第35話 閑話 ミツヒレ・アケッティの野望 ② 恨み

 さて、くまぁを食堂に返還の後、再び山城守氏の元へエレベーターで向かったところでしたね。


 先程、エレベーターからチラと見えた彼の写真を端末で記録、私が往復する間にAI3210ミツヒレに解析をさせていました。

 ですが、山城 守(ヤマシロ マモル)という彼の名前以外の情報が一切得られません。

 高度な情報制限が掛かっている、というわけでもなさそうなのですが…。

 それでも何がしか、大きな力が働いているかのような、そんな印象を持ちました。

 情報が得られないのは、致し方ないので直接当たって探るしかありません。

 忘れないうちに、言語翻訳スキルを自動オートにしておきましょう。



 彼と直接挨拶を交わし、自己紹介したのですが、どうも妙です。 

 名前を名乗った瞬間に、彼のこちらへの言動が警戒を帯びたような者になった気がします。

 それまでは、くまぁの件で若干怪訝な反応はされましたが、それ以外の対応はおおむね完璧だったはずです。


 ともかくも、彼と会話し糸口を探ることに致しました。

 私からの彼の印象は、可もなく不可もなくといったところでしょうか。

 年齢を重ねている分多少厄介さがありそうだが、おそらく常識的な一般人というカテゴリーでくくれる相手でしょう。

 妙に警戒されているので少々やりにくいですが、なんとかなりそうな相手です。

 私の経験則上ですが、普通に説得すれば、こちらの思惑に乗ってくれるだろうという手応えはありました。

 まず、疑似精霊契約を結ぶことで、魂経由で逐一その情報を得られるようにしてしまえばこちらのものです。 

 後は転生先の現地で働かせ、その功績【エネルギー】の一部をこちらに還元させ続けます。

 そして、天寿を全うした後は残りの全て(これは莫大なものとなる)を回収、【魂の器】を再び輪廻の輪に入れるという寸法です。

 ともかくも、場所を執務室に移してお茶でも差し上げて、ゆっくりと心を解きほぐしながら話を進めて参りましょう。


 執務室の応接スペースに彼を案内致しました。

 何故か、応接テーブルにスーパーのチラシが置いてありました。

 中央にデカデカと配置されているバナナの写真が印象的でした。

 ふと、Monkey never crampsサルは足がつらないと言ってバナナを好んで食べている男の顔が浮かびました。

 施設管理課に雑用扱いされている猿顔の男です。

 切れた電球の交換を依頼していたので、留守中にこちらを訪ねてきたのでしょうか。


 おっと、話が逸れました。

 ここからは、私のターンの始まりです。

 私の容姿と優雅なる仕草と甘い言葉で、どのような方でも篭絡してご覧にいれましょう。

 いざ、ミツヒレ・アケッティ劇場ミツヒレ・ワールドの開幕です!!


 ということで、山城氏には、転生を勧めるべくお話を致しました。

 その前提としての 【千界】と【界】の説明から入ります。

 生まれてからひとつの【界】で過ごし、他の【界】をひいては【千界】を知ることなく生涯を閉じる。

 そういった人も決して少なくありません。

 山城氏もそのうちの一人のようでした。

 彼にその出自を伺ったところ、チキュウというところのニホンというところだと聞きました。

 どうにも聞いたことがありませんね。

 現存する【界】は全て把握しているつもりですが、稀に隠れ里のような【界】が発見されたり、独自に【エネルギー】を蓄えて密かに【界】を作っているケースもあります。

 そのどちらかなのか、あるいはもっと別のものなのか、密かに端末を通じてAI3210ミツヒレに調査を命じました。


 その後、【魂の契約】すなわち精霊契約の話をして、いよいよ本題の『疑似精霊契約』に移ろうとした時です。

 山城氏が、テーブルに置いてあったチラシの上に止まった『蚊』を叩き潰しました。

 すると、何故かチラシが光を放ち、その後彼の身体も光りました。

 それは、私たちもよく知っている光、精霊契約の光でした。

 ただ、それが突然の事だったので思わず固まってしまっていると、彼が奇行(というおか私に対する嫌がらせでしょうか)に走りました。

「汚してしまって、申し訳ありません。」

 潰した蚊をチラシに擦り付けて、そのチラシを私に渡してきたのです。

「…大したものではないので、お気になさらず。」

 笑顔を崩さなかった私を褒めてください。

 そのチラシは丸めてゴミ箱へポイしました。

 投げたそれは、自分でも惚れ惚れするほど綺麗なアーチを描いて収まりました。


 「ところで、先程の発光の件ですが、すぐ調べますので、少々お待ちください。」

 恐らく精霊契約なのでしょうが、光の原因を詳しく調べねばなりません。

 端末を取り出しチェックすると、とんでもない情報が目に飛び込んできたのです。


 その情報とは、【まじかるの理(ことわり)】でした。

 まじかるとは魔法に関連する類の物であった記憶がありますが、注目すべきはその【理】にあります。

 精霊契約によって得られる能力、それには4段階あります。

 その中で最も強力且つ希少なものが【理】なのです。

 心が躍りました。

 何という幸運でしょうか!

