『はんぶんこの二乗と抱擁』(友達(猫)を殺した犯人を捕まえる為に友達(人間)と協力して張り込みをする「私」の話)
『はんぶんこの二乗と抱擁』1
友達が二人、公園で殺された。
いや、この表現は些か正確性に欠くか。事実に即して著すのであれば、「友達の地域猫が二匹、公園で殺された」である。
私は子どもの頃から、猫と仲が良かった。
それは一般的に動物に好かれている状態というものではなく、本当の本当に、猫に特化していると言って良い。母さんが言うには、赤ちゃんの頃に公園デビューしたその日に、それはもうすごい数の地域猫が寄ってきたそうだ。
さらに、私には猫の話す言葉がわかるということもあり、猫たちとは加速度的に仲良くなっていった。小学校に上がるまでは、姉さんの次によく遊んでいたのは地域猫の一匹であるしろさんだったし、小学生以降、登下校のときには常に数多の地域猫による見送りと出迎えがあった。無論、それは高校生になった今でも継続中である。
ただし、地域猫の中でも一番仲の良かったしろさんは、もう居ない。私が高校受験を控えた中学三年生の冬に、老衰で亡くなってしまったのだ。野良猫でありながら十六年も生きたのだ、大往生だろう。
私の前世は恐らく猫で、しろさんと兄弟だったのだと思う。思い起こせば、しろさんは最初期、私のことをよく「兄さん」と呼んでいた。今生の私は、その名残で猫の言葉がわかるのだろうし、だからこそしろさんは、常に私のことを気にかけてくれたのだと思う。根拠なんてなにもないけれど、なんだろう、魂が理解している、という表現が一番近いのかもしれない。
しろさんが前世の猫である私について話すことは、ほとんどなかった。ただ、子猫の頃に二匹で協力して生き抜いていた最中に私が死に。その翌年、人間の家で新たな生を受けて戻ってきた気配を察知して、それはもう喜んだと言っていた。
私がこうして猫から人間に生まれ変わったのであれば、しろさんだって可能性はある。しろさんにだってわかったのだ、私だって、しろさんの生まれ変わった姿に気づけるはずである。そう思っていたのだが、あれから二年が経った今もまだ、巡り会えてはいない。人間に生まれ変わっているのだとしたら、生活圏が異なっているのだろうか。或いは、しろさんのことだから、また猫に転生しているのかもしれない。そう思って、高校生になってから始めた動物の保護施設でのボランティアでも、それとなく犬や猫と接する際に気にかけてはいるのだが、状況は変わらずである。
話が逸れてしまった。
友達が殺されてしまった話をしていたはずだ。
一人目の殺害現場は、私もよく猫集会で利用する、そこそこの大きさの公園。
死因は、失血死。
実際にこの目で見たわけではないが、目撃者(猫)によれば、遺体は何者かに噛み千切られていたらしい。犯行時刻は恐らく夜で、犯行現場を目撃した子はおらず、朝になって餌を探しに出てみたところで、血溜まりに横たわる仲間の死体を見つけた、とのことだった。
話を聞いた当初、犯人は凶暴な野生動物かと思ったのだが。猫たちの証言によれば、噛み傷は犬や猫のものではないらしい。それなら猪か熊なんじゃないか、とも考えたが、しかし、町役場からそういった情報は出されていない。
であれば、犯人は人間なのだろう。
ニュースで時折耳にする、野良猫を虐待したり毒殺したりする異常者が、この町にも現れたのかもしれない。
勿論、大人たちも動いている。公園には、見回りの大人が頻繁に来るようになったし、私も猫集会に顔を出しては、猫たちに注意喚起を行っていた。
けれど。
その努力も虚しく、二人目の犠牲者が出てしまった。
犯行場所も犯行時間も、それから死因も、一人目と同じ。
夜のうちに公園で噛みつかれ、そのまま失血死。
「――というわけで、
日曜日の昼下がり。
件の公園の奥にある広場で、私と同様に猫集会に参加を許可されている人間――
雅貴くんには、公園に居る間だけ時間の流れを遅くするという能力がある。しろさんが、それなら天気の良い日の昼下がり、公園に来て貰えれば昼寝の時間が伸びるのでは、という天才的な発想により、三年ほど前から猫集会に呼ばれるようになった人間だ。とはいえ、雅貴くんは社会人で、平日の昼間は会社で仕事をしている。だからといって猫からのお願いを無下にすることなく、休日の昼間に時間を作っては集会に顔を出してくれているという、優しい大人のひとだ。
「いやいや、どうして僕に頼むんだよ。そういうのは
右手をぱたぱたと横に振り、優しい大人であるところの雅貴くんは、やんわり拒否の姿勢を取った。
雅貴くんの言う『志塚』とは、彼の同級生であり、現在はこの町で便利屋に勤める友人である。雅貴くん経由で話したこともあるし、ボランティアの散歩中に何度か仕事中の彼を見かけたこともある。友達の友達という距離感は難しいところがあるのだが、問題はそこではない。
「バイトもしてない高校生が、便利屋さんに依頼できるほどのお金を持ってるわけないじゃないですか」
「お小遣いとかお年玉とか、貯めてないの?」
「俺、そういうのは本とゲーム代に溶かしちゃう派なんですよね。あ、そういえば雅貴くん、この間言ってた作家の新刊、もう読んだ? 俺さ、主人公の宿命ってやつが――」
「こらこら、話が逸れてるぞ」
「おっと」
「あと、僕はまだその新刊は読めてないから、ネタバレしないで欲しい」
「えー、あれ発売されたの、先々週だよ? 遅くないですか?」
「社会人は読書の時間も確保しにくい、哀しい生き物なんだよ……」
なにやら社会人の闇が垣間見えてきてしまったので、話を戻そう。
「ともかく、予算の都合上、便利屋さんへの依頼はできないかな。それとも、雅貴くんが代わりに払ってくれるんですか? 犯人確保するまでの張り込みとかを考えると、拘束時間が長くなるから、結構な料金になると思いますよ」
「……。よぉし
「わーい、やったあ!」
というわけで、人員一名確保である。
流石に、未成年が一人で夜の公園に居るという状態が危険ということはわかっていた。だから、万が一のときに外部へ連絡し、助けてくれる人間が居るというだけでも、安心感はかなり増す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます