我らリラクゼーション同好会!

おみそしる

第1話「うでまくら」

 北の大地、北海道。6月中旬ともなればいくら北の大地と言えどそれなりに暑くなってきている。例年よりも気温の上昇幅が高いことと、このままでは生徒が暴動を起こしかねないと判断した私立大山学園は予定を少し繰り上げて夏服移行期間へと突入。それにより念願の半袖へと移行した生徒がここにも一人、高等部棟に隣接する文化部棟の廊下を歩いていた。決して大柄ではないものの半袖のワイシャツの上からでも分かるほどに筋肉がついた体は明らかに浮いており、周囲を歩く文化部に所属する他生徒たちは然程身長が変わらないのに近づくと小さな岩のように感じる圧に晒され目を背けるのだから余計に男子生徒の存在は異物感を醸し出していた

 

 背中に視線を感じながら歩くこと数分(部室棟の3階にあるその教室は廊下の隅に位置しているため男子生徒は部室に行くたびに周囲の視線にさらされていた)、男子生徒はやがて一つの部室の前で立ち止まった。ドアには「リラクゼーション同好会」のプレートがかかっていてドア横の在室表には「早柚川鈴香」の文字と在室欄に「△」のマークがついている。それを見た男子生徒は在室表に「大久保庵」と書いてそっとドアを開けた


「…………」

「すぅ…」


 ドアを開けると少しだけ空いた窓から風が初夏の空気を運んできた。本来机が置いてある場所には畳と布団が敷いてありその布団で女生徒、早柚川鈴香が寝ていた。ご丁寧に掛け布団まで被り、実にリラックスした様子で熟睡している。規則的な呼吸、軽く閉じた瞼、そして呼吸と同じ周期で上下に揺れる掛布団。どう見てもここが学校であることを忘れそうになるほど見事な熟睡だった。そっとドアを閉め、寝ている早柚川の顔を覗き込むようにしゃがみ────


「……センパイ、笑いを堪えるのを覚えたのはすごいですけど頬が堪えられてないですよ」

「うふっ……あはははは!」


 真顔のまま、早柚川に話しかけた。途端、寝ていたはずの早柚川が軽く噴き出し堪えきれなくなって笑い出した。狸寝入りがバレた早柚川は笑いながら起き上がりそれでも笑い足りないのかひとしきり笑うと呼吸を整え、庵に向き直ると締まりのない笑顔を向けた


「おはよう、大久保くん」

「おはようございます、早柚川センパイ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「今日は遅かったね?」

「……日直だったので」

「そっか」

「センパイ、ひとつ聞いても良いですか」

「なぁに?」

「何故俺の腕を枕に寝てるんですか」


 何を考えたのかセンパイはさっきまで使ってた枕を抱きしめ、わざわざ俺の隣に寝転び俺の腕を枕にして天井を見つめていた。いわゆる腕枕状態だ。半袖に衣替えしたせいで内肘のあたりにサラサラとしたセンパイの髪の毛の感触がダイレクトに伝わってくる


「なんでって……実験?」

「なんで疑問形なんですか……今度はどの本に影響されたんです?」

「少女漫画!」

「……そうでしたか」

「あっ今呆れたって顔したでしょ!」

「……してないです」

「この前学校帰りにたまたま本屋に寄ったときにね、新発売って書いてあって絵が好きだなぁって試しに買ってみたらすごくよかったの!」

「アクマな天使とテンシな悪魔ですか。そういえば妹も買ってましたねこれ」

「そうなんだ……」

「センパイ、俺の腕にすりすりしないでください」

「なんで?」

「くすぐったくて敵わないので」


 早柚川センパイは距離感がおかしい。この顔というか目と空手をやっているせいで裏社会の住民とか言われている俺の噂を聞いたことがないのか俺を見ても全く怖気ついたりせずに普通に接してくる。それどころか俺の髪の毛で三つ編みをしてみたり死んだ魚の目よりも死んでると言われるほどの俺の目を見て素敵な目だとの賜ったりと感性もズレている


「ほんとうに…?」

「本当です」

「なら良い。許してあげよう」

「ありがとうございます」


 勘が鋭いと思ったらあっさりと騙されたりとよく分からない人でもある。小柄な体格と締まりのない笑顔がどこか小動物のような雰囲気を醸し出していて喜怒哀楽がすぐに顔に出て表情がコロコロ変わる様は見ていて庇護欲をそそられる


「大久保くん、なにか考え事?」

「……俺の腕、硬くないですか?」

「硬いけど……私は好きだよ?」

「……ならいいです」

「少女漫画だとドキドキするって主人公の女の子が言ってたけど……ドキドキっていうより落ち着くね……人肌の温もり……」

「っ!……リラクゼーション同好会会員としてはリラックスできて良かったです」

 

 そして平気でこういうことを言う。大きな目でこちらを見上げ、良い匂いを漂わせながら甘い声色でこういうことを言うのが早柚川鈴香という人だった。本当に心臓に良くない人だ。俺が知らないだけで世の中の女子はこうなのかとも思ったがクラスの女子たちを見るにやはり早柚川センパイがバグってるだけのようだ


「……大久保くん、顔赤くない?熱あるの?」

「……いえ、大丈夫です。少し部屋が暑いだけなんで」

「うーん…クーラー付ける?」

「いえ、実は購買でアイスを二つ買ってきてるんでそれで凌ぎましょう。保冷材も入れてるんで対策はバッチリです」

「アイス!やはり持つべきは有能な大久保くんだねぇ……ご褒美によしよししてあげよう」

「結構です」

「よーしよしいい子いい子」

「……」


 この距離感で2ヵ月。元々交友関係が広くなく、女子との会話など皆無に等しかった俺が早柚川センパイに好意を寄せるようになるまでそう時間はかからなかった


「センパイ」

「ん?なぁに?」

「アイス溶けますよ」

「あぁ!食べる食べる!!」

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