コンセントレーションVS

春雷

第1話

 高校入試の試験当日。昨日、緊張で一睡もできなかった。圧倒的な寝不足で、ふらふらだ。集中しなきゃいけないのに、どうしよう。

 頭がうまく回らない。

 チキショウ、こんなんじゃ、日頃の勉強の成果など、出せやしない。

 教室に入る。席に座る。視界はどこか歪んでいる。寝不足が圧倒的すぎるのだ。圧倒的な寝不足が圧倒的なのだ。あまりに圧倒的。圧倒的寝不足的圧倒。

 鐘が鳴る。試験が始まった。試験用紙が配られる。意識がもうろうとしている。文字が読み取れない。どうやら国語のテストみたいだ。舞姫がどうとかこうとか。

 舞姫の作者って、森・・・、森・・・、あああ! わからん!

 ゲホ、ゲホ。ああ、それしても、どうしてこんなに煙てえんだ? 誰かタバコ吸いながらテスト受けてる? ここ、高校だよ?

 ああ、集中できねえ。ああ、何でだ。あ、そうか。寝不足が圧倒的に圧倒的なそれだからか。ああ、もう、何にもわかんねえ。舞姫が森に行く話が何とかかんとか。とにかく煙がすごい。目が霞む。しぱしぱする。煙たい。喉が痛い。ああ!

 ついに幻聴が聞こえ出した。喋っているのは、俺? 視界は煙で満ちて、もはや何も見えない。



「僕はピノキオに森で出会った。

 ねえ、ピノキオ、あの特技やってよ。あの、どうにもひょうきんな特技をさ。え? わからない? とぼけるなよ。鼻を伸ばすやつだよ。え? おいおい、どうして耳を伸ばすのさ。僕が伸ばしてほしいのは、鼻だよ、鼻。え? おいおい、右のまぶたを伸ばすなよ。左まぶたも伸ばすな。右ひじ伸ばすな、左ひじ伸ばすな。膝も伸ばすな。おい、どこ伸ばしてんだ、興奮してんのか? 鼻の下伸ばすな! 鼻を伸ばせ! 何で伸ばしてくれねえんだよおお! 伸ばせよおおお! 鼻の下を伸ばすなああああ!」



 ああ、眠ってた。何の夢を見てた? ああ、頭が痛い。ゲホ、ゲホ。煙たい。何が何だかわからない。

 そうだ、思い出した。森鴎外だ。よかった。一問正解だ。

 いや待て、今、何分経った?

 ああ、窓の外ではカラスと宇宙人がじゃんけんしている。ずっとあいこが続いているみたいだ。ああ、また夢の中に落ちていく・・・。



「浦島は、いじめられている竜宮城を助けました。

 すると、竜宮城は亀に連れて行ってくれました。

 そこでは、私語厳禁の立食パーティー。七百人のYOSHIKIがドラムを叩いています。非常にうるさい。各々が違うリズムでドラムを叩いているので、耳の中でさまざまなリズムが混じり合い、ひたすらカオスです。ただ、どのYOSHIKIのドラムも透明でした。それだけは確かでした。

 浦島は私語厳禁なのに、ドラムうまいねえ、と言ってしまいました。客と七百人のYOSHIKIが一斉に浦島を見ました。そこで、人間排出装置が作動。浦島は亀から追い出されました。

