私の世界を覆す魔法

岩村亮

第1話

 ***


「それ、魔法の力ね。菜乃ちゃん」


 過去の私が抱き続けた問いに、開口一番で浮世離れした答えを返したのは、真喜叔母さんだった。今から二年ほど前の話になる。


 中学二年生に上がったばかりの私に、ある日些細な変化が訪れた。

 元々、私は明るい性格をしていた。天真爛漫で、元気いっぱいな子。それが私の人柄に対する評価で、「菜乃がいると空気が良くなるよ」と言われることも多々あった。それがある日を境にして、どうにもその現象が顕著に現れるようになったのだ。暗かった空気のところも、私が足を運ぶだけで、いや意識を向けるだけで空気が晴れ渡っていく。


 私の勘違いだけでは済ませなくなった時、お母さんに相談したら、隣町に住んでいる真喜さんを紹介してくれたのだ。お母さん曰く、真喜さんは現実では考えられないような超常的な現象に詳しいらしく、手に職として生計を立てるほどだそうだ。


「そっか。菜乃ちゃんも、使えるようになったのね」


 机に頬杖をつく仕草と優しい声音は、どこか感慨深く感じられた。


「も、ってことは、真喜さんも使えるの?」

「そ。代々うちの家系は魔法が使えるみたいでね。全員が目覚めるわけではないけど、数世代に一人の確率で現れるらしいの」

「ねぇねぇ。魔法って、なに?」


 目を輝かせながら、私は根本的なことを問いかけた。


「そうね。使う個人によっても、世代によっても異なるから、一概にこうだとは言えないわ。多分、私と菜乃ちゃんが使う魔法も違う。話を聞く限り、菜乃ちゃんは、人の心に働きかける魔法。伝播、と表現してもいいかもね。心のエネルギーを、伝播し合うことが出来る。でもね、私の魔法はこれ。物理的に働きかけるの」


 言いつつ、真喜さんは隣に置いてあった観葉植物に手を触れた。すると、観葉植物の葉っぱから、花が芽吹いた。瞬く間に生じた変化に、「わぁ」と思わず息を漏らした。


「だから、菜乃ちゃんが自分で伝播という魔法の使い方を見出さなければいけないの。でも、ひとつだけ言えることは、魔法は敏感で、些細なことでも使用する時に影響しちゃうということね」

「些細なこと?」

「たとえば、その時の気分だったり、周りの人の波長や、使う場所、天候なんかにも影響される可能性があるの。まぁ、そこらへんは訓練次第で、どうとでもなるんだけどね」


 真喜さんの説明は、この時初めて魔法という存在が自分の身で起こっていることを認識した私にとって、とても難しく思えた。私は少しだけ頭を悩ませた。けれど、私の悩みを振り払うように、真喜さんは笑みを浮かべると、


「菜乃ちゃんなら、いい魔法使いになれるわよ」


 私の頭にポンと手を置いてそう言った。不思議だった。真喜さんの言葉は、素直に信じられる気がした。


「いい魔法使いは、自分のために魔法を使うんじゃなくて人のために魔法を使うの。それだけ忘れなければ大丈夫」

「うんっ!」


 真喜さんの言葉を純粋に受け止めた私は、それから自分の魔法を私利私欲のために使ったことは一度もなかった。いつも使うときは、誰かのため。私の魔法の影響を受けた人は、大体プラスのエネルギーが増幅される。


 私は多くの同級生から人気があった。呼ばれれば、すぐに駆け寄った。当然、魔法が使えることは大っぴらに言うことはしない。


 こっそりと、さり気なく、誰かの気持ちを盛り上げる。

 そのことを信条にして、魔法を使う歳月が過ぎた。


 そして、高校生という立場に変わり、私は魔法と上手く共存しながら生きるようになっていた。私が魔法使いだということを誰にも知られることなく、信条を貫きながら生活を送った。友達にも恵まれ、もう少しで高校生活