第27話 アウターハザード発生

 チュン、チュンチュンッ……


 スズメの鳴き声が聞こえる。目を覚ますと部屋の中に朝日が差し込んでいた。

 いくつも敷かれた布団は空で、どうやら僕が最後に起きたらしい。


「クロムさん、でしたか。おはようございます」

「あ、おはようございますニックさん」


 僕を呼びかける男性の声が聞こえ、起き上がりながら返答する。

 痩せ型で神経質そうな中年の男性はスーツに着替えていて、今から出るようだった。


「早いですね? どこか出かけるんですか」

「ええ、クロスポートに月一回の定例報告をしに戻ります。この日は愛海さんは部屋にいてくれる約束ですし、今日は皆さんが代わりに彼女を見て頂けるので気兼ねなく行けます」


 スーツ姿の目の前の男性はニックさんと言い、OCMMから派遣された愛海さんの監視員だった。

 登録世界以外の人が異世界の事を知るのは制限されている。

 もし知られたら大概は記憶が消される、あるいは監視され秘密にするよう強制される。

 前者になることが多いけど愛海さんの場合、娘の芽亜里がOCMM関係者である事から監視処置に置かれ地球に住むことを許されている。


 ニックさんはそんな愛海さんを見張る監視員というわけだ。

 僕たちは昨夜このアパートに泊まる事になったけど、さすがにいきなり5人も泊まるのは無理があった。

 それも女性のいる部屋に男二人が混じるのは正直気が引けた。

 そこで愛海さんの監視員である隣人に扮したニックさんの部屋に、僕とシアンさんが泊まらせてもらう事にした。

 

 隣の部屋にノックして中からニックさんが現れ事情を説明すると、文句を言われたけど結果的に泊めてもらえた。


 なんとか泊まらせてもらえて安心したけど、シアンさんが実は彼はお化けが大の苦手で、本当は仕事とはいえこのアパートには来たくなかったらしい。

 一応彼の部屋にも結界が張ってあって幽霊は入ってこれないし、幽霊よけのアミュレット何かも常に持っているらしい。

 彼は強がってそんな事をお首にも出さないけど、本当は僕たちが泊まって来て喜んでいるとシアンさんは言っていた。


「えっと……シアンさんはどちらに?」

「彼はあなたが起きる10分前には隣の愛海さんの部屋に行ってしまいましたよ。朝食に行く約束をしていたとはいえ、あなたを起こさずに行ってしまうとは薄情ですね」


 なんて言ってるけど、自分が出かけるギリギリまで僕を起こさなかった当たり、多分少しでも一人でいたくなかったんだろう。


「では行って参ります。布団はそのまま押入れに片付けて下さい。あとこの部屋の鍵ですが、閉めたら愛海さんに預けておいて下さい。なんならもう一日泊まって頂いても結構ですよ。むしろそうして下さい」


