第14話 会敵

 反応がある地点まで急いで飛んでいくと、〝ヒルディスビー〟が何者かに首を絞め上げられている所だった。


 機体に流れるエネルギーラインが消えてしまっている。どうやら、マリウス先生に何か異変が起こっているようだ。


『うわぁぁんっ! マリウスから離れろよ、この馬鹿! やっつけてやりたいけど、マリウスが操縦桿から手を離してるから、反撃できないよぉぉ〜〜!!』


 ニコが泣きながら怒鳴り散らしているが、〝悪魔〟に人の言葉なんて通じない。〝ヒルディスビー〟に乗っているマリウスの息の根を止めるまで、〝悪魔〟は首を絞め続けていた。


『な……なんだよ、あれ!?』


 イグニスが驚くのも無理はなかった。

恐らく、ベースに使われているのは、14年前の戦闘で大破した機体だったからだ。


『あれは〝悪魔〟のはずだろ!? レーダーに映らないなんて事が有り得るのか!?』

「恐らく、ヴァルキリーと〝悪魔〟が同化してるせいで、レーダーに反映されてないんだと思う。あれは〝悪魔〟がヴァルキリーを捕食した姿だが、身体の形が歪なのを見る限り、機体を捕食したばかりみたいだしな」


 父さんは話しながら、接近戦専用の武器である〝イーグルクロー〟を迷いなく選んだ。


 次に〝グルヴェイグ〟の背中に生えている炎の羽を燃やし、障害物を消し炭にしながら、敵目掛けて一直線に飛ぶ。


 すると、向こうもこちらの意図に気が付いたのか、〝ヒルディスビー〟の首を離して距離を取る。


「逃がさねぇよ、オラァッ!」


 父さんはスピードを落とそうとはしなかった。

こちらに背を向けて逃げる敵の距離を一気に縮め、〝イーグルクロー〟で敵の背中を一撃で貫く。


『ギャ……』


 〝悪魔〟は身体の一部分を切り離し、捕食していた機体から離れた。


 しかし、こちらの攻撃はまだ続いた。

また捕食されても攻撃できないよう、壊れた機体の腕を切り落としたのである。


『ギッ……ギィィッ!! ギッギッ、ギィィ!』

 

 宇宙空間にノイズ混じりの絶叫が響き渡る。

機体の腕を引きちぎったタイミングと同時に〝悪魔〟が悲鳴をあげたので、その反応に父さんは訝しんだ。


「人間みたいに怪我を庇うような真似をしてるんじゃねぇよ。これで終わりだ。俺に出会ってしまった事を後悔するんだな」


 父さんは痛みに悶えている〝悪魔〟を容赦なく〝イーグルクロー〟で文字通りの三分割にした。


『ギ……ギギ……』


 〝悪魔〟は呻き声を漏らして絶命した。


 三枚におろされた亡骸がピクリとも動かないのを確認した後、父さんは武器についた銀の液体を払い落とし、武器をしまう。


「14年ぶりに武器を使用したが、切れ味が落ちてなくて良かった。イグニス、大丈夫か?」

『あ、あぁ。なんともない……』


 〝悪魔〟との戦闘が想定していたより短かったので、イグニスは驚いて気の利いた返事ができなかった。


 それでも父さんは優しい口調で話を続ける。


「戦闘になるとオーブは疲労が溜まりやすいからな。戦闘時間も短くしたつもりだ。どうだ? 銀河連邦軍のエース様の操縦は無駄がなくて洗練されてただろ?」


 本当に一瞬の出来事だった。

武器を装備してから一気に突っ込み、敵の隙を見逃さずに短時間で一発で仕留める――。


 まるで、お手本を見ているかのようなスムーズな攻撃に、イグニスは感動しきっていた。


(〝悪魔〟相手に怯まずに。しかも俺の事も考えて短時間の戦闘で終わらせるだなんて……。凄いっ、凄いぞっ! 俺の父さんって、本当に凄い人だったんだ!!)


 この瞬間、イグニスは完全に心を開いた。

幼い子供が憧れのスーパーヒーローに会った時みたいに、『凄い凄い!!』と騒ぎ始める。


『父さんの操縦、すっげぇ格好良かったっ! 俺もあんな操縦ができるようになりたい! ねぇ、アスガルドに戻ったら俺に稽古をつけてよ!』


 まさか、イグニスがこんなに喜ぶとは思わず、父さんは「あ、あぁ。いくらでも稽古つけてやるよ」と照れ臭そうに返事をしていた。


「とりあえず、マリウスの無事を確認してアスガルドに戻ろう。マリウスとも話さなきゃいけないし、お前が今までどう過ごしてきたのか、もっと知りたいしな」

『うん! 俺も父さんの事、もっと知りたい! 後、母さんの事も! だからさ、もっと――あ、あれ? なんだか……眠く、なってきた、ような……』


 突然、強烈な眠気に襲われたイグニスは話の途中で寝ないように必死で抵抗し始めた。


『なんで、いきなり眠気が……』

「オーブは身体がない分、そういう症状が顕著に現れるんだ。特に今日はオーブになって初めての戦闘だったし、お前がそうなるのも無理はない」


 イグニスの抵抗も虚しく、意識が途切れ途切れになり始める。本当はマリウス先生達の無事を確認しなきゃいけないのに、意識を保っていられそうもなかった。


『と、父さん……。マリウス、先生……は?』

「さっき咳き込んでるのが聞こえてたから、ちゃんと生きてるよ。だから安心してゆっくり休め。後の事は俺に任せろ。あ、そうだ。お前にご褒美をやらないと――って、もう聞こえてないか」


 イグニスは話の途中で意識を手放してしまった。


 オーブからのエネルギー供給が止まった為、コックピットの中が暗くなってしまったが、予備電源に切り替えると必要最低限の明かりが灯る。


「ん〜、久しぶりのシャバの空気は最高だなぁ! これで元の身体に戻れたら、もっと最高なんだけど。おい、マリウス。いつまでへばってるつもりだ? さっさとこっちへ来やがれ。それから、口裏合わせもするぞ。それ以外にも――」


 一方的に要求を言い続けていると、不服そうな顔をしたマリウスの姿がモニターに映し出された。


 マリウスの額から頬にかけて血が流れ落ち、首元には両手で締め上げられた跡がくっきりと残っている。


「君さぁ、本当に人使い荒いのは変わってないよね。14年ぶりに会う親友との再会を喜ぶのが先なんじゃない?」


 マリウスから苦言を呈されてしまったのは言うまでもない。

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