流星群よ、混沌回帰を打ち破れ
瀧原辰
結集編
第1話 旅の終着点にいた者は
草一本無い荒涼とした岩山がある。
山頂は分厚い雲で覆われて見えず、山肌にはあちこちに岩が乱立している。その様子はまるで荒れ果てた墓場の様だった。
そう、この場所は墓場だ。この山に登った者は生きて帰った試しが無かった。
今は雲に覆われて見えないが、山頂には多くのモンスターと、それらを従える魔王がいる。
この山に入ろうとするものは無知か命知らずかのどちらかだろう。
けれど今、この山を僕たちは登っている。
赤い鎧に身を包んだ牛の角を生やした獣人の騎士と、犬や狐などの獣の耳がある兵士がおよそ十人。
そしてピンク色の綺麗な長い髪に猫耳と、おなじ色の猫の
「勇者様、少し休みませんか? 魔王との戦いの前に体力を温存した方がいいと思うのですが」
不意に兵士が僕に呼びかける。僕は思わず上ずった声で返事する。
「はっはい! そうしましょう。あのでも『勇者』なんて呼ばれるような大層な者じゃ無いので呼び捨てで結構です」
赤い鎧の角の生えた美男子はため息を一つ吐く。
「クロム、いい加減慣れろ。貴様はもうお飾りの勇者じゃ無いんだ。あともうフードは取れ」
赤い騎士、ロベルトさんが僕の名前を呼び、呆れ気味に注意する。
自分の素顔を
僕の顔は犬のような造形だった。
全身が白い毛で覆われ、他の人達より鼻が突き出ている。髪の毛は灰色で、大きく深い青色の目だった。
僕はみんなと同じ獣人だけど、みんなは耳や尻尾、角といった部分的に獣の特徴が出るのに対し、僕は『先祖返り』という全身が獣の様な獣人だった。
「いいか? ここにいる魔王を倒せば、お前はこちらにおられるパウリーネ皇女殿下と正式な婚約者になるんだぞ。」
「そ、それは倒せたらの話じゃないですか」
ロベルトさんからパウリーネの名前が出て、僕は顔を赤らめながらピンク色の髪の猫耳少女に目を向ける。
「いいから聞け。つまり将来皇族の仲間入りになるんだ。そうなったらお前は俺の上司になるかもしれないんだ。それなのにそんな卑屈な態度なままだと困るんだ。もっと堂々と――」
「あらロベルト、またクロム様を
ロベルトさんが説教を始めようとした途端、同行していたパウリーネが割って入ってきた。
「苛めてなどございません。ただこのままだと、彼は後々見くびられると忠告しただけです」
「あらそうなの? けれどそれなら戦いが終わった後で話し合えばいいでしょう? 今からそんな話をしなくてもいいと思いますわ」
ロベルトさんをパウリーネは柔らかに、しかし凛とした態度で諭した。
ロベルトさんも敵の目の前で気が立っていたと、パウリーネと僕に謝罪する。そして彼は部下を見てくると僕たちから離れたのだった。
「あ、ありがとうございます。パウリーネ様」
「もう、二人きりの時は他人行儀は止めてって言ったでしょう? 様付けも駄目よ」
口うるさい騎士様がいなくなった途端に、パウリーネは先程の気品溢れる態度はどこにいったのか、年相応の少女らしくなってしまった。
彼女はこの戦いが終わったら、僕と婚約する事になっている。けれどそれは僕を繋ぎとめるだけなのは分かっていた。
僕の力が強大で、魔王を倒せる手段を手放さないようにするためだ。
そうじゃなきゃ、先祖返りして醜い僕を、片田舎の盗賊ギルドの一職員にすぎない僕を勇者にするなんてありえない。