 早口に一気にまくし立てながら部屋から出ていくニックさん。

 最後の方は願望を隠そうともしなかった。


 嵐のように去っていった彼を見て、呆気に取られながら見送っていた。


 ……とりあえず着替えたら僕も朝食を頂きにみんなのところに行こう。


 そう思い、布団の片付けと着替えをするのだった。


 余談だけど、このアパートは10部屋あるけど、住んでるのは愛海さんとニックさん含め三人しかいない。

 3人目は一階の中部屋を借りているホラー漫画家で、何でもこのアパートの噂を聞きつけてネタになると住み着いた物好きらしい。

 ただ先月、その漫画家が卒倒した。それを愛海さんが発見して現在入院中らしい。

 その原因が過労なのか取り憑かれたのかは分からないけど……


 そういう訳で今、このアパートにはお邪魔している僕たちを別にして愛海さんしかいなかった。




 午前十時頃、太平洋、南鳥島近海


 日本の最東端である南鳥島は一般人が許可なく入る事ができない日本の国有地である島だ。


 この島にいるのは自衛隊員と、気象庁の職員合わせて20数名しかいなく、自衛隊の航空基地しかない。民家も店も、病院となる施設もない。

 交通も港が無く、航空機でしかこの島を出入りする事ができない。

 そのため食料などの物資は本土から空輸しなければならず、極めて不便な場所だ。


 そんな場所に突然、別の自衛隊が押しかけ島にいる関係者全員を基地に押し込め軟禁状態にしている。

 同じ自衛隊員にこんな事をされ、不満と戸惑いで苛立ちを隠そうとしない彼らだったが、防衛大臣からの直接の命令であり抗う事は出来なかった。


 実はこの島を差し押さえた自衛隊は『日本―異世界交流委員会』から派遣されたメンバーで構成されていた。

 Uワープで転移してきた別宇宙の宇宙船が大気圏に突入し、この近海に落下していた。

 それを知られる訳にはいかないため、委員会のメンバーである防衛大臣は島と海域を封鎖したのだった。

 OCMMから派遣されたシャイニングメテオズはその自衛隊と共に、この海域を探索して海底に沈んだ宇宙船を発見していた。


 ダイバーが船内を調査した後、更なる調査と船体の回収をするためにサルベージして海上に上げていた。

 現在は引き上げられた宇宙船の船内をシャイニングメテオズ、メイガス隊と委員会メンバーで構成された自衛隊と共に入り隅々まで調べている。


「しかし酷い有り様だな……」


 宇宙船をサルベージした自衛艦の隣に、異世界の宇宙戦艦ガンダルヴァが海上に浮かんでいた。

 ガンダルヴァの艦長、クリスはこれまでの調査した宇宙船の報告書に目を通して、船内の惨状を知り鬱屈しそうになる。


 サルベージされた宇宙船には、これまでの調査で生存者は皆無だった。

 まだ調べてない船室もある。そこにまだ生存者がいるかも知れないが、クリスは楽観する事が出来なかった。


『艦長』


 報告書とにらめっこしていると、引き揚げた船内から通信が入った。

 相手はサルベージされた船のブリッジに入って船内記録を調べていた、ガンダルヴァの副艦長ポジである悪魔のガリプである。


「ガリプか。状況はどうだ?」

『船員名簿を確認したところ、残念ながら今日発見した者達も含め、全員死亡したようです』


 やはり駄目だったか……

 眉間にシワ寄せて溜息を吐く。


「わかった、墜落した原因は分かるか?」

『それなのですが、どうやらこの船はUワープに巻き込まれる前に襲撃されたようです』

「何…?」


 予想外の報告にクリスは顔をしかめる。


『どうも何者かがブリッジを襲撃して、船長を含む全員が殺害されたようです。その直後にUワープに巻き込まれ、操船と指揮系統が機能しなくなった船がそのまま地球に落下してしまったようです』


 そして船が海中に水没して、船員全員が水死体になっちまったと。不運が過ぎる。


「マジかよ……その襲撃者が何者か分かるか?」

『それは分かりませんが、襲撃者はではないようです』

「なぜそうだと?」

『ブリッジにあった遺体なんですが、その死因が体温の急激な低下による凍死だと判明しました。艦長含めブリッジクルー全員が同じです』

「何だそりゃ? ブリッジが冷凍庫にでもなったってのか?」

『いえ、詳しく調べたら遺体のいくつかが針金のような物で刺突されたり、火傷のような跡があったんです』

「は? だろ? なんで火傷してるんだ?」


 ガリプの説明を聞き、クリスは混乱しそうになる。


『それと襲撃者はブリッジと繋がる通気口を通って侵入したようなのですが、その通気口は普通の人間が通り抜けられる幅はありません。さらに何かの生物の体液らしき物が通気口やブリッジのあちこちに付着しています』

