『ゴースト・バイアス・エクソシスム』(投稿動画に幽霊が映っていたのでお祓いしてもらいに来た「私」の話)
『ゴースト・バイアス・エクソシスム』1
私の趣味は、動画投稿である。
誰も行かないような山や海へ遠出する様子を動画に収め、素人なりに編集をして動画投稿サイトへ投稿する。閲覧数は多くない。三桁台ほども再生されれば小躍りしたいくらいだ。所謂、底辺動画投稿者である。
そんな私の投稿動画が、ある日突然、急激に再生数を伸ばし始めた。同時に、動画へのコメントも次々に書き込まれていく。なにがなんだかわからないなりに、どこかの誰かによって動画が紹介されてバズったのだろうか、なんて呑気に考えながら該当の動画を確認すると、予想だにしないコメントで溢れかえっていた。
『マジの幽霊じゃん』
『待ってめっちゃこっち見てる怖い』
『これ動画だよね? 編集してて気づかなかったのかな?』
『この人の他の動画も観てみ? これほどじゃないけど、絶対どこかしらに幽霊いる』
私はしばらくの間絶句し、指のひとつさえ動かせなかった。
頭の中がぐるぐるする。幽霊? 編集している間、そんなものが映り込んでいただなんて、全く気がつかなかった。だけど視聴者は一様に同じタイムスタンプを指し、ここに幽霊が映っているとコメントしている。人間は、点がみっつある箇所を発見すると人の顔に見えるという現象――シミュラクラ現象っていうんだっけ、それともパレイドリア現象っていうんだっけ――かもしれない。
思考を巡らせているうち、徐々に落ち着きを取り戻した私は、意を決して、件の動画を確認することにした。自分の動画を再生するだけなのに、いやに手が震える。
果たして、そこには間違いなく幽霊が映り込んでいた。
撮影にはスマホを使っており、歩いていることもあって手ブレが酷い。それでも、見間違いようがなかった。これは人だ。人のかたちをした黒いなにかが、山を登り始めから最後まで、ちらちらと映り込んでいた。
動画中の私が、達成感に満ち足りた声音で、
『まもなく山頂でーす。いやあ、今回の道のりは思いの外険しかったですねー』
なんて言いながら、カメラを背後に回す。単に歩いてきた道を映したかったのだ。
一瞬。
ほんの一瞬だが、人のかたちをしたなにかの顔面で、画面がいっぱいになる。
真っ暗だけれど、それでも、わかる。
ぎょろりと血走った目が、間違いなくこちらを見ていた。
スマホのレンズを。そして、その先に居る私を。
六月も後半に差し掛かり蒸し暑くなってきた頃だというのに、全身が否応なしにぞくりと震えて、思わず振り返った。背後には誰も居ない。当たり前だ、私は一人暮らしをしているのだから、この部屋に私以外の人間が居るはずがない。
『山頂に到着しましたー。良い景色ですねー。あ、あそこ、この村の元村長のお屋敷だそうです。なんでもこの元村長さん、村の発展にとてもご尽力されたそうで――』
再生されたままの動画では、私がこのとき訪れた村の歴史をつらつらと紹介していた。画面の映像は、なにごともなかったかのように、山頂からの景色を映している。せっかく行くのだから下調べをして、その土地の歴史や特産物を紹介するのが恒例となっているのだ――って、今はそうじゃなくて。
この幽霊について、考えなくてはいけない。
事前調査では、この山で行方不明者や死人が出たなんて記事は見かけなかったはずだ。けれど、災害や遭難の類ではなく、なにかの事件に巻き込まれた人の霊である可能性は捨てきれない。例えば、殺されてこの山に死体を遺棄された、とか。しかし、この考察はあまりぴんとこない。なにせ、コメントでも指摘されている通り、他の動画にも似たような霊は映り込んでいたのだ。その土地の幽霊が、そんなに都合良く映るものだろうか。私は別段、霊媒体質でもなんでもない。どこにでもいる女子大生だ。
だが、如何せん私の向かう場所はいつも人気のない場所だ。そういうコンセプトなのだから当然の話ではあるのだけれど、だからこそ、幽霊たちは珍しくやって来た人間に、なにかを伝えようとしているのかもしれない。そうだとしても、この動画以外の幽霊は、遠くのほうに立ち尽くしているだけで、主張が弱過ぎるような気もするけれど……いや、もしかしたら、そこに死体が埋まっているのかもしれない。だけど、それが真実であったとして、心霊映像を根拠に通報するわけにもいかない。
どうしようか、と私は考える。
仮に、幽霊たちが私の撮影に映り込んでまでして、なにかしらの無念を訴えようとしているのであれば。この動画が拡散され、たくさんの人に視聴されれば、然るべき機関が動くかもしれない。私の動画は、今、影響力を持ち始めたのかもしれない。『かもしれない』ばかりの仮定ばかりで確証なんてひとつもない推測のはずなのに、何故だか妙に現実味をもっているような気がしてくる。そうなれば良いと思う下心が、それを助長させているのだろうか。
一人脳内会議の末、私はひとつの結論に至った。
ずばり、もう一度どこかへ撮影に行き、それにも幽霊が映るようなら、先の仮説を前提とした動画作りに移行するのだ。
そうと決まれば、早速行動を開始した。
いつもは無作為に地図を開いて、目に止まった地名を軸にして行き先を決めている。だけど、今回は確証が欲しい。だから、向かう先は心霊スポット一択だ。有名どころではなく、大昔に話題に上がったけれど特段盛り上がらなかった、そんな心霊スポットはないだろうか。
「……やめよう」
インターネットの海を泳ぎ始めて一時間が経過した頃。
私は誰に言うまでもなく、そう呟いた。
私のチャンネルは、心霊系ではない。私が作りたい動画とは、なんの起伏もない散策動画なのだ。心霊スポットの情報をどれだけ掻き集めようと、動画の構想がひとつも湧かなかったのが、その証左である。それに、この手のものは遅かれ早かれ、ヤラセと一蹴されて終わるだろう。私の動画に映っているものは恐らく本物だろうけれど、他人からすればそんなものはどうだって良いだろうし。なにより、その路線に舵を切ったところで、人気は一時だけのものでしかない。それに身を委ねて破滅した人間なんて、それこそインターネット上でだけでも大勢居る。
だから今、私がすべきは心霊スポット探しではなく。
お祓いができる神社である。
冷静に考えてみれば至極当然のことで。これまで投稿した動画全てに幽霊が映っているなんて、ただごとではない。
近所にある神社はいつも無人だから、お祓いは頼めそうにない。ここからそう遠くなく、且つお祓いの実績がある神社。検索の末、その条件に合致した神社は一件のみだった。
ここから片道二時間ちょっとのところにある田舎町で、町名の読みかたは「すきめちょう」。神社のほうは情報がほとんどなく、「らん」なのか「あららぎ」なのか「ふじばかま」なのかは、わからず仕舞いだった。ただ、ネット上の神社へのレビューは総じて高評価で、つまるところ、それが決め手となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます