第三話

――この世界に、創造神プロティアが生み出したもの。

 それは、「人間」と「龍」、そして「魔法」。



 原初の時代、時を同じくして生み出された人間と龍の歴史は古い。

 彼らは、神々によって創られし世界を互いに支えながら生き、発展させてきた。

 共存する二つの種族。人間が指示を出し、龍がそれをうけて仕事をする。

 そこには主従関係などなく、ただ対等な種族同士として共存していた。そしてそれが、プロティアの望みだった。

 ――しかしそれは、原初の時代の話。

 人間が知識を、技術を得ていくことで、住居や工場――いわば人間の領地――が拡大していった。

 力を得た人間は、やがて龍の力を必要としなくなった。

 対して龍は、次第に住処を追われていき、いつしか森に住み着いていた。レイトの住む街、「エイリス」にある「ベティル大森林」にも多くの龍がいる。

 そうして、重なっていた二つの道は分かたれることとなった。



 人間と龍の隔絶状態は今も続いているが、決して敵対しているわけではない。むしろ、一部の人々は、未だに龍との友好関係を保っている。

 それが今でいう「龍宿」の人々。

 彼らは龍を使役し、生涯のパートナーとする。「龍宿」を営む家はあまり多くないが、それでも市民はそのような場所を通じて龍の恩恵をうけることができる。「龍宿」がなくならないのがその証拠だろう。

 「龍宿」が国全体に広まったのは、レイトが生まれる少し前だ。

 その頃は国内のあちこちで、いくつかの隣国と戦争が起こっていた。なかでも最も大きかった戦争でのこと。

 長引く戦争による経済難と市民の不安を抱えていたこの国は、早期の決着を望んでいた。

 しかし、ここで退いては面目が立たないということで、国のお偉方がなかなか行動せず、泥沼の状況が変わることはなかった。

 あるとき、森林地帯で戦争をしていた部隊の指揮官が、国の命令ではなく自身の裁量で、とある指示を出した。

 それは、この戦争に龍を投入する、というものだった。

 このとき人間が力を借りようとしたのは、戦地となっていた森林地帯に慣れている個体が望ましいとして、「緑龍」だった。

 龍を使役していた近くの「龍宿」から緑龍を借り、龍と人間の混成部隊が戦地に派遣された。

 龍という味方を得た人間は、瞬く間に、とはいえないものの敵を打ち倒していき、戦争に勝利した。

 その事実は一瞬にして他部隊に広まり、民衆の耳にも届いた。戦争の勝利を喜ぶと同時に、国民全員が、否が応でも龍の有用性を認識させられたのだった。

 この一連の出来事をきっかけに、人間は再び龍との共存を望むようになった。

 現在も、少しずつではあるが、人間と龍が関わる機会が増えてきている。

 それが、レイトやリアが生まれたときの、二つの種族の関係。



 話が長くなったが、プロティアが生み出した「魔法」も人間、ないし世界に多大な影響を及ぼした。

 しかし現在、魔法については分かっていないことがあまりにも多い。

 「魔法」とは、であるからだ。

 魔法を使う際には、詠唱と、魔法を使うための媒介が必要になる。

 それら二つが揃ったとき、はじめて神の力を借りて「魔法」を発生させることができる。

 この世界に存在する全ての魔法は大きく分けて二種類ある。

 ――「神力魔法」と「特異魔法」。

 神力魔法には、確認されている限りで五つの系統がある。

 炎魔法。起源神であるヴィオシスとヘーメテスから生まれた炎神、『ブロウ』の力を借りる。媒介として、杖を必要とする。

 水魔法。同じく起源神から生まれた水神、『リザイエス』の力を借りる。媒介として、

 雷魔法。同じく起源神から生まれた雷神、『フォルノア』の力を借りる。媒介として、

 自然魔法。炎神ブロウと水神、から生まれた、『』の力を借りる。媒介として、

 再生魔法。起源神ヘーメテスの力を借りる。媒介として、水晶を必要とする。

 これら五つの神力魔法の下には更に細かい分類があり、全体としては五十ほど存在するといわれている。

 しかし、この世界には「神力魔法」だけでなく、「特異魔法」も存在する。

 原初の時代、人間が生み出された頃は、この五つの神力魔法しかなかった。それは、神力魔法が生活の安定と平和の維持のために使われてほしい、というプロティアの願いの現れなのだろう。