「つまり襲撃者は『エイリアン』だと?」

『その可能性が高いですね』


 しかしそうなるとそいつはまだ沈没船に潜んでいる可能性がある。

 どうやったのか知らないが、ブリッジにいた人間を惨殺するような奴だ。少なくとも穏便に事を済ます事は出来なさそうだ。


「分かった。ガリプ、お前は護衛と一緒に戻ってこい。ナビゲーター、聞こえたな。サルベージした船にいる全員に連絡を――」


 船の中にいる仲間と自衛隊に警戒するよう連絡を入れようとして、そこで警報が鳴り響いた。ガンダルヴァのブリッジクルーは驚き、急ぎ状況を確認する。

 だがレーダー、システム、その他異常を知らせる報告等は全く無かった。

 モニターを睨んでいたブリッジクルーは平時と変わらない画面を見て困惑する。


 だがクリスは警報がガンダルヴァのものとは違うことに気付いていた。

 そしてそれがガリプとの通信から聞こえているのをすぐに察した。


「どうしたガリプ!? そっちで何かあったのか!」

『そ、それが……! 管制AIから一人用の脱出ポッドが発射シークエンスに入ったと報告が上がりました!』


 突然、沈没船に搭載された脱出ポッドが発射されようとしていた。予想外の出来事にガリプも愕然と報告する。


「どういう事だ!?」

『恐らく例の襲撃者が、ポッドを使って逃げ出そうとしているのではないかと……』

「なッ!? そっちで止められないのか!?」

『残念ですが脱出ポッドは完全にマニュアルで操作され、こちらの命令を一切受け付けない状態です……』

「クソッ! 急いでヘルタ達と自衛隊に連絡入れろ! 近くにいる者に向かわせて阻止するんだ!」


 焦燥感に駆られた艦長が指示を出す。

 沈没船にいた全員が、突然鳴りだした警報とガンダルヴァからの連絡で状況を知り、急ぎ襲撃者を取り押さえようと急ぐ。

 ガリプもブリッジから仲間に船内マップを送信し、通路をいくつも塞いでいた緊急用シャッターを解除していた。


 脱出ポッドがある格納庫の一番近くにいたのは、マルコとメイガスを着た二人の兵士だった。

 銃を手に取り廊下を疾走する三人。だが格納庫の扉があるはずの、通路の先を見てマルコ達は目を見開く。

 まゆのような岩のような塊が、灰白色の木の根の様なものを通路の壁や床、天井に伸ばして道を塞いでいたのだ。


「何だこれ!?」

「バリケードか? クソ、邪魔だ!」


 マルコの傍にいた兵士が障害物に悪態をつきながら、銃をぶっ放す。

 だが連射したレールガンの弾を受けた岩の繭は、火花と微かなチリを上げただけで無傷だった。


「やめろ、弾の無駄だ。マット、お前高周波ナイフリデューサーを持ってたな。それを使え」


 銃を撃った兵士を制止し、マルコはもう一人の兵士に障害物を撤去するよう言う。

 マットと呼ばれた兵士は胸元に取り付けてあったナイフを鞘から取り出した。

 彼の体内に埋め込まれたナノマシンから信号が送信され、受信したナイフが刀身を超高速で振動させる。

 ナイフからシィィィッと甲高い音が唸り、刀身から熱と微かな光が発せられた。


 それを目の前の岩の繭に当て切り裂こうとする。だがマットは愕然とした。


「嘘だろ…? 鉄板を力を入れずにケーキの様に切り裂く高周波兵器だぞ! なんて硬さだ!!」


 刃を当て力を込めるが、OCMMの最新兵器をもってしても切り裂くのに困難だった。

 全く切れない訳では無かったが、あまりの手強さに自分の持つ武器がただのナイフであるか錯覚しそうになり、マットは戦慄する。


 駄目か。

 二人の様子に障害物の即時撤去は無理と判断したマルコはすぐにガンダルヴァに連絡を入れた。


『マルコか、どうした?』

