第34話 イグニス、決闘の賞品になる

 三人でテーブルを囲い、ほぼ同時にスプーンを持った。スプーンが向かった先は熱々のビーフシチュー。少しとろみのあるルーを掬って口に運ぶと、ソフィアの顔がフニャフニャに崩れたのだった。


「ん〜〜っ♡ イグニス君の料理って、なんでこんなに美味しいのかしら! ホロホロになるまで煮込んだお肉が最高!」


 ソフィアが絶賛している中、隣に座っていたヘリオスは頷きながら黙々と食べ進めていた。どうやら、ヘリオスもイグニスの作ったビーフシチューが気に入ったようである。


「ソフィアから貰ったテール肉が良かったんだ。程よく油も乗ってて柔らかかったし、臭みもなくて良かった――って、なんだよヘリオス。もう完食したのか?」


 完食したヘリオスが皿をイグニスに差し出してきた。『おかわり』という事なのだろうが、それとは別で何か言いたそうな表情をしている。


 ヘリオスは口の中にあった食材を胃の中へ流し込み、衝撃の言葉を口にしたのだった。


「明日から俺も一緒に食べても良いか?」

「ヘリオスも一緒に? あぁ、俺は別に構わな――ブフッ!?」


 そこまで言いかけ、突然手で口を覆われた。


 犯人はソフィアだった。ソフィアはムスッとした顔で椅子から立ち上がり、「嫌! 私は断固反対よ!」と隣に座るヘリオスに向かって、啖呵を切ったのである。


「私がイグニス君にお金を払って料理を作って貰ってるのよ!? なんで貴方が割り込んでくるのよ!」

「別にいいだろ? 俺もイグニスの料理が気に入ったんだから。それに金の心配なら必要ないぞ。俺が全部支払うからな」


 机の上に出された黒いカードを見て、イグニスとソフィアは目が点になる。それはある一定の稼ぎがないと発行できない〝ブラックカード〟という代物だったからだ。


「なっ……なな、なんで学生なのに〝ブラックカード〟なんて持ってるのよ!? 私は〝ファミリーカード〟しか持たせて貰ってないのに!」

「ノースユナイテッドでは軍に所属してるし、最近は勲章も授与されたからな。その時についでに作ったんだ。ほら、イグニス。好きに使っていいぞ」


 ヘリオスから差し出されたカードをそのまま受け取るわけにはいかず、イグニスは悩んだ末に「じゃあ、こうしようぜ!」とある提案を持ちかけた。


「ヘリオスが食べたい物を俺が作るから、ソフィアみたいに材料費だけ出してくれよ! そしたら全部丸く収まるだろ?」


 イグニスの提案に「材料費だけでいいのか?」と首を傾げる。「おう!」と快く答えると、ヘリオスはフッと小さく笑った。


「じゃあ、それでお願いしようかな。買い出しとか手伝うから遠慮なく言ってくれ」

「めちゃくちゃ助かるよ。学校が終わってから買い出しに行ったりしてると、何もできない時があるんだ」


 二人のやり取りを側で聞いていたソフィアはやきもきしっぱなしだった。その様子を見たヘリオスはニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。


「悪いな、ロスヴァイセ。二人の間に割り込むような真似しちゃってさ」

「なっ……」


 意地悪そうに口角を上げたヘリオスを見て、ソフィアはテーブルに手を叩きつけ、なんと「貴方に決闘を申し込むわ!」とヘリオスに向かって宣戦布告を行ったのである。


「ヘリオス・シュヴェルトライテ、私と決闘しなさい!」

「決闘? 一体、何を賭けるんだ?」


 ヘリオスは不思議そうに首を傾げると、ソフィアは「決まってるでしょ!?」とイグニスに向かって指をさした。


「勝った方がイグニス君を独占できる権利よ!」

「へっ!? お、俺が賞品なのか!?」


 まさかの展開にイグニスは慌ててしまったが、ソフィアは大真面目だったようで、鼻息荒く話を続ける。


「冗談なんかじゃないわ! 今日は特別にイグニス君のビーフシチューを食べさせてあげたけど、本当は私の為に作ってくれたんだから!」


 フンッ! とそっぽを向いて拗ねるソフィアを見て、イグニスは困ってしまった。


「そんな理由で俺を賞品にしないでくれよ。なぁ、ヘリオスからも何か言ってやってくれないか? こんな理由で決闘するなんておかしいってさぁ……」


 向かい側の席に座るヘリオスに助けを求めると、「わかった。その決闘、受けて立つ」と真顔で即答したので、イグニスは「嘘だろ!?」とショックを受けてしまう。

 

「その代わり俺も条件を出させて貰っていいか?」

「えぇ、いいわよ」

「一つ目は俺が勝ったら三人で飯を食う。二つ目は三人で生徒会に入るってのはどうだ?」


 ヘリオスの条件に二人は「せ、生徒会?」と同時に驚きを露わにしたのだった。


「生徒会に所属すれば、軍から学校に依頼してきた仕事を受ける事ができる。依頼内容は見た事ないけど、いろんな依頼が来るって噂だぜ? もしかしたら、複雑な申請書類やパスポートを作らなくても、他の宇宙船に行けたりするのかもな」


 それを聞いたイグニスは「えっ、マジで!」と興味津々な様子に変わった。


 もし、生徒会に所属して他の宇宙船に行ける事になれば、父さんの望みの一つである〝父さんの身体を探しに行く事〟ができると思ったからだ。


 しかし、ソフィアは「ちょっと待って」と話を止めた。


「貴方、生徒会に興味を持つような人だったかしら? クラスでも一匹狼の貴方が、誰かを誘って生徒会だなんて考えられないんだけど?」


 ヘリオスは短く溜息を吐いた後、「俺の家、軍人家系だからさ……」と話を切り出してきた。


「習い事ばっかりで、学校の行事とかに深く関わった事がないんだよね。せっかくノースユナイテッドから出て、この学校に留学してきたんだ。一度で良いから学生っぽい事をやってみたいなーって思っただけだよ」


 ソフィアは「そ、そうなの……」と拍子抜けしたように返事をした後、我に返って「早速だけど、日程を決めるわ!」と場の空気をガラリと変えたのであった。


「決闘は明後日の午前中! 学園の敷地内で行うわ!」

「オーケー。使用する機体の指定はないな?」

「勿論よ! 貴方なんて私のアストランティアで倒してあげるわ!」


(どうして……どうして、こんな事になっちまったんだぁぁぁ!!)


 バチバチと火花を散らす二人を見て、イグニスは頭を抱えてしまう。まさか、自分を賭けて決闘が行われるだなんて思ってもみなかったのだった。

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