世界は、この手で壊すから。―神なき世界を生きる者―

夕白颯汰

第一話

――世界は、創造神プロティアによって創られた。




 原初の神とよばれる三柱の神。


 女神であり創造神、プロティア。


 男神であり起源神、ヴィオシス。


 女神であり起源神、ヘーメテス。




 原初の神は、下界に自然と人間を創り文明を与えた。


 やがて、ヴィオシスとヘーメテスが結ばれ、三柱の神を産んだ。




 秩序の神、ソフィレン。


 時間の神、ケノルシス。


 そして、終焉の神、オリュゲス。




 また、神々は、下界の全てのものを神が司るようにするために、次々と神を産んだ。




 人間は文明を発展させ、五世紀ほどの間、安泰な時代となった。


 しかし、長くは続かなかった。


 世界が破滅へと動き始めたのは、その頃からだった。


 終焉の神オリュゲスが他の神々を倒し、力を取り込み始めたのだ。


 オリュゲスは、神々に戦争を仕掛け、世界を我が物にしようとした。


 これに対し神々は、オリュゲスの暴挙を止めようとこれを迎え撃つ。


 


 ここに、神界戦争「ブレイズ」が始まる。




 オリュゲスは、人間を滅ぼすため下界に怪物をつくり出した。


 このときにつくり出された、オリュゲスの力をもつ人間「ヴィラ」によって、世界の「崩壊」が始まった。下界では、「ヴィラ」の力により次々と人間が殺されていった。


 やがて、「崩壊」に耐えて残った人間、即ちこの世界に存在する全ての人間は、一万人のみとなった。


 神界では、オリュゲスの使う闇の力が神々をも圧倒し、次々と神が消えていった。


 最後まで戦ったプロティアも、その力に抗うことは困難だった。


 ――ついに、存在ごと消失しようというとき。


 プロティアは、持てる全ての力を使って、オリュゲスに封印をかけた。


 さらに、世界を生み出された怪物から守るために、生き残っていた一万人の人間に力と加護を与えたのだった。


 彼らは、世界を守るために、命をかけて戦うことを選んだ。




 そして、一人の少年の、世界を壊す旅が始まった。




◇           ◇          ◇




 ドアを開けて外に出ると、大きな白い龍と強い風が、レイトの前を駆け抜けていった。


 その龍は、道行く人々の頭上を颯爽と飛び、やがて上昇して見えなくなった。




「……レイト!」


「うわっ」




 レイトはいきなりかけられた声に驚いて、飛び上がった。


 見ると、レイトの顔からわずか五cmほどのところに、少女の顔があった。


 レイトにとって、親の顔ほどに見た顔だった。




「おはよう、レイト!ねえねえ、あの龍ってもしかして昨日治療してあげたやつかな?もう元気になったんだね!」




 花の咲いたような笑顔とともに、子供っぽさのある声でレイトに話しかけた少女は、名をリアという。


 リアは、レイトの幼き頃からの友達である。


 二人の家は、ここアルフィーレ通りに面しており、お互い歩いて数秒の距離だ。


 リアの家は、「龍宿」とよばれる、龍の治療や保護、ときには指導を行う仕事を家業としている。


 レイトが初めてリアの家の「龍宿」に行ったのは、五、六歳の小さいときだ。


 その頃、レイトには母親にもらった子龍がいた。


 まだ犬ほどの大きさの、青色の表皮と藍色の目をもつ龍だった。


 ある日、その子龍は、レイトが目をはなしている隙に家から出てしまった。


 それに気がついたときには既に遅く、子龍は通りの下――べティル大森林の方向へ飛んでいっていた。


 レイトは強い焦りと後悔を覚えながらも、慌てて子龍のあとを追った。


 母親がくれた子龍を、大事に育てなくてはならないと常々思っていたレイトには、子龍を失うことだけは絶対に嫌だった。


 しかし、所詮は一人の子供。


 子龍を見つけることはできず、無情にも日は落ちてしまった。


 とぼとぼと家に帰り、布団の中で一晩中泣いたのだった。


 翌日、子龍のいなくなった家で、鬱な気持ちになりながらドアを開けると。


 ――そこには、血を流し震えている小さな生き物がいた。


 その血でレンガの地面を染める、丸くなった何か。


 見紛うことはなかった。それは昨日消えた、レイトの子龍だとすぐに分かった。


 子龍が逃げていった方向は、怪物や野蛮な龍が多く潜むべティル大森林だった。


 そんなところに一匹で迷い込んで、無事でいられるはずがないのだ。


 子龍が帰ってきたことに安堵できるはずもなく、抱え上げて「龍宿」に走った。息を切らして、短い足で駆けたことを、レイトは今も覚えている。


 あやふやな記憶を頼りに、十数分で一つの「龍宿」に辿り着いた。


 その「龍宿」は、リアの家が営んでいるものだった。


 仕事を手伝っていたリアは、汗を流し肩で息をしている僕を見ると、すぐに駆け寄ってきた。


 動揺と心配の滲んだ声で、リアは言った。




「ねえ、君! 大丈夫? どうしたの?」


「りゅ、龍が……」




 酸素の足りない小さい体で、なんとか答えた。


 それを聞いたリアは、レイトがなにか小さいものを抱えているのに気づいた。


 青い表皮を、ドロドロとした血で染められているその生き物。


 一瞬して、それが何であるのかにも気づいた。


 大きな茶色の瞳をさらに大きく開いて固まっていたが、流石は家業を手伝う者、すぐに行動を起こした。




「もう大丈夫。任せて」




 先ほどとは違って、声には自信が滲んでいて心強さがあった。


 思えば、レイトが彼女と話したのはそれが初めてだった。


 結果、その子龍の命は助かった。


 しかし、龍としての命は絶たれたに等しかった。


 リアの父親による懸命な治療でも、ひしゃげた翼をもとに戻すことはできなかった。


 飛べない龍。


 それがこの世界を生きていくのは、あまりにも過酷だ。


 だからレイトは、子龍の命を人間の手で終わらせる、と決断した。


 しばらくして、子龍はリアの家の「龍宿」で、魔法によりその小さな心臓を止めた。


 子龍の最期を見届けるために来ていたレイトは、終始すすり泣いていた。


 そんなレイトに、リアはいつまでも寄り添っていた。こぼれる涙が枯れるまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る