 やがて時が進むにつれ、神力魔法に属さない魔法の使い手が少しずつ現れてきた。

 ――それが、「特異魔法」。

 神力魔法とはかけ離れた力を持つ、まさに特異な魔法。

 現在までに確認された特異魔法は、いずれも一度の行使で街を滅ぼしかねない、と噂されるほどに強力なものだった。

 レイトの母が子供だった頃には、死者を呼び覚ます「召霊」の特異魔法をもつ者が隣国にいたのだという。

 そんな特異魔法だが、神力魔法とは大きく異なる特徴が一つある。

 それは、「習得できない」ことだ。

 大抵の人間は、正しい指導をうければ、威力は別として神力魔法を使えるようになる。具体的には、指導者が詠唱と魔法を使う際のイメージを教え、媒介を与えるのだ。そして一か月ほどの練習を積めば、晴れて中級の神力魔法師となる。

 対して特異魔法は、そのステップを踏んでも他人に使わせることはできない。

 特異魔法を使える者が現れるたびに、国の人間はその特異魔法の研究に躍起になる。無論、そこに当人の意思はない。国家戦力となる魔法師の保護という名目で、国が支配してしまうのだ。

 それはどうなのかという一部魔法師からの反発はあるものの、研究自体は真面目に、適切に、そして必死に行われている。

 だが毎度毎度、研究の結果は芳しくない。

 特異魔法を複製、ないし当人以外に使わせることはおろか、その性質や仕組みすら知ることができないのだ。

 結局分かるのは、その特異魔法が引き起こす事象のみ、という何とも無意味な研究となる。それでも未だに研究を止めないのは、四方を大国に囲まれたこの国の、戦力のひっ迫を顕著に表している。