けれども僕はそれでも良かった。何の価値もない僕が唯一役に立てるのはそれしかないから。
それでも僕はこれから先に待ち受ける敵に、そして自分の力に恐れをなしていた。
「ご、ごめん。でもここまで来て今更だけど、僕は勇者でも英雄でもなんでもない。僕なんかじゃ駄目なんだ」
「大丈夫、あなたは勝てるわ。あなたの力は本当にスゴイもの」
僕の手をパウリーネは握り、赤味がかった薄紅色の瞳を向け僕の顔を覗き込み励ます。けど僕は彼女のその眼差しから目を背けてしまう。
その反応にパウリーネは顔を曇らせていたのに、僕は気づかなかった。
休憩を挟んだ僕たちは再び出発していた。そして頂上を覆っている雲の中に突入する。
僕たちはあらかじめロープを互いの体に括り付けておいていた。雲に視界を遮られ、みんなとはぐれるのを防ぐための策だった。
ロープを引き合い声を掛け合いながら、互いの無事を確認しつつ、山頂を目指して登っていく。
運が良いのか、今のところ敵が襲いかかってくる様子は無かった。
しばらく登っていたけどロープが引っ張られる回数が増えていた。
けれどそれは腕で引っ張ったからでなく、眼の前が見えず、いつ襲われるか分からない不安と恐怖で次第に歩みが止まりがちになっている事に気付いた。
このままだと本当に行進が止まるかもしれない。僕はあえて前に出る。
「皆さん! 僕が先に行きます! 皆さんは僕が引っ張るロープを頼りに付いてきて下さい!」
大声でみんなに声を掛けながら括り付けてあるロープを力強く引き、みんなを引っ張って先導していく。
盗賊ギルドに所属していた僕はダンジョンの調査や斥候をしており、こういった危険な場所には慣れていた。
目印は無かったが目的地が山頂である事は分かり切っていたし、モンスターの気配の無さから進んでも問題ないと思った。
どんどん登り、ロープを引っ張ってみんなを誘導する。
最初は引きずるようにロープを引っ張ってひどく重く感じたけど、次第に軽くなっていき、こちらがロープを引っ張ると力強く引っ張り返す様になっていった。
良かった。みんなまた元気になったらしい。互いの呼びかけも大きくなっていった。
けれど突然、強風が吹いてきた。僕はみんなに身を屈めてじっとする様に呼びかけた。
そうしないと吹き飛ばされそうだったからだ。
何とか強風に耐え、視界を奪っていた霧が晴れていた。後方を見渡して、みんな無事で一安心した。
そして僕達は既に山頂に着いていた事に気付いたのだった。
山頂部は、すり鉢状にへこんだカルデラになっており、その中心に黒塗りの古城が
カルデラから滑り降りた僕たちは魔王城を見上げる。
遠目からでも
だが、おぞましいモンスターと魔王の
先程まで魔王を倒すと意気込んでいた兵士たちは、敵の本拠地を目の前にして震えてしまう。
ロベルトさんとパウリーネもこれからの戦いと死の予感に言葉を失っていた。
けれど僕は違っていた。僕は自分の力をどう使えば被害を抑えて魔王を倒せるか、旅に出てからずっと考えていた。何度も考え、同じ結論に至っていた。
魔王城を目にした僕はむしろ冷静になり覚悟を決めた。
僕は一歩前に出て振り返り、決意と感謝を皆に伝えようと口を開く。
「みなさん……僕は――」
ドオオオォーーーン!!