「今、脱出ポッドがある格納庫の前だがそこで石質の何かが通路を塞いでいて格納庫に入れない。こちらの装備では破壊は困難、船内から目標を取り押さえるのは間に合わない」

『石だと? 何でそんな物が! 仕方ない、外から――』


 報告を受け取り、艦長は船外から襲撃者を取り押さえるよう、指示を出そうとした。

 だが遅かった。


 船の装甲の一部が突然吹き飛び、そこから球体の脱出ポッドが射出された。

 そしてポッド後方に取り付けられたエンジンノズルが火を噴き、高速で飛行してしまった。

 それを見た、あるいは報告を受けた全員が愕然とする。だが彼らを更に驚かせたのはポッドの飛び立ったその方角であった。


「……!! 艦長! 射出された脱出ポッドですが、日本本土に向かって飛行しています!」

「マジかよ! クソ、急いで追うぞ! ヘルタ達とメイガス隊は急ぎガンダルヴァに帰艦しろ! それと自衛隊を通して『委員会』に日本に厳戒体制に入るよう要請しろ!!」


 最悪の状況が発生しようとしていた。

 クリスは矢継ぎ早に指示を出し、少しでも早くパニックと被害を抑えようと躍起になる。

 船にいたヘルタ達も自衛隊も急ぎ対応する為に自艦に戻ろうと走っていた。

 だがそんな艦長の焦燥を嘲笑うかのように、ナビゲーターからある報告を受け取った。


「艦長! 先程射出された脱出ポッドの方角と飛行距離等を計算した結果が出ました!!」

「どこだ!?」

「場所は――!!」




 同時刻、千葉県鎌ケ谷市、芽亜里の実家にて


 僕たちは必要な荷物をまとめ、シアンさんに収納魔法で荷物を全て亜空間に入れてもらって、出発する準備は終っていた。

 もう出発する事はできたけど、芽亜里がまた実家にいつ戻って来れるか分からないという配慮から、僕たちはもう少しだけこちらに厄介になる事になった。

 まあ他にも目的があったからなんだけど。


 そこで愛海さんと取り留めのないお喋りをしていたけど芽亜里が目配せして、急にパウリーネが愛海さんに疑問を投げかけた。


「そう言えば愛海さんって何でこんなアパートに住み続けているのですか?」

「何でって、家賃が安いからだけど」


 愛海さんからシンプルな理由が返ってきた。でもパウリーネは更に聞き出す。


「でも不便過ぎません? 愛海さん、車の免許持ってないから買い物できるスーパーまで30分は歩くし、仕事先も駅まで歩いて合計で片道で1時間半は掛かるって、芽亜里が話してましたよ?」

「そうは言っても、コレが習慣になってるし……」

「駄目ですよ愛海さん!」


 突然パウリーネが愛海さんに詰め寄った。その様子に彼女は呆気に取られてしまう。


「愛海さんまだお若いじゃないですか。子育てが忙しくってお金を掛けたくないからこのアパートに住んでいたんでしょうけど、もう芽亜里もちゃんと働いて独り立ちしてるじゃないですか」

「そうね〜〜……もうちょっといいところに引っ越してもいいと思いますよ〜〜…」


 パウリーネの話に茅が乗っかった。娘の友達二人に押される(恐らく)アラフォーの母親はうろたえ始める。


「で、でもね。引っ越しにお金が掛かるし……」

「だから私が払うってば」

「昨日も言ったでしょ? 娘にたかりたくないって」

「それでしたら異世界クロスポートに来られては? 元々OCMMから特別保護の対象になってますし。そちらに移るなら助成金が出るから、お金の心配は無用かと」


 今度はシアンさんが援護射撃を繰り出した。


「そうは言っても、長く住んじゃって愛着が……」

「でもこのアパート元々去年に取り壊す予定だったって、お隣ニックさんが言ってましたよ。老朽化が進んで危ないからって。何故か解体工事を請け負った会社の人が急病にかかっちゃって延期になったけど、いつ取り壊されてもおかしくないですよ?」


