BIAS

梶舟景司

第1章 The Security Service Division

# 第1章 The Security Service Division



## 1


 滑走路で旅客機が加速し始める。

 快適な座席に包まれて、僕は瞼さえ閉じれば五分もせずに眠りに落ちそうだった。まるで三日前の疲労がまだ残っているかのように。

 掛けているグラスウェアが僕の視界に、フライト中の各種案内と注意事項、それから予定のフライト時間を映し出している。僕が今日掛けてきたのは私物のサングラスタイプで、機内のシステムは乗客のグラスウェアを検知すると、それぞれに合わせた言語で案内を視界に映し出す仕組みになっていた。

 そして視界中央に浮かぶ、今日の日付。

 Mon, 27 Apr 2048——。

 昔ながらの眼鏡やサングラスと変わらない見た目ながら、超低出力レーザーで着用者の網膜に直接映像を投影するこの手のデバイスも、最近ではすっかり珍しくない。先進国なら子どもでも一台は持っている。

 僕はざっとだけ目を通すと、端の閉じるcloseのアイコンに視線を合わせて表示を消した。瞬時にクリアな視界が戻ってくる。

 いつのまにか機体は地上を離れ、みるみる高度を上げていた。行き先は、遥か遠くアフリカの新興国であるシザロの、その第二の都市にあるマガティヴァ国際空港。途中サルディスタンのサルダバードで乗り継ぐ予定で、直行便や所要時間がより短いミンバウで乗り継ぐ便は、チケットが取れなかったらしい。出発が決まったのが急だったからだろう。この便も、見渡せる範囲のエコノミーに限っていえば、座席はだいぶ埋まっている。

 ふと窓の外に目を向けると、眼下にはメルボルン海上都市フロートの姿が広がっていた。

 ナイフで切り取られたような直線の海岸と、その間際まで並んだビル群。ポート・フィリップ湾内の海上に、人工島とメガフロート工法で新たに生まれた約八千ヘクタールの土地。その上に載る街は、絶え間なく成長を続け、何度目かの「事実上の第三次世界大戦」と呼ばれる年月を経た現在、と合わせて世界経済の中心地の一つに数えられている。

 今飛び立ったポート・フィリップ国際空港は、そんな海上都市フロートと陸地の中間に、やはりメガフロート工法で建造された洋上の空港だった。摩天楼を避けるために空港だけが少し離れて建設されたらしい。

 そんな洋上の空への玄関口の隣には、一回り小さな飛行場が寄り添うように存在している。並んだ格納庫に、最低限の滑走路。そこでは軍用の航空機が――FQ-48無人戦闘機や、MH-75多目的ヘリコプターや、RAQ-88無人偵察攻撃機が――日々離着陸を行っている。それはつまり、コンパクトな軍事施設だった。

 元々都市の警察や消防などのために、国際空港とは別に作られた飛行場。現在はその設備を、主に僕の所属する会社が州政府から借り受けて使用している。

 ドーハム&ヘンダーソン社。

 政府の認可を受け、軍の任務の一部を委託され代行する、民間の安全保障事業者の一つ。それが僕の所属する組織であり、この海外行きを命じた職場だった。

 まだ僕の瞼の裏には、ここ数日間の光景が焼き付いていた。突如現れた一人の女性。戦場と化した夕暮れの大通り。死んだコディ。

 お決まりの任務後カウンセリングに加えて、病院で「トラウマ化防止処置」なる施術を受けたが、自分の精神状態に変化が生じたという実感はなかった。相棒の死は、そう簡単に忘れられるものではない。

 そして僕は考える。

 なぜコディは死ななければならなかったのか。

 彼女の行動は、本当に彼女自身の意思だったのか。

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