オンブルスペースコロニー−12

 俺たちはファビアン整形医術店を出る。

 ビルを見ると凄まじい見た目だった。タコとイカがビルの表面を動き回っており、店名がネオンのように輝いている。

 唖然として、口を開けてビルを見つめてしまう。


「……ラウラ、よく入ろうと思ったね?」

「腕は良いのだぞ。腕は」


 確かに腕は良さそうだった。

 リシューが何も言わないので確認すると、口を開けて驚いている。このビルは妖精でも驚く見た目なのか。いや、日本の広告で慣れている俺以上に驚くのは当たり前か。

 三人でファヴィアン整形医術店と書かれた派手なビルを見上げる。

 腕が良いのに空いている理由を察する。


「カイ、リシュー行こうか」

「はい」

「うん」


 いつまでも眺めていても仕方がない。

 ラウラの言う通りに移動することにする。

 このままミミ・ブランに帰っても良いのだが、せっかくなので観光しようと歩くことになった。

 周囲を見ながら歩くと、今まで見てきたコロニーとは別物だと理解する。ARで様々な場所に表示がされている。ビルも単色ではなく、店の名前や宣伝が見えるようになった。

 しかし、ファヴィアン整形医術店ほど派手な店はなく、あの店が独特なのだと改めて思い知らされる。

 ラウラ、本当によく入ろうと思ったな……。


 ARの広告を見ていると、日本では見ないような格好をしたモデルが表示されていたり、電子パーツであろう商品やオートマタなど様々な宣伝が表示されている。この地区が電気街と繁華街が合わさったような場所なのだと想像できた。

 売っている物は当然見たことないものばかりだが、街の雰囲気としては日本とそう違わない。繁華街としての違いがあるとすれば、飲食店がないことだろうか。


「さっきまでとは別の場所にいるような気分だよ」

「デバイスがないと不便だろうと思って、コロニーに来たらすぐ購入するつもりだったんだ。しかし、昨日は解放されたのが遅かったので、今日になってしまった」


 ラウラが「あんなに時間がかかるとは思わなかった」と言いながら苦笑している。

 確かに昨日は軍で取り調べを受けていた、コロニーの中に入った時には天井が赤かったので夕方だったのだろう。店を回るには遅い時間だったのだろうと予想できる。

 内蔵型のデバイスなら買ってすぐ取り付けられたようだが、リシューの体が小さいこと、俺の体がボロボロなことで医術店での取り付けになったのだろう。ラウラの配慮はありがたいし理解できる。


「デバイスなしで生活する人は珍しいからな。分かりにくかっただろ?」

「分かりにくいことはなかったけど、無駄を省いたシンプルな構造なのかと思ってた」

「むしろ逆だな、コロニーは標識や広告が多いぞ。公共の標識は消せないが、広告はフィルタリングできるので邪魔なものは排除すると良い」


 公共の表示までARなのか。

 初回のデバイスを取り付ける場合は補助金が出るわけだ。コロニーはデバイスなしで生きることを想定していないのだろう。

 ラウラから広告のフィルタリングの方法を教わりながら街を歩いていく。

 ラウラが買い物がしたいと店に入る。


「悪いな服まで買ってもらって」


 店でラウラから服をプレゼントされた。軍の施設で殺菌処理された服を着ていたのだが、リシューの服を買うついでに俺の分まで買ってくれた。

 今まで若干浮いたファッションだったが、人混みに紛れても違和感がないくらいになった気がする。


「買い物に付き合わせてしまったからな」

「二人ともよく似合っているよ」

「ありがとう」


 リシューもラウラに続いて「ありがとう!」と言ってきた。

 ラウラが選んだ服屋はオーダーメイドで、服の形状を選んだら大きさや形を変更できる店だった。リシューの体は十五センチほどなので、作れるのかと思ったが問題なく服は出来上がっている。

 ラウラとリシューは同じ服を買って、そのまま店で着替えた。

 二人は葉や花をイメージしたかのような緑色のドレスに身を包んでいる。白金のような髪に、緑色の目をした二人に服がとても似合う。

 まさに妖精。

 いや、リシューは本物の妖精なのだが。


「一着持っておくと便利だ。ある程度の気温はコントロールして快適な温度にしてくれる」

「生地が薄いのに凄いな」


 服は薄いだけではなく着心地も良い。

 店で服ができる工程も見れたのだが、糸から立体的に作り出されていた。3Dプリンターで造形物ができるかの如く、服が出来上がっていくのは見ていて不思議な気分だった。

 糸から作られたこともあって、出来上がった服には縫い目がない。それが着心地に関係しているのかもしれない。


 着替えた俺たちは再び繁華街を散策する。

 首を左右に振ってなんの店か確認する行為がとても楽しい。服屋のように日本で見られるものもあるが、コロニーにしかないような店もかなりある。サイボーグ用の部品を扱っているのだと広告でわかる店や、パワードスーツなどを売っている武器屋らしきものまで見かける。


 本当に見ているだけでも面白い。

 初めての体験は面白いが、こんなに面白いと思ったのはいつぶりだろうか。ソルセルリー王国で魔法を初めて見た時は感動したが、すぐに魔法を覚えないと帰れないという必死さに変わった。

 今考えると魔法を純粋に楽しめたのは一瞬だったのかもしれない。

 そう考えると今は純粋にコロニーを楽しめている。


「楽しいな」

「楽しい!」


 リシューも俺と同様に楽しんでいたようだ。


「故郷を気に入ってくれて良かった」


 繁華街の散策を終えると、モービルに乗ってミミ・ブランまで戻る。

 モービルの呼び方や行き先の設定を教わった後、外を見られるようにする。今まで見てきた風景との違いに何度目かの驚きを覚える。

 ビルが整然と並んでいると思っていた風景が変わり、ビルに大量の広告が貼られている。なんと支柱の中まで広告が貼り付けられており、道を塞ぐかのような広告まである。

 一枚目の広告はぶつかると思って慌てたが、ARなので物理的な衝撃は一切ない。一切ないが、ラウラが邪魔な広告は消せると言った意味がわかった。

 これは流石に邪魔だ。


「広告すごいな」

「だろ?」

「フィルタリングしよう」


 流石にどうかと思う広告を消していく。

 リシューもラウラに聞きながらフィルタリングしている。俺同様に迫り来る広告に驚いたのだろう。

 うん、迫り来る広告は驚くよな……。


 ミミ・ブランが駐機している地区まで来ると、他に駐機している宇宙船の見た目が違うことに気づいた。顔のようなものが書き込まれているのはまだ普通な方で、広告であろう動画が流れているものまである。

 普通はARで見た目を変えるようだ。そうなると実際に塗装されているミミ・ブランは相当拘っているのだな。

 やはりラウラのこだわりなんだろな。


 モービルが到着すると、ミミ・ブランに塗装とは別にARで何か表示しているのに気づく。塗装だけではなくARでも表示させているのか。

 よく見ると妖精が塗装された花の間を飛び回るような表現をしている。

 何となく予想ができていたが、ラウラは随分と可愛いものが好きなようだ。

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