第2話

 夜7時頃。

まだ、日が完全には暮れてはおらず、夕日のオレンジと夜の黒、中間の紫とグラデーションになっている。

トラックには満タンに詰められ、家の前を去って行った。

「結局、こんな時間までかかっちまった」

「まあ、あれ以来何事もなかったから、よかったが」

上田と田中は揃って、勇真を見る。

「あの本棚、本を仕舞った後も、重かったよな」

「二人がかりでも運べなくて、結局赤志さん一人に運んでもらった」

「あの人、どれだけ怪力なんだ」

勇真は疲れたようで、あくびをしている。

「あの、勇真さん!」

井上は勇真に駆け寄る。

「どうした、井上」

「あのときは、助けていただきありがとうございます!」

バッと、風を感じる勢いで頭を下げる。

「いやいや、俺はたまたま近くにいて、持てただけだから」

「でも、あの本棚に潰されたら、もしかしたら命もなかったかも」

「不穏なこと言うなっての」

軽く頭をチョップするが。

「んぐっ…」

井上は頭を抱えて、うずくまってしまう。

「え、悪い。強くやりすぎた」

あまりの痛がりように、勇真は動揺する。

勇真のトラウマを呼び起こしてしまう。

「いや、大丈夫っす」

耐えながらも、ゆっくり立ち上がる。

「あのときの勇真さん、マジでヒーローみたいで、かっこよかったっす」

にっと、井上が笑いかける。

ズキッと、勇真の頭が、心が痛み出す。

「ほら、10年前くらいにいたじゃないっすか。多分、勇真さん同年代くらいじゃないかな」

「俺は、ヒーローなんかじゃねえよ」

「勇真さん?」

うつむく勇真を心配して、体格差のある勇真を井上が見上げる。

「おーい、赤志さん、井上ー」

「この近くに居酒屋あるの見かけたから、行こうと話してたんだが、どうする?」

上田と田中が二人に呼びかける。

「俺、行きまーす。お昼だけじゃ、足りなかったから、お腹ペコペコ」

「俺はいいや。大学生ばかりの若者の中に、おっさん一人いたら浮くだろ。お前らだけで楽しみな」

手をひらひら振り、勇真はこの場を去って行く。

「まあ、俺らとは10近く年離れているからな」

「ジェネレーションギャップつーか、話合わなさそう」

「でも、話してみると、けっこう気楽な感じっすよ」

去って行く勇真の背中を井上は見つめている。

「引っ越し業でよく顔を合わせて、重いもの運ぶときはすげえ助かるけどな」

「でも、力加減苦手みたいで、物壊すところも見かけるし。さっきも、井上軽く小突かれただけで、すげえ痛がってたろ」

「ま、まあ…」

まだ、痛みが収まっておらず、頭をさする。

「あんまり、近くにいたくねえなってのが、正直なところ」

「確かにたまに曰く付きなところもあるから報酬は高いけど、あの年で定職じゃなくて、こういう単発の仕事しかやらないのって、やっぱあの人にも問題あるんじゃねえの」

「悪い人じゃないと思うっすけどねえ」

後ろ髪を引かれながらも、井上ら三人も家の前を去って行った。

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