 今でも浦島は、宇宙のどこかを彷徨っています。

 浦島は、二百九十五年間、宇宙を漂った後、考えるのをやめました」



 は! 寝てた。ゲホ、このままじゃまずい。一点しか取ってない。ゲホ、くそ、どうすりゃいい、ゲホ、ゲホ、ああ。



「2人のマダムが優雅に紅茶を飲んでいる。

 空は晴れ渡っていて、雲ひとつない。木々が風に揺れ、鳥たちが鳴いている。夏が終わり、涼しくなってきた。

 快適な昼下がりだ。

 マダムたちはコテージで、ケーキを食べながら、紅茶を飲み、雑談をしている。

 素晴らしい時間だ。

『ねえ、今、どこ行ってもメタバースの話題で持ちきりじゃない』とピンクの帽子のマダム。

『そうねえ』と真っ赤の帽子を被ったマダムが応える。

『そこでね、私、最近、紅茶にメタバースを溶かすようにしたのよ』

『へえ!』

『それでなんでしょうね、近頃寝付きがいいのよ』

『ああ、それなら』と赤い帽子のマダム。『私、最近、枕元にメタバースが立っているのよ』

『あら、怖いわねえ』

『夫がメタバース用の盛り塩を作ってくれてね。何とか難を逃れたわ』

『それで言えば、駅前でメタバース配ってたわよ』

『あら、ティッシュみたいに、メタバースを?』

『ええ。ハンバーグにも添えられてたし、墓前にもお供えしてあったし、かき氷の上にもかけられていたわ。口の中でメタバースがとろけるの』

『本当に何でもメタバースねえ』

『ルールはバスケに近いらしいわよ』

『へえ。すごいわねえ。今年の夏は、流しメタバースしようかしら』

『いいわねえ。私も、メタバースを庭に植えてみようかしら』

『ごんぎつねのラストシーンに出てたものねえ、メタバース』

『ああ・・・、メタバース、お前だったのか、ってシーンね。あれは泣けたわ。全メタバースが泣いたって、予告で言ってたわ』

『へえ・・・・』

『虎のメタを借るメタバース』

『四面メタ』

『メタもメメタもメタバースのうち』

 そこまで会話が進むと、二人は同時に紅茶を飲んだ。そして、思った。

 メタバースって、何だっけ。

 もはや二人とも、尋ねる機会を逸していた。

 空では、鳥が楽しそうに飛んでいた。雲がゆっくり流れている。心地の良い午後である」


 ゲホ、ゲホ、ああ、眠い。きつい。辛い。何が何だか・・・。


「荒廃したアンパンマン・ワールド・・・


 アンパンマン・バイキンマン間の争いは、やがて熾烈化し、核戦争へと発展した。カバオは和平を訴えたが、もはやその声は届かず、世界は荒廃を極めた。

 終戦から10年後、ひっそりとパン工場を再開したジャムのもとにかつての仲間が集まり始める。バタコ、チーズ、天丼まん・・・しかし、その中に、アンパンマンの姿はなかった。

 ジャムが住む村は貧しいながらも、発展を遂げていく。だが、その様を監視し続けていたカイザー・バイキンは、村に総攻撃をかけることを決定。徹底した管理社会を世界に築き上げることを謳い、ジャムをその最初の犠牲者にすることにしたのだ。見せしめである。

 襲いかかる悪の軍団。

 食パンもカレーもメロンパンナも、皆やられていく。ついに耐えきれずにバタコがバイキンに立ち向かう。当然手も足も出ない。負傷し動けないヒーローたちを横目に、カイザー・バイキンはバタコに手をかけようとする。

 その時である。

 一筋の閃光が空に走った。

 そう、アンパンマンである。アンパンマンがやって来たのだ。

 しかし、それを見ると、カイザー・バイキンはバタコを連れて、宇宙船・バイキン号へ逃げる。アンパンマンは、彼を追いかけて、宇宙船・バイキン号へ。立ち向かう幹部たちを倒し、やがてカイザー・バイキンの元へたどり着く。

 しかし、すでに満身創痍のアンパンマンは、カイザー・バイキンに顔を汚され、敗北する。そして宇宙船の外へ放り出されてしまう。

 ジャムはアンパンマンを介抱し、村に残った者を集め、僅かな材料から新しい顔を作ろうと試みる。しかし、材料が足りない。薪も足りない。工場も破壊されてしまった。

 そこへ成長したカバオが現れる。

 『いつまでも守られてばかりじゃいられないぜ』

 カバオは10年の間に人脈を広げていた。彼は、各地から材料を全部揃え、アンパンマンの元を作っていた。カバオは、アンパンマンの元とパンを焼く機械を、ジャムに手渡す。そして、ついに顔が完成した。ジャムは、チーズに顔を手渡す。もはや言葉すら不要。チーズは一目散に駆け出していく。あのヒーローの元へ。

 一方、カイザー・バイキンは故障した宇宙船をどうにか立て直すことに奮闘していた。アンパンマンが、宇宙船のあらゆるところを破壊していたのだ。

『くそ、くそ』

 そこへ、復活したアンパンマンが現れる。

『決着をつけようじゃないか、バイキン』

『け、負け犬が』カイザー・バイキンは唾を吐き捨てた。『10年前に何も守れなかったお前に、いったい何ができるって言うんだ』

『確かに10年前、俺は敗れた。しかし、10年前と今の俺は違う。世界を回ってみて気づいたんだ。俺は今まで、自分がみんなに力を与えていると思っていた。自分の顔を食べさせることで、みんなを勇気づけている、と。しかし、本当は違った。逆だったんだよ。俺はみんなから、愛と勇気をもらっていた。たくさんの友人から、たくさんのパワーを受け取っていたんだ』

 ばごおおん。宇宙船内の至る所で爆発が起こっている。

『もうすぐこの船は沈む。その前に、お前と決着をつける』

『アンパンマン、お前はいつだって、俺の邪魔をしてきた。最後の最後まで、邪魔くせえ野郎だ。いいだろう。決着をつけよう。殺してやるよ』

 ザッ。二人は構える。しばらく両者、様子を見ていたが、ついにアンパンマンが動いた。

 ババババ。激しく拳がぶつかり合う。そこからの攻防は、時間にして一分に満たなかったが、千を超える拳の遣り取りとなって、両者の間に無数の火花を生んだ。そして、その瞬間は訪れた。