言葉を発したと同時に後方から轟音が響いた。
僕に注目していたパウリーネ達は、その背後を見て開いた口が塞がらない。
「!? えっ、なっ何!?」
背後から轟音が聞こえた僕は慌てて振り返り、魔王城の一部が破壊され穴が空いているのが見えた。
そして今度は穴の反対側から、魔王城の内側から壁を突き破り、巨大な光線が現れ、轟音を響かせながら空に向かって走っていく。
「何だあれ!?」
光線が放たれた直後に魔王城から翼の生えたモンスターが飛び出し、そのまま魔王城から離れ逃げ去っていく。
つい先ほど不気味なまでに静まり返っていた邪悪の巣窟は、一瞬にして喧騒に包まれパニックに陥っていた。
予想外の出来事に、僕たちはしばしその光景を呆然と見つめていた。けれどもロベルトさんが気を取り直し、突撃するように意見する。
その言葉に我に返りみんなは意を決し、魔王城へ突入するべく走り出した。
ロベルトさんが魔王城の扉を破壊して、中に入った僕達が見たものは、外以上に混乱した様相だった。入口ホールでモンスター達はあちこち走り逃げ惑っている。
だが扉が壊されたのを見たモンスター達は一気に雪崩れ込んできた。
僕達は横に避け身構えるが、モンスター達はロベルトさんが破壊した扉からそのまま外に逃げ出してしまった。
唖然としてしまったけど、気を取り直し魔王城の奥に進み、城の最上階にいるであろう魔王の下に向かう。その道中で数体のゴブリンに出くわした。
さっきと違い戦意があるゴブリンは僕達を見つけると襲いかかってきた。
「どけ! 雑魚ども!」
先頭を走っていたロベルトさんが鞘から剣を抜く。それと同時に鎧の下から赤い紋様が表れ、彼の首の上から這い上がり顔を覆って、赤いトカゲの頭の様な紋様が現れた。
すると彼の持っていた剣に炎が纏わりつく。剣を振ると、剣先から炎の斬撃が放たれ、離れたゴブリン達を火ダルマにして焼き尽くしてしまった。
ロベルトさんの体に現れた紋様は【
この紋様は成人の儀式の一環として神殿で授かる。
刻み込まれる紋様は一人一種類で、その紋様はペガサスやユニコーンなど、伝説の幻獣を表しその力を使うことができる。
ロベルトさんの幻獣紋は〈サラマンダー〉であり、身に付けている武器や鎧に炎を纏わせる効果がある。
パウリーネと兵士たちにもそれぞれ体に幻獣紋が刻まれている。僕もそうだ。
僕が勇者になれたのは、体に刻まれた幻獣紋によるものだった。けれど僕はこの力を恐れていた。
僕は紋様が刻まれている自分の胸に手を当て、衣服を掴み固く握りしめていた。
城の階段を駆け上がり、巨大な扉があったと思われる瓦礫の前で立ち止まる。
どうやらさっき見た光線は、この中から放たれたらしい。そしてそこは城の最上階で、魔王がいると思われる広間の前だった。
中がどうなっているか予想できないが、ここまで来て立ち止まるわけにいかず、扉が吹き飛ばされて出来た穴まで近づく。
広間の中を影から
まさかの魔王が倒されているのを見て、僕たちは
まず目に付くのは白い服を来た長い金髪の女性だった。彼女はこちらから背を向け、魔王の亡骸を覗き込んでいる。
そしてまわりの男女は紺色で統一された軍服らしき物を着て、短い筒や長い板に取っ手を取り付けたような物を手に持っていた。
剣や槍といった物が見えない。ひょっとしてあれが武器なのか? あれで魔王を倒したのか?
そして僕は更に不可解な事に気づいた。彼らに獣人の特徴である獣の耳も、角も尻尾も見当たらない。
どういう事だ? 獣人に見えない――まさか『人間』!? 100年以上前に滅んだのに何故!?