 今度は僕も愛海さんを追い詰めた。僕たちを見て口を開ける彼女。

 けどそのすぐ後に、芽亜里を睨んだ。


「芽亜里…はかったわね?」


 僕たちが芽亜里と共謀して、彼女をこのお化けアパートから追い出そうとしている事にようやく気付いたらしい。


 そんな母親の視線に負けじと、不敵な笑みを浮かべながら睨み返す娘。今までやり込められた恨みがこもっているようだった。

 けどすぐに、その表情は寂しそうなものに変わった。


「…ねえお母さん、本当の事を言って」

「え?」


 娘に言われて何のことか分からず戸惑う愛海さん。

 芽亜里は続ける。


「私ね、こんなところにお母さんは居ちゃいけないって思ってる。でもお母さんこのアパートに拘ってるでしょ? その理由を教えて欲しいの」

「理由って……」

「思い出したんだけど、お母さん夜中にコッソリ外に出てるわよね? それと関係しているんじゃないの?」

「う……」


 愛海さんが気まずそうにして顔を曇らせてた。あまり人に知られたくない理由らしい。けどそれに遠慮するつもりはない。

 そんな彼女に芽亜里は真っ直ぐ見つめて、更に問い質す。


「言って。理由があるなら聞くから。それがお母さんにとって大切な事なら邪魔はしない。でも問題があるなら私達が力を貸して解決するから」


 芽亜里と、その周りにいる僕たちはじっと愛海さん見つめた。

 彼女は目を泳がせて、どうしようか悩んでいる。

 イジメてるようでちょっと気が引けるけど、昨日芽亜里が協力してと真剣に頼み込んできたのを無下にも出来なかった。


「その、ね……」


 愛美さんが言い淀んでいる。それでも母が話すまで待つ芽亜里。

 話してくれるのにしばらく時間がかかるかも知れない。

 そう思っていた時に、僕たちの持っていた通信機からコールが鳴り響く。


「え? みんなの通信機に?」

「ガンダルヴァから同時にコールしてる?」

「もう、こんな時に何よ?」

「すみません、仲間から通信が入って。失礼します」


 そう言って僕たちは通信を開いた。そして艦長から慌ただしく命令される。


『お前ら今、千葉の鎌ケ谷にいるな!? すぐに俺が言うポイントに向かってくれ!』

「ちょっと艦長! 何よ急に? こっちは忙しいんだから」


 話を遮られて芽亜里が不機嫌だ。けど艦長はそんなのに構ってられない。


『そんな事を言ってる場合じゃない! そこで『アウターハザード』が発生しかねないんだ!』

「え!? アウターハザードですか!?」


 アウターハザード――異世界から社会や生命を脅かすようなものがやってくる事件や災害の事だ。

 僕たちシャイニングメテオズが最優先で対応して未然に防ぐべき事柄だ。


「な、何が起こっているの!?」

『例の宇宙船に凶暴なエイリアンが潜んでいたんだ! それが脱出ポッドを使って日本に飛んじまった!』


 艦長がこれまでの船を捜索した経緯を説明してたその時、街中に街頭スピーカーから緊急放送が流れた。飛翔体が落下するから避難するようにという内容を警告していた。

 愛海さんのスマホにも非常事態を知らせるアラームが鳴り響く。


「これは!?」

『「委員会」が手を回してくれたようだな、だが間に合うか……?』

「委員会の人たちってこんな事出来る力があるの?」

「メンバーに財政会の要人や政府関係者も何人かいるからな」

『とにかく急いでくれ! 俺達も急いで向かう!』


 艦長から通信が終わったと同時に、僕たちに脱出ポッドの落下予想地点のデータが送られてきた。


「仕方ない、みんな行こう」

「認識阻害魔法をかけておくぞ」


 茅はすでに覚醒状態になって僕たちに呼びかける。

 シアンさんは僕たちの存在を知られないよう、目撃者対策をしてくれた。


「お母さん、そういう訳だから非難して! 今言った場所に間違っても近づいちゃ駄目だよ」

「芽亜里、大丈夫なの……?」


 芽亜里が避難するように促すけど、愛海さんはこれから娘が危険な場所に向かう事に心配そうに見ていた。

 けれど芽亜里は笑って片手でガッツポーズを取りウインクする。


「大丈夫、今までこういった事は何度もあったから! じゃあ行ってくるね!」


 芽亜里がそう言って、僕たちは急いで出ていった。




 脱出ポッドの落下予想範囲の中にあるショッピングモール、その屋上駐車場に僕たちはいた。

 避難警報と警察、自衛隊の避難誘導により人々は街から去っていく。このショッピングモールは既に無人となっていた。

