3-7:ザッツ・クレバー
下り坂があれば上り坂がある。
「やあ、良かったら今日はお話をしないかい」
携帯電話の番号を先日教えた。『彼』は早速それを活用し、学校が終わったら例の運動公園でまた会わないかと誘いをかけてきた。
「わかりました」と溜め息を噛み殺しつつ、直斗はそれを承諾する。
宍戸の『実験』は、その後も続いていた。
幽霊騒ぎは町の中で今も進行していた。同じように幽霊が見えるという人間は数を増やしていき、まるで町が呪われているのではないかと噂されるほどになっていた。
「これは興味深い! 実に興味深いデータだよ」
公園で会うなり、宍戸は身振りを加えながら情熱を語った。
「どうだい、直斗くん。君はこのデータから何を見て取る。クレバーな人間だったら、何かしら感じる物があるはずだ。さあ、忌憚ない意見を聞かせてくれたまえ」
はあ、直斗は溜め息混じりの返事を返す。
「それはやっぱり、目撃されるのが『動物の霊』だけだということですよね」
指摘すると、宍戸は顔中に笑みを浮かべた。
「おお! ザッツ・クレバー!」
両手の人差し指を向け、彼なりの称賛を送ってくる。
「その通りだ。これはとても興味深いデータじゃないか。動物たちの幽霊はたくさんいるのに、なぜか人間の幽霊はまったく目撃されていない。これは一体いかなる事実を示すだろう。人間は葬儀をあげて供養されるから、ちゃんと成仏しているということだろうか。でも、中には人知れず死んだ人間も大勢いる。だったらなぜ彼らの霊は姿を現さないんだろう。考えれば考えるほど、謎な話じゃないか」
はあ、とまた気のない返事をする。
「これは実験すれば、きっと深遠なる世界の真理に辿り着ける可能性があるよ。僕たちは歴史の目撃者になれるかもしれない」
「そうですね」疲れそうなので適当に合わせる。
「うん。君ならわかってくれると思ったよ。そして僕は、ここで新たな仮説を導き出してみたのさ。これがわかれば、かの有明氏が一体いかなる真実に辿り着いたのか、その答えもわかってくる可能性がある。もちろん彼の死の真相もね」
「へえ」と薄ら笑いで答えた。
「合理的な思考というものをしてみよう。有明氏はきっと『彼ら』についての情報を得ようとしていたに違いない。その過程で幽霊現象に目を付けるに至った。そして僕たちは現在データとして、『動物の霊しか出現しない』という事実も理解した」
「はい」と機械的に頷く。
「ではここで考えてみよう。もし有明氏なら、ここから前に進むために一体いかなる実験をしようとするか。そしてこれはヒントだ。僕たちが事実を究明するために、一番の障害になっているのは一体なにか。それがわかれば、答えは出るはずだ」
言って、宍戸は微笑みかけてくる。『答えろ』と促されているとわかる。
直斗はちらりと背後を振り返る。ボッティチェリは街灯の上から様子を窺っていた。
「それはもちろん、『あいつら』とはろくに会話が通じないということでしょう」
「素晴らしい。重ね重ねにクレバーだ」
宍戸は再びにんまりとし、両手の人差し指を向けた。
「その通り。彼らは自分の都合や解釈でしか物を話さない。その上で、僕たちが語りかけると独自の解釈を推し進めて、また何かしらの事件を起こしてしまう可能性がある。だから迂闊に彼らからは情報を引き出せない。それが僕たちにとっての一番の問題だよ」
いちいち正論なのが腹立たしい。
「それが真実ではないかと思うんだ。だから有明氏はきっと、その問題を解消しようとしたはずだ。僕とは世代も近いから、きっと発想も似ていたと思うよ」
直斗は背もたれに体を預けた。
「『魂の委縮』という言葉を知っているかな。九〇年代頃に出てきた心霊用語なんだけど、精神状態が負に傾いていると、悪い霊に取り憑かれやすいとか、体を乗っ取られるとか、そういう話が出ていたんだ」
「つまり、どういうことですか」体を起こし、真面目に聞き入る。
「要するに、『それ』も可能なんじゃないかってことだよ。僕たちは彼らの力を利用して、『幽霊を見る能力』を人間に与えることができた。それならば、同じ理屈によって『幽霊に憑依された状態』というものを作れるのではないか、ということさ」
頭の奥が重くなる。
「動物の霊たちはあちこちにいる。そしてきっと、『彼ら』はその霊とも交信できる。そんな彼らがひと声命令を下せば、生きている人間に彼らの霊を宿らせる、というよりも『肉体を乗っ取らせる』ことも可能なのではないだろうか。そう、思わないかい?」
宍戸は得意げに人差し指を立てた。
「おそらく有明氏が実行したのはそういうことだ。人間の体と頭脳を持ちながら、動物の魂を持つ人間。そんな『動物人間』を作り出した」
仮説を提唱し、立てた指を左右に振るわせる。
「動物人間ならば、彼ら自身と違って能力で事件を起こすこともない。その上で、人間の頭脳を持っているから会話もしやすい。そうやって安全かつ潤滑な状況で、有明氏は『彼ら』についての情報を引き出そうとしたのではないか。それが僕の仮説だよ」
直斗はじっと唇を噛みしめ、宍戸の言葉を反芻する。
今の仮説を検証するため、これから何人犠牲になるのだろう。
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