『ランランラン・エスケープ』5

 スキメ様に造ってもらった人形の身体は、快適そのものだった。

 見た目こそ人形だが、どういう造りになっているのか、人間と遜色ない機能を有している。

 歩けば疲れるし、お腹も空く。

 お腹いっぱいに食べたら眠くなるし、寝不足だとあらゆるパフォーマンスが落ちる。

 そんな調子だからか、最初こそぎょっとされた人形の私も、あっという間に透目町の一員として馴染むことができた。

 木透きすきめぐる

 それが、この町で生きる為に決めた、私の新しい名前だ。

 町の外に出られないことは、最初からわかってはいたが、不便が多かった。インターネットによる恩恵を受けていても、物理的に不可能な場面というものは存外たくさんあって、最近では町の便利屋さんにあれこれ依頼したりもしている。

 複雑で、煩雑で。

 けれど昔のように、それが鬱陶しいとは思わない。

 それが唯一の救いだった。

 しかし、不意に不安に苛まれる日もある。

 たとえば、私がこの先、今の人生に嫌気が差してしまったとき。

 私はこれまで、その人生から逃げることでことなきを得てきた。だが、今はもう逃げることはできない。

 スキメ様が言っていたのだ――御主の心は人形に固定したから、もう逃げられないぞ。頑張れ――と。

 その頑張りかたを、私はこれまでの人生で学んでいない。

 知らないことをやれと言われて、果たして実行できるのかどうか。いや、普通の人は否が応でも対応してきているのだ。

 私だけが、都合良く逃げていられただけ。

 もう逃げられない。

 それは私の心を安堵させると同時に、一生消えない不安も植えつけたのだ。

 逃げられない。

 それが普通。

 一般的。

 それをくっきりと理解できない私は、生きるって難しいなあ、なんて脳天気な感想を抱きながら、空を仰いだ。




 終

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