そんな事を考えていた僕は後ろから物音を聞いた。振り向くといつの間にかパウリーネが側に近づいていた。どうやら黙っている僕の様子を伺おうとしたらしい。
そして彼女が立てた物音から、広間にいた人間たちがこちらに気づいてしまった。
広間にいた人間たちは持っていた武器らしき物を構え、広間の出入り口に向かって何やら叫ぶ。
その言葉は僕たちが聞いたことがない言葉であり、理解ができなかった。
ロベルトさんはじっとしているのは不味いと判断したのか、剣を抜き広間に突入した。
けど相手が持っていた筒みたいな物が火を吹き爆ぜた音が出ると、ロベルトさんの足元の床の一部が欠ける。
それを見たロベルトさんは何が起こったのかわからず足を止めてしまう。
遅れて突入した僕と兵士たちもその様子を見て止まってしまった。
軍服集団は武器を構え、何か叫んでいるが僕達は言葉がわからず困惑するばかりだった。
そこに奥にいた白い服の女性が振り返り、手振りで仲間を制止した。
その女性は長く流れるような金髪に、同じ金色の瞳、自信に
彼女が着ていたのは首からつま先まですっぽり入る、白色のボディスーツで金色のラインが入っていた。
体のラインをくっきり表す服装で、しなやかな体つきで出るとこは出て、特に大きくたわわな胸部をはっきり見た僕は顔を赤くしてしまう。
ふと横にいたパウリーネを見ると、見たこともない顔で僕を睨んでいた。
僕は顔色が赤から青に変わり、思わず目を逸らしてしまう。
警戒している僕達の前に出た金髪女性は微笑み、話しかける。
「安心して。部下が警戒して銃を向けてしまったけど戦うつもりはないわ。……私の言葉はわかるよね?」
女性は僕達の使う言語で話しかける。一瞬驚くが、彼女の言葉に頷いた。
すると彼女は後方にいた部下に何やら話し、彼らは丸い耳当てのような物を取り出し耳に着ける。
「彼等にあなた達の言葉を理解できるよう翻訳機を取り付けてもらったわ。これで彼らもあなた達と会話できるはずよ」
確かに彼らは僕達の言葉を話せるようになった。その事にまたも驚く。
「な、何なんだお前達は? 奇妙な武器を持って怪しい奴らめ。名を名乗れ!」
「随分と偉そうだな? さっきまでビビって身動きが取れなかったクセに?」
「何だと!?」
「落ち着きなさいロベルト」
「もぉマルコ。ケンカしないでよ」
ロベルトさんが威勢を張るが、一際長い筒の武器を持ったマルコという黒髪の男にからかわれ激昂する。
パウリーネと金髪の女性は互いに部下を注意してケンカを止めた。パウリーネはロベルトさんの前に出て会釈しながら優雅に自己紹介する。
「部下が失礼いたしました。
「皇女様であられましたか。これはご丁寧に……オウジョサマ?」
パウリーネが皇女ときいた金髪の女性は振り返り、もう動かない魔王を見て、恐る恐る視線を戻し質問する。
「あの……つかぬ事をお聞きしますが……もしかして後ろの巨人があなたのお父君だったりします?」
ブーッ‼
吹いた。彼女以外の軍服集団が全員吹いてしまった。
一瞬何を言ってるのか分からなくて呆けてしまった僕たちだったが、パウリーネはすぐに気を持ち直し全力で否定する。
「ちっ違います! あれは魔王でむしろ敵です‼」
「ご、ごめんなさい。あいつ玉座に座って偉そうにしてたから、倒した後にオウジョサマが現れたからまさかと思って」
いやだからってパウリーネと魔王を親子って勘違いするのはどうなの?
似ても似つかないじゃん。
激昂した彼女に少したじろいてしまう女性だったが、気を取り直し今度は彼女の自己紹介が始まる。
「こほん、私はヘルタ・シュバルツシルト。OCMM軍部治安課所属の兵士です」
「オーシーエムエム?」
「おいヘルタ!」
聞いたことがない単語が出てきて間抜けなオウム返しをしてしまう。
そして側にいたマルコはヘルタを制止しようと声を荒げる。だが彼女は構わず言葉を続けた。
「聞いた事が無くて当然です。私達はこの世界とは違う世界から来たんですから」
……一体何を言ってるんだ彼女は?
聞いた僕は一瞬言っている意味が分からず、僕の耳がおかしくなってしまったのかと疑った。
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