 カイザー・バイキンの心臓が、アンパンチによって貫かれた。

 ぐばあ、と言って、カイザー・バイキンはくずおれた。

『くそ・・・。最後の最後には、やはりお前が勝つのか、アンパンマン・・・』

『孤独なお前では、俺には勝てない』

『俺とお前、いったい何が違ったんだろうな。何が俺に足りなかった? 俺はどうしてお前に負けた?』

『俺は、みんなに何かを与えたいと思った。お前は、みんなからすべてを奪おうと思った。その違いだけだ』

『そうか・・・』

 どおおん。宇宙船はいよいよ墜落しそうである。

『アンパンマン、お前は空が飛べる。ここからの脱出も容易だろう。だが、見ろ!』

 そう言って、カイザー・バイキンが取り出したのは、宇宙船の自爆ボタンである。

『お前!』

『これで道連れだ。地獄までともに行こうぜ。この世に、バイバイキン・・・』

 どがああああん!


 宇宙船が大爆発を起こすのを、カバオたちは見ていた。

『まさか・・・! アンパンマン、アンパンマァァン!』とカバオが叫ぶ。

『ああ、ああ!』とジャムも泣いている。『アンパンマンは、みんなを守ってくれたんだねえ』

『くそ! 俺が不甲斐ないばかりに!』

『自分を責めるな、天丼まん。君はよくやってくれたよ』

『ジャム・・・。そうは言ってもよ、こんなの、あんまりじゃねえか。アンパンマンはみんなのために戦ったのに、こんな・・・』

 みんながアンパンマンを思って泣いた。みんな、彼のことが大好きだったのだ。

 その時である。空に一筋の閃光。

『あ、あれ!』

『え!?』

『あ、アンパンマンだあ!』

 そう、アンパンマンである。彼は、みんながいる地点に降り立った。

『アンパンマン!』

『どうして? 爆発に巻き込まれたんじゃ』

『ああ』とアンパンマン。『確かに巻き込まれたはずなんだけど・・・』

 そこへ、ホラーマンが現れた。

『アンパンマン、あなたは私と同じなんですよ』

『え? ホラーマン、それはいったいどういう・・・』

『顔を汚されると著しく戦闘意欲が低下する、という点はあなた特有のものですが、それ以外は私と同じ種族の特徴を備えています』

『種族の特徴?』

『ええ、すなわち、再生能力です。あなたは爆発に巻き込まれたようですが、驚異的な再生能力により、復活したんですよ。以前、私がまだあなたたちの敵だった時、あなたを研究をして、我が種族特有の血液が流れていることが、わかりましたんでね』

『そ、そうだったのか・・・』

『まあ、よくわからんが』とジャム。『何はともあれ、平和は保たれたんだ。アンパンマン、ありがとう』

 ありがとう、ありがとう、とアンパンマンを囲んで、みんな口を揃えて、彼に感謝を伝えた。

 アンパンマンにありがとう、バイキンマンにさようなら。

 そして、すべてのアンパンマンワールドの住人に、ありがとう。


 しかし、悪の根はたえていなかった・・・。

『バイキンマン、仇は取ってあげるからね。そして、私を振った食パンにも・・・』

 新皇帝ドキンは、ニヒルに笑った・・・。


 ちなみに、確かな筋からの情報によると、天丼まんのどんぶりの中には、エビ天が二尾、入っているらしい・・・。

 そして、誰にも気づかれず、バタコは宇宙船とともに塵となった・・・。」

 


 完全に意識を失った俺は、病院に運ばれたようだ。ベッドの上で目を覚ました。

 知らない天井。

 両親が俺を見て、安堵の表情を浮かべている。医者がやって来て、事情を説明してくれた。

 高校入試の最中に、火事が起こったらしい。

 当然、入試は延期。みんなが避難する中、俺だけが逃げずに試験に立ち向かっていたということだ。突入したレスキュー隊が、俺を助けてくれたらしい。

 なるほど、どうりで煙たかったわけだ。教室にヘビースモーカーがいるものだとばかり、思っていた。ああ、そうだよな。そんなわけないもんな。

 試験中、さまざまな雑念が邪魔して来たが、あれもこれも、圧倒的な寝不足と、これまた圧倒的な火災のせいだったのか。

 そうか。

 よし。

 俺は決意した。

 試験前はぐっすり眠ろう。


 

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コンセントレーションVS 春雷 @syunrai3333

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