 そこで僕たちは迎撃準備を整える事にしたけど、ここに着いてシアンさんが亜空間から僕たちのメイガスと装備を取り出して驚いた。

 ヘルタさんが念の為に持たせてくれたらしい。できればその念の為は無駄になって欲しかったけど。

 そこで僕たちは馴染んだメイガスに着替え、芽亜里も魔法少女に変身した。


 見晴らしのいい屋上駐車場に上り敵が来るのを待ち構えてる。駐車場はモールに来ていたお客さんが避難したからか、ほとんどガラ空きになっていた。

 けどほんの数台だけ車が残っていた。あわてて置いていったのだろう。


「そういえば『魔物』と『エイリアン』って何が違うの?」


 初めてエイリアンを相手にする前に、僕は素朴な疑問をぶつけた。

 隣でホットの缶コーヒーを飲んでいたパウリーネは目を丸くする。


「何がって……前にエイリアンについてパメラさんの講義を聞いてたでしょ?」

「そうなんだけど『異形』、『異能や特異体質』、『人間種に敵対的な傾向あり』、他にもあるけどどれも魔物と変わらない特徴だから」

「それはそうだけど……言われてみれば何が違うのかしら?」


 反論しようとしたパウリーネだったけど、これまで遭遇した様々な異世界の魔物と比較して特に違いが無いように思えた。


「まあ確かに。エイリアンは元々って意味だったけど、魔物と同じようなのと一括りにするのは差別だって言う人が出て、意味が変わっちゃったからね」

「OCMMではその宇宙内において、別惑星から飛来してきた『外来種』と定義はしているが、最近では宇宙からやってくる敵対性生物として呼ばれるようになったな」


 なんかややこしい話だな、なんてこれから戦いになるかも知れないのに呑気な事を考えていた僕。


「まったく……ただの住宅街なのに、どうしてここにこう異世界からトラブルばっかりやってくるのかしら?」


 そんなやり取りの側で芽亜里が故郷の危機を前にしてウンザリして愚痴った。母親とちゃんと話し合おうとしたばかりでこんな事になったのだから無理はない。


「まあそう怒らないでよ芽亜里。自衛隊が対空ミサイルを配備しているらしいから、ここに着く前に撃ち落とすと思うよ」

「そうね、そうしたらすぐ戻って愛海さんと改めてお話すればいいじゃない」


 パウリーネと茅が不機嫌な芽亜里をなだめるように語りかけた。


「……そうね、多分今回は私達の出番は無いと思うし」


 そんな話をしていると、空中から爆音が聞こえた。見ると遠方の空から爆炎と煙が上がっているのが見えた。

 方角から脱出ポッドが来る方角だ。自衛隊が放った迎撃ミサイルだとすぐ分かった。

 当たったならそれで終わりだ。この日本に混乱も無くて済む。

 けれどその淡い期待は、連絡を受けたシアンさんからすぐに打ち砕かれてしまった。


「自衛隊が飛翔体の迎撃に失敗した。間もなくこちらに来るぞ」

「何? 狙いを外したの?」

「いや、命中して船体は破壊したらしいが、中身が火だるまになりながらこちらに飛んできているらしい。むしろさっきより速くなって大きくなっている」


 険しい顔で、シアンさんが説明する。内容が飛躍していて状況がよく飲み込めないけど。


「何ですかそれ!?」

「分からん、が……来たぞ!!」


 そう言ってシアンさんが空を見つめた。

 僕たちもそちらに向き、そして目撃する。


 遠方の空中にできた爆炎の中から、火の玉が飛び出てこちらに向かってきた。その火の玉は大きく、市街地に落下する。

 激突したビルが炎と衝撃に巻き込まれて一瞬で崩壊してしまう。さらに衝突した衝撃波が街を襲い、近くにあった住宅街やビルが半壊した。

 遠くにあった建物も窓ガラスが割れていく。僕たちがいたショッピングモールにも衝撃波が来た。

 シアンさんが障壁を張って防いでくれたけど、モールのガラスは割れ、近くにあった車も窓が割れていくつも転倒していた。


 その威力にも驚いたけど、すぐに火の玉があった場所を見て僕たちはさらに驚いてしまう。


 火の玉が落ちた場所には、巨大な虫がいた。

 最初の印象は赤と紫のまだら模様の巨大なはねで綺麗な蝶だと思った。頭から胴体は真っ黒で頭に赤と黒のストライプになった長い触角があり、左右に分かれた半球体の巨大な目は黄色で、数mはある細長く先が注射針の様に尖った針金のような口吻こうふんが蛇の様にうねり動いていた。

 そんな10m以上もある大型の蝶エイリアンが僕たちに気付いたらしい。僕たちがいるモールに向かって飛んできた。

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