銀河間移転魔法 〜地球に一度帰還した移転者は、魔法を使い宇宙をめぐる〜
Ruqu Shimosaka
惑星シャムル−1
俺はお気に入りのソファーに勢いよく座り、そのまま横になる。
目に入った眩しい光の先を見ると、石の壁に取り付けられた窓からの光だった。日本に比べれば柔らかい夏の太陽だが、目に入ると流石に眩しい。
春はこちらの方向に寝転がっても問題がなかったのに……。ため息をつきながら寝る方向を逆向きに変える。
「どーすっかな」
夏か。
そろそろ日本から異世界シャムルに偶発的な移転で転移して十年がたつ。超難易度の銀河間移転魔法を八年かけて覚え、二年前に日本には帰れた。帰った直後はすごく嬉しかったのを覚えている。
嬉しかったのは一瞬で、帰ってからも大変だった……。
俺が覚えた銀河間移転魔法は時間を戻すことはできない。二十五歳で移転して八年もたてば会社を当然クビになっている。そんなことよりも警察に出された捜索依頼を取り下げる方が大変だった。
それでも親に会えて、日本に帰ってきたのだと嬉しさを噛み締めた。各種手続きを終え、一息ついたところで気がついた。
俺の経歴は怪しすぎる。
再就職するのもかなり難しいだろう。これからどうやって生きていこうと頭を抱えていると、日本でも魔法を使えるのではないかと思いついた。
「やはり生活の基盤をこっちに移して、日本で生活するの諦めるべきか」
俺が覚えた銀河間移転魔法は日本でも使えた。俺はせっかく日本に帰ったのに、再び惑星シャムルへと戻ってきたのだ。銀河間移転魔法を使えるほどの魔法使いは、惑星シャムルでなら生きていくのに困らない。
考えの浅い俺は惑星シャムルで稼いだ金で貴金属を買って、日本で売れば楽に暮らせると思った。
日本の法律と俺の怪しい経歴が、俺の計画を早々に破綻させてしまったが。それでも二年間何とか生活の基盤を日本にしようと試行錯誤したが、どう頑張っても惑星シャムルの方が日本より居心地が良かった。
今も惑星シャムルのソルセルリー王国という国で、知り合いが倉庫にしている元店舗でのんびり横になっている。灼熱の日本で冷房をつけるくらいなら、ソルセルリー王国で休んでいた方が電気代もかからず涼しいのだ。
「カイ! 居るか!」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺の名前は
「いるぞ!」
俺はソファーから起き上がる。するとトントントンと軽い足音が近づいてきて、部屋の扉が開けられた。部屋に入ってきたのは猫人のマルセルで、俺が休んでいる倉庫の持ち主だ。
マルセルは黒猫を大きくして二足歩行させたような見た目で、身長は百二十センチほどだ。種族的にそこまで大きくならないと以前に聞いた。
マルセルは俺と同い年のおっさんなのだが、おしゃれな服装だからか大きい猫の人形にも見え可愛らしい。おっさんなのに……。
「カイに客だ」
「俺に?」
「ああ。私は忙しいので事情は本人に聞いて欲しいにゃ」
本当に忙しいのだろう。マルセルは普段言わないようにしている『にゃ』と語尾につけてしまっている。
俺が移転した時はマルセルの店は小さな香辛料を扱う店だったが、今は大通りに面した場所に大きな店を構えている。俺が地球に帰れたのはマルセルの機転があったからで、恩返しに香辛料を仕入れていたら店が随分と大きくなってしまった。
流石にやりすぎたと謝ったが、マルセルは「うれしい悲鳴いにゃ」と言っていたが申し訳なかった。
「話が終わったら店に顔を出して欲しいにゃ」
何故店に? そう思ったが、返事をする前にマルセルは去っていった。
開けられた扉を見ながら、今更ながらにマルセルと挨拶をしないで終わったことに気づく。
「魔法使い殿。話を聞いてもらえるだろうか?」
マルセルと入れ違いに入ってきたのは、俺が今まで見たことがないほど美しい女性だ。白金のように輝くような長い髪を持ち、瞳の色は薄い緑色。顔のバランスが良いからか凛々しく見える。
背中には妖精のような羽を持っているが、妖精の羽にしては人工物ぽさが見える。
……妖精でないとしたら人間!?
