖母と二人だけ。ここには私を調節しようとする人はいない。
叔父の「勉強がんばってるか」への正解は、へらへら笑いながら「やってない」。母の「ごめんなさい、こんな子で」には『しゅんと肩を落とす』。父の「奥の部屋でテレビでも見ていなさい」には「はい、ごめんなさい」だ。わかっている。でも私は黙ったまま姿勢良く顔を上げ、だらだら動いたりせず、すっと立ち上がってそのまま奥の部屋へ入った。
姿勢良くしていなさい、きびきび動きなさいと父も母も先生も言うのに、そのとおりにすると、ため息しかもらえない。正解はいつも、私を無理に調節しようとする。私のダイヤルには、誰も
◇◇
祖母がくれたお年玉袋は、自分の部屋に戻ってから、かわいい缶のチェック柄の蓋を開けて中に入れた。中身は見ていない。たとえ何も入っていなくてもうれしいことに変わりはないから。ううん、本音を言うと、少しは入っていてほしいけれど。
缶をクローゼットの奥に入れて、静まり返った家を堪能する。父と母は私と入れ違いで祖母の家へ行った。親戚との集まりには、いつも「助け合いだからね」と言って出かけていく。助け合いって何だろう。娘に嫌なことを言われても謙遜する態度は決して変えないことだろうか。
カラカラと窓を開けて外を見ると、細い月が浮かんでいるのが目の前に見えた。一旦窓を閉めてからリビングに行き、新聞を手に取ってこよみ欄の『月齢3.0』を確認する。
部屋に戻ってもう一度開けた窓から、三日月を目に焼き付ける。普段は聞こえてこない踏切の音が、大きな公園の上を通ってかすかに聞こえてきた。
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