始祖の魔女の血を引く令嬢は、吸血鬼伯爵の偽りの花嫁になる

坂合奏

プロローグ

「クリスティーナ・オルセン令嬢。怖がらなくていい。そう、いい子だ」


 吸血鬼の甘くとろけるような耽美な声が、頭の中に響く。今までに感じたことのないような浮遊感に、身体の力が抜けていく。

 すがるように彼のシャツの胸元に手を当てると、鋭い爪が生えた手が私の手の上に重ねられた。


 さらりと伸びた彼の長い黒髪が、まるでカーテンのように私の腕を覆い隠した。冷たい氷のような唇が腕に触れる。燭台の火がゆらりと揺れた時、腕に牙が刺さった。痛みの奥に、どこか熱に浮かされたような甘さがあった。けれど、これは恐怖のせいだ。そう思い込もうとした。 


 言葉にならない叫び声とともに、身体を捻ろうとするが、逃げ出そうとしても強い力に抑えられ、逃げ出すことはできない。


 これ以上は無理だと思った時「今夜はここまででいい。君の血と引き換えに、君の命は保証された。契約は成立だ」と唇を私の血で濡らした彼はそっと距離を置いた。

 一歩でも動いたら、引き裂かれてしまうかもしれない。獰猛な獣のような瞳だと、ぼんやりした頭で思った。


「傷口は止めてあるが、手当は必要だろう。メイドを手配しよう」


 もう視線はこちらに向けられていなかった。痛みはいつ間にか消えていた。


「待って」

 どうして呼び止めたのか分からなかった。


 だが、どうしても呼び止めなくてはいけないような衝動に襲われたのだ。


 彼は「おやすみ。クリスティーナ」とだけいうと、振り向きもせずに部屋を出ていってしまった。

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