 特異魔法師は、現在も国の支配下にある。不遇な環境の中にいる彼らに関するある情報が、最近伝えられた。

 一人の特異魔法師が結婚し子供を授かったというのだ。

 その情報は、国の研究者にとどまらず民衆にまで、衝撃を与えた。

 なぜなら――。

 「ついに特異魔法師が産まれるのではないか」という憶測が、容易にも多くの人間に立ったからだ。

 ――しかし。

 産まれたのは、ただの平凡な子供だった。成長し五歳を迎えても、やはり特異魔法は使えなかった。

 つまるところ特異魔法というものは、産まれたときからもっていないと使えない魔法なのだ。

 ところで、特異魔法には種類がなく、その力は多種多様だ。一体いくつの魔法があるのか、それは誰も知り得ない。

 共通しているのは、どれも神力魔法とは比べ物にならないほど強力かつ唯一無二ということ。

 ただ、特徴について分かっていることが一つある。

――ほとんどすべての特異魔法師が、高い「聖力」の持ち主なのだ。

 「魔力」と「聖力」。それは、この世界に生きるすべての動物が生まれながらにしてもつ、内に秘めた力。

 「魔力」――それは

 魔法を様々な形に変化させ放つのに要するのが「魔力」。

 魔法の隠蔽や感知、或いは長時間の行使や複雑な魔法の行使。

 そのような面においての魔法技能を「魔力」という。

 一方、「聖力」は「魔力」と正反対だ。

 「聖力」は、単純に魔法の強力さを指す。

「聖力」が高い、というのは、扱いはともかく威力はある、という捉え方になる。

 誰もが魔力と聖力をもち、神から与えられし「魔法」を使うこの世界。

 しかし、現在――。


「……アル・アステリア!!」


 ――何も起こらない。ただ、木の葉が風に揺られているだけ。

 リアが唱えたのは、自然魔法の呪文だ。

 自然魔法「アル・アステリア」は、自然神、がもつ主な三つの力のうち最も高等な力を借りる。あらゆる植物の一切をコントロールする、という力がある。

 昔もリアは、よく魔法の制御に失敗してツタに巻かれてたっけな……などと思っていると。


「レイトっ、やっぱりダメだよ~~! どうすればいいの!?」

「そんなの俺が聞きたい……」


 時は少し遡る。

 今日、レイトとリアの二人はベティル大森林に来ていた。

 目的はもちろん、昨日リアが話していた子龍の弔いだ。ベティル大森林にはいくつもの墓地があり、そのうちの一つ、最奥の墓地に子龍の墓がある。

 人の足でつくられた細く長い道をぐねぐね進んでようやく辿り着いたのが、今から一時間ほど前のことだ。

 そして現在。どういうわけか、照り付ける太陽の下で汗を流して、二人で試行錯誤している。


「リアってば、迷子の子龍を追って自分まで迷子になるんだもんな……」

「うっ……! そ、それはあの子があんまりにも綺麗な色をしてたから……」

「ハイハイ、言い訳しない! 黙って足動かして、さっさとここを出る!」

「もうっ、暑いよ誰かたすけて……。お腹すいた……!」

「俺も、もう無理……」


 ――そう、このベティル大森林という巨大迷路で、すっかり迷子になってしまったのだ。

 たとえ魔法があろうとも、一度迷ったら抜け出すのは容易ではない。

 ここには龍だけでなく、人を喰らう肉食動物、大木ほどの太さがある蛇、血にまみれた大熊がはびこっている。

 ――いや、使現在、抜け出すのは不可能に等しい。

◇          ◇          ◇


 人間界から遠く離れた天界。まばゆい光が漆黒の空を切り裂き、辺りに途轍もない爆風とエネルギーをもたらした。

 幾多の神々の最奥に浮かび指揮を執る神、ヴィオシスの目に映るのは、あらゆるものを飲み込まんとする毒々しい瘴気だ。

 その瘴気を纏っているのは、血走った眼をした、獅子のような頭と、赤黒い翼のついたミノタウロスのような胴体、そしてヘビのように長く太い、おどろおどろしい尾をもった異形としか言いようのない怪物――の大群。


「ヴィオシス様、我が聖なる炎でも奴らには効いておりませぬ!!」


 敵の怪物に魔法を放った炎神ブロウが、立ち込める煙の中でなおもこちらを睨む姿をその目に認め、切迫した声で叫ぶ。


「よい! そのまま足止めをしておけ、我が仕留めてくれる!!」


 空間からヴィオシスの両掌へ、薄く緑の光が流れ込んでいく。

 怪物はおぞましい口を開き涎を垂らして、死を与えんとヴィオシスに猛速で向かってくる。

 ――その前に。


「我らが創造神、プロティア様には近づかせまい!!」


 そう声高に叫ぶと同時に、魔法の準備が整い――

 全ての音が消え去る。


「メティ・エルスッッッ!!!」


 凄まじい爆音が響き、空気が猛ってビリビリと震え、一瞬にして世界が広く染まり――静寂。

 魔法を真正面から食らった怪物の大群は、しばらく硬直していたが、やがて頭の方から、ハラハラと灰のように消滅していった。

 神々から、おぉ、という声が漏れる。


「……まだ戦いは終わっておらぬ! あちらでヘーメテスが邪龍を迎え撃っている! 皆、援護に向かうのだ!」


 そう言い、他の神々を引き連れて再び宵闇の戦場へと向かう。


 ――いつまで。一体いつまで、こんなことが続くのだろうか?


 そんな嘆きの声を胸の裡であげながら、ヘーメテスと相対している怪物の軍勢へと突っ込む。

 それに気づいた数体が、鬨の声をあげながら狂ったように迫る。

 ヴィオシスは膨大な聖力の魔法を放ち、ときに取っ組み合って、一体、また一体と、修羅のように敵を屠っていく。

 だが、終わりは見えない。


 誰かが、こんな世界を壊してくれないだろうか――と、神であるはずのヴィオシス自身が強く願う。

 魔法、剣、爪、牙。

 放って、防がれて、また放つ。

 斬って、斬られて、斬り返す。

 それは紛れもない、神の戦争。

 神界戦争「ブレイズ」は、今なお終結することなく。

 神々の咆哮は光となって降り注ぎ、人間界で星のように煌めいている。

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