敵に突っ込み続けるプロゲーマー、転生してもWキーを押し続ける

@aizawa_138

第1話 プロゲーマー

「裏から敵来てる!」

「全員削ってるから胴体どうたいでも倒せる」


 煌々と光るスクリーンを前にたくさんの指示が飛び交う。俺は汗の吹き出す手でマウスを握りしめる。


「時間稼げばこのラウンド取れるぞ」

「みんな、落ち着けよ」


 俺はまばたき一つせず、まぶしい画面に目をらす。


 俺は世界中で人気の爆弾解除FPSゲーム、『BAROLANT』のプロゲーマーをしている。ライトという名義で活動し、昨年チームを全国大会優勝にまで導いたプレイヤーだ。チーム内での役割はガンガン前で戦う戦闘役のデュエリスト、サッカーでいうところのストライカーだ。こういった役割であるためか、俺には悪いくせがある──。


「俺が全部倒してくる」

「おい、ライトやめろ!」

「また突っ込むな!」


 そう、敵を多く倒したいというエゴが出てしまうのだ。敵に爆弾を解除されてしまったら全国大会の予選敗退となってしまうこの場面にもかかわらず、俺の敵を倒したい欲はに出てしまう。チームメイトの言葉が俺の耳に入ってくる前に俺はキーボードのWキー、つまり前へと進むボタンを押していた。


 ドドドド!!


「や、やばい……!」


 壁の奥から飛び出して敵を打ち倒そうとするも、三人に集中砲火される。俺の操作するキャラクターは敵に一発も弾を当てることなく倒れこむ。状況は人数イーブンの三対三。俺が倒されたことを皮切りに敵は一気に味方に向かって走りこんでくる。


 ドドドド!


「くそ!」

「……っ!」


 時間を稼ぐ暇を与えられることなく、チームメイトは撃ち取られていく。三対一の人数有利になった相手は人数の差を生かして残されたチームメイトを挟み込んで攻撃してくる。


 ドドン!


『ディフェンダー側の勝利です』


 試合結果を告げるゲーム内の音声とともに、画面に大きく「敗北」の二文字が映し出される。マウスを握りしめていた手の力はゆっくりと抜け、体の重みはクッション性のあるゲーミングチェアに沈み込む。チームメイトとつないだ通話にはしばらくの間沈黙が流れる。


「……二連覇するって言ったのに全国予選敗退かよ」


 チームメイトの一人であるFlyがぽつりと涙交じりにつぶやく。俺らのチームはインターネット上で今年の優勝候補として名を連ねていた。予選で無名のチームに敗れる結果に終わったことを誰も受け入れたくない。


「……ごめん、俺が勝手に突っ込むから」

「勝手に突っ込んで何ラウンド落とすんだよ!」


 通話内でFlyが声を荒げる。俺に反論できる余地もなく、顔をうつむかせて使い古されたキーボードのWASDキーを手でそっとでる。


「反省会で改善点を話し合うからとりあえず、誰が悪いのか詮索するのはやめろよな。それじゃ、今日は解散で」


 コーチがそう言い残して通話から退出すると、それに続いて次々と無言で退出していく。最終的に俺とFlyだけが通話に残る。


「……ちっ」


 Flyは小さく舌打ちをすると、通話を退出していく。俺はヘッドホンを机の上に置き、ゲーミングチェアにもたれて呆然ぼうぜんと天井をながめる。


「……また俺のせいで負けたんだ」


 決して、今回だけ俺のせいで負けたのではない。以前から俺が敵に突っ込み過ぎてラウンドを落とすことについてコーチから指摘されていた。一時期は世界のトップチームとも互角に渡り合えると言われていた俺らのチームが予想外の結末を迎えることになったのだ。世間の期待を裏切らせた張本人である俺に負けた責任が重くのしかかってくる。ゲーミングチェアにぐったりと座ったまま試合結果を報告しようとSNSを開くと、Flyの投稿とうこうが目に入ってくる。


『俺らのチームのライトとかいうやつがトロールで負けたわ』


 百、五百、千といいね数が一瞬にして増えていく。俺は恐る恐る投稿とうこうに対するリプライ欄を開く。


『だよなw俺もトロールだと思ってた』

『早くデュエリスト変えた方がいいよ』

『Flyさんめっちゃ上手いのにあいつが全部台無しにしてる』



『『『ライトなんか死ねばいいのに』』』



 自分を取り囲むゲーミングデバイスからり返し同じ言葉をささやかれるように、脳がぐわんぐわんと揺れる。気づけば、脈が急激に速くなっていた。俺は深呼吸をして息を整えながらスマホを切って机の上に置く。


 ピロン


 スマホに通知が来た音がする。俺は一息吐いてスマホに手を伸ばして通知を確認する。


『ライトってトロールなの?』


 俺の呼吸が再び乱れていく。俺はスマホを閉じようと──


 ピロンピロンピロピロピロピロピピピピ


 けたたましいほどの通知がスマホに届く。画面を消してもそれが収まることはない。怖くなった俺はスマホを床に放り投げてしまう。スマホが床を打ってスクリーンの割れる音なんかは気にせず、あわてて家の外へ出る。

 暖房の効いた部屋に半袖はんそででいた俺にとって夜遅くの冬の風は肌に痛く突き刺さる。しかし、家に戻ってパーカーを羽織はおる気にはなれず、点々と配置された街灯を頼りに夜の住宅街を徘徊はいかいする。日曜日の九時ということもあり家でくつろいでいる人が多いのか、外には誰も見当たらない。


「……寒いな」


 まだ五分程度しか歩いていないのだろうが、すでに体が冷え切っていた。体をふるわせながら手に白い息を吐いて手を擦り合わせる。俺は明かりのともるコンビニを見つけて入店する。暗い夜の時間帯ということもあり、店の中には俺と店員しかいない。俺はビール缶を商品棚しょうひんだなから手に取って、レジへ持っていく。


「二二四円です」


 俺はポケットの中でじゃらじゃらと小銭のぶつかる音を立てながらちょうどの値段を出す。


「ありがとうございました」


 店員の元気のない声を背に俺はコンビニをのそのそと歩いて出て行く。店を出てすぐに缶を開けてぐっとかたむける。


「……はあ」


 ビール缶から口を離して溜息ためいきを吐くと、同時にストレスが体から抜けていく。缶を傾ける勢いは止まらず、ぐびぐびと喉に流し込んでいく。


「……やっぱ酒だわ」


 重圧からのがれるやけ酒をしたせいかものの数分で缶は空になった。俺はコンビニ内の空き缶用のごみ箱に缶を投げ入れて、また歩き始める。一気に飲んでしまったせいか足元はおぼつかない。コンビニの敷地内しきちないを出ると、急に右頬みぎほおが明るく照らされる。


 俺は右をふと見ると、眩しいトラックのヘッドライトが目に飛び込んでくる。運転手はクラクションを鳴らすも俺とトラックの距離はわずか数メートル、避けられるはずもなかった。

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