ソルセルリー王国というより、惑星シャムルには地球でいう人の姿をした人類が居ない。正確には居るらしいのだが、少数すぎてどこに住んでいるかも分からないと以前に教わった。
オタクの俺が日本に帰ろうと思った理由は、獣人が恋愛の範囲内ではなかったからだ。獣人を愛せるのであれば、漫画やアニメを諦め日本に帰ろうとは思わなかっただろう。
「魔法使い殿?」
再び呼ばれて気づく。女性は奇麗な顔を曇らせている。
俺は考え込んだ上に、無遠慮に見続けてしまったようだ。
「申し訳ない。ソルセルリーで人間に初めて会ったので驚いてしまった」
「ああ。そう言われればそうだな。魔法使い殿の出身をお聞きしても?」
「日本という場所だ。惑星は地球」
「地球? 聞いたことがないな。銀河は何処です?」
「天の川銀河です」
「私はアンドロメダ銀河出身だ」
惑星シャムルがあるのは、さんかく座銀河だ。アンドロメダ銀河出身ということは、俺と同じように偶発的な銀河間移転に巻き込まれてしまったのだろう。つまり俺を探しにきたのは、銀河間移転魔法を当てにしにきたということだ。
「銀河間移転魔法が必要ということですか?」
「その通りです。魔法使い殿」
魔法使い殿と呼ばれて、俺は名乗っていないことに気がついた。
「失礼、名乗っていませんでした。水無瀬 甲斐と申します。水無瀬は呼びにくいようで、皆にはカイと呼ばれています」
「私のほうこそ名乗り遅れて申し訳ない。ラウラ・シャーミと言う。呼びやすいように呼んでくれて構わない」
「ではラウラと。よろしくラウラ」
「よろしくお願いします、カイ」
ラウラが立ったままだったので、対面のソファーを勧める。俺のお気に入りのソファーがある部屋はもともと客間で、対のソファーが設置されている。
ラウラが部屋の中を歩いて俺の正面のソファーに来た。背筋の伸びた美しい動作だが、何処となく固さがあり軍人ぽさがある。
ラウラがソファーに座ると、何かがラウラの服から飛び出してきた。
「ンー!」
「妖精?」
ラウラは妖精に似ているが、妖精ではなかった。しかし飛び出してきたのは本当の妖精に見える。十センチほどの大きさで、小さいが見た目はラウラにそっくりだ。
「連れのリシューだ。旅の途中で出会ったんだが、何故か気に入られてな」
「なるほど。リシューよろしく」
「ンー!」
リシューは喋れるほどには成長していないようだ。喋れないと言うことは、ラウラによってリシューと名前をつけられたのだろう。ラウラの見た目で妖精の仲間だと間違えたのかもしれない。リシューはラウラの肩に乗っており随分と仲が良さそうに見える。
妖精は惑星フェルに住んでおり、ソルセルリー王国のある惑星シャムルとは別の惑星の住人だ。俺の銀河間移転魔法の元になった星間移転魔法は、妖精が使う魔法だったらしい。
リシューも惑星フェルから星間移転魔法を使って、惑星シャムルへと遊びにきているのだろう。
「カイ。ところで私は帰れるのだろうか? 天の川銀河とアンドロメダ銀河では銀河が違う」
「絶対に帰れるとは言えませんが、銀河間移転魔法は天の川銀河を指定している魔法ではありません。惑星シャムルへ転移直後の座標値があれば帰れる可能性は高くなります」
「移転直後の座標値は私の中に保存されている」
「でしたら帰れる可能性は高いですよ」
断ることになるのは心苦しかったので、座標値があるのは嬉しい情報だ。
座標値は二つの地点を結ぶ天然のワームホールだ。
銀河間移転魔法は空間に穴を開けて移動するのだが、一度開いた穴は目には見えない痕跡が残る。俺は痕跡をたどって銀河間移転魔法を使用している。逆に座標値がなく痕跡を見つけられないと、銀河間移転魔法を使うのは不可能に近くなる。
銀河間移転魔法は難易度が高い魔法なので、正攻法で魔法を発動させようと思ったら数百年単位の時間がかかってしまうのだ。早く帰りたいのなら、座標値は絶対に必要になる。
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