5-6:最後の仕上げ

 千晶の行き先は考えるまでもなかった。


 彼が『最後の仕上げ』をするのだとしたら、町のどこになるか。もし、自分が同じ立場ならどこを選びたいか。そんなのはもう、迷う余地もない。


 警察署を出てすぐに、直斗は近くの車を『ヒッチハイク』した。緑のカードをかざすと、会社員風の運転手はあっさりとドアを開けてくれる。車の後部座席に乗り込んで、直斗は行き先を即座に告げた。


 遠くに建物が見えた段階で、自分の確信は正しかったと理解できた。


 千晶の実家である総合病院。その屋上の柵の辺りに、無数の鳥たちが集まっているのが目に入った。


 間に合ってくれ、と心の中で念じた。


 今は間違いなく、町の動物の大半が千晶の姿を見に来ている。

 そして彼らの前で『あること』をし、千晶は答えの正しさを証明しようとしている。


 入口の前で車を降り、直斗は素早く玄関に駆けこむ。いざという時のため、水色のカードも取り出しておいた。不審に思われるのを覚悟の上で、ロビーを走って突っ切っていく。何人かが驚いた風に振り向いたが、気にしている余裕はなかった。


 駆け足で階段を上り、屋上を目指す。息が切れるのも構わずに、一段飛ばしでどんどん白い階段を踏み進んで行った。


「止めなくちゃ」と声を発する。

 必死に歯を食いしばり、上だけを目指した。


 動物たちを納得させるには、どうしたらいいか。

 ボッティチェリたちは判断に迷っていた。これで全てを終わりにしていいのかと。このまま使命を終わりにし、人間の管理を終わりにしてもいいのかと。

 そして、千晶もそんな彼らの疑念に気づいている。


 彼らが納得するためには、あと一つ『仕上げ』の作業が必要になる。それを目の前で提示されれば、動物たちもきっと事実を受け入れるしかなくなる。


「そんなの」と直斗は切れ切れの息の中で呟く。階段を駆け上りながら、体の奥がじりじりと焼けるのを感じていた。


(でもまあきっと、誰かが背負わないといけないんだろうな)

 かつて、この病院の屋上で千晶は言っていた。動物たちを納得させるには、誰かが全てを背負い、人々を救わねばならないのだと。


 あの時、千晶は『ある宗教』の逸話を語ってきた。

 全ての人間が地獄に落ちねばならない状況があり、そこで一人の人物が現れた。全ての人間の罪を背負い、自分が犠牲になることで天国への道を示したのだと。


 その話を聞いた段階で、自分は気づくべきだったのだ。

 動物たちを最終的に納得させるには何が必要か。


 動物たちは、『命を保つこと』を何より尊いことだと考えている。そして、人が死後に無に還るのなら、それは絶対に改善せねばならない問題だと考えている。


 そんな中で、千晶が『ある行動』を取ったら、どう思うだろうか。


「ダメだ」と直斗は吐き捨てる。そんなやり方は受け入れられない。


 ようやく階段が終わりになる。屋上へ通じる扉を押し開け、直斗は肩を上下させる。

 柵という柵の上には、無数の鳥たちがひしめいていた。


 彼らの目線の先に、一つ佇む姿があった。


 黄昏時の淡い橙の日に照らし出され、ぼんやりとした輪郭を浮き立たせている。直斗は激しく息を乱しながら、彼のいる方へと歩み寄っていった。


「千晶」と声をかけようとしたところで、彼の手に黒い物が握られているのがわかった。遠目からでも、それが決して『良い物』ではないのがわかった。


 ダメだよ、と言葉を絞り出す。

 そんな物は、普通の人間が使ってはいけないものだ。


 千晶が振り返る。遠目からでもそっと微笑んでくるのがわかった。

 そしてゆっくりと、手にした拳銃を自分自身へと向ける。


 銃口を胸元に押し当て、両手で銃身を固定する。彼の右手がゆっくりと、逆手に引き金の部分へかけられるのがわかった。


 やめろ、と声を出そうとするが、うまく喉が動かなかった。

 咄嗟に駆け寄ろうとする。でも、何もかもが遅かった。


 次の瞬間、甲高い銃声が響き渡った。

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