 たまたま上司カーナが留守の間に起きたトラブルくまぁによって導かれたのが山城氏レアな存在です。

 そして、さらに偶然が重なっての精霊契約による【理】の取得です。

 やはり、私は持っている!

 こんな取り柄のなさそうな山城氏中年が特別な魂と言えるのでしょうか?

 これは、私の為にこういった状況が、お膳立てされたと解釈するのが至極妥当なのではないでしょうか。

 いえ、山城氏中年然り、【まじかるの理】然り、私の時代の幕開けを彩る捧げ物いけにえとしか考えられません!

 早速、山城氏いけにえに疑似精霊契約を勧める事に致しましょう。


「ああ、言い忘れていましたが、転生すると原則記憶はリセットされます。」

 山城氏いけにえが即拒否してきたので、思わず言ってしまいました。 

 ギリギリセーフ、【魂の器】から転生したら記憶リセットされますから。

 でも、疑似精霊契約とは全然関係ありません。

 然るべく転生処置をした後は、記憶を所持したまま現地に向かうことになるでしょう。

 交渉することしばし、もどかしいことに山城氏いけにえはなかなか契約に応じようと致しません。

 いかに疑似精霊契約が有用なのかを、身振り手振りを交えて、ミツヒレ・アケッティ劇場ミツヒレ・ワールドに引き込むべく画策します。

 にもかかわらず、山城氏いけにえは頑として首を縦に振ろうとはしません。

 おかしい、ミツヒレ・アケッティ劇場ミツヒレ・ワールドは、心象風景もうそうを現実に浸食させる、いわば固〇結界や領〇展開にも匹敵する能力の筈なのにです…。

 

 『ガチャリ』

 

 それは、時間切れの合図の音でした。

「おう、ミツヒレ帰ったぞー。」

 そんなサバサバした口調で入ってきたのは、上司カーナでした。

 私との年齢差はほぼ無いに等しいのに、職務上の階級は天と地ほどの差がある 『カーナ・ダオノフ』です。

 このままでは、山城氏いけにえの姿が見られてしまう。

 ああ、私の野望は風前の灯です。

 半ば無駄だと諦めながらも、衝立で上司カーナから隠すようにしましたが、あっさり覗き込まれてしまいました。


 その後は、上司カーナを含めての三者間での交渉となりました。

 途中、ペシペシと私の頭を叩く上司カーナをパワハラで訴えたく思います。

 でも、そんなことをしても、もみ消されるので耐えるしかないのです。

 今の地位以上の相当な権力を持っている、そういうことなのです。


 ああ、ズラがズレないかが心配の種です。

 以前一度だけ、ズラが落ちたことがありました。

 丁度アフタヌーンティーの時、お茶請けに金柑のはちみつ漬けを楽しんでいるところでした。

 「ブふぁっっ!! ミツヒレ、お前の頭この金柑みたいにツルツルだな。プククク…。わっはっはっはっ!!!」

 紅茶を吹かれた上、爆笑されたあの時の恨みは忘れません。


 オノレ…。

 私の唯一のコンプレックスを…!


 そして、3パーセント…。

 疑似精霊契約による管理者側の取得【エネルギー】の取り分です。

 あ・り・え・ま・せ・ん・っ・!

 本来なら、上司カーナに内緒(一応決済報告書に紛れさせてめくら判を押させる)のつもりでした。

 ですが、上司カーナはどこからか山城氏いえにえのことを嗅ぎ付けてきたようです。

 仕方ないので、【理】から得られる【エネルギー】功績という正当な評価で我慢せざるを得ないと考えていたところ、これです!

 相場は30パーセント、3パーセントでは功績など無いに等しい。

 むしろ、そんな低いマージンで契約したことを本部は責め立てるでしょう。

 そして、疑似精霊契約による魂的リスクと契約相手を管理する労力は誰が負担するのですか!?


 

 淡々と、山城氏疫病神と疑似精霊契約を結び、そして【界・トータス】に送り込みました。


 山城氏疫病神が去ったあと、上司カーナになぜ今回の件に気づいたのかを尋ねてみると、端末を示してきました。

 おそらく、私が確認できる情報はすべて筒抜けになっていたと考えて良いでしょう。

 おそらく、AI3210ミツヒレの動向も…、迂闊でした。

「だけどな、コイツどこの【界】の出自なんだ? 魂化してなかったからなのか、プロフィールとか全然分らなかったのが気になるな。お前、何か聞いてるか?」

「確か、チキュウとかニホンとか言っていた気がしますが…。」

「どこかで聞いたことがあるような、こちらのデータベースには…。」

 そのときピピっと音がしました。

 私の端末です。

 見ると、先程の山城氏疫病神との会話中AI3210ミツヒレに調査を命じていた結果が示されていました。

 上司カーナはそれを目敏く見つけました。

「これは!? いや、まさかありえん…。」

 端末を私から奪って一目見ると、上司カーナは言いました。

「まあ、疑似精霊契約はできたんだ。契約のパスがある以上動向はすぐわかる。マメに監視しとけよ。」

「はい、承知致しました。」

 私はそう言って頭を下げました。

 お陰で、恨みに歪んだ表情を見られずに済んだのは幸いでした。



―― ③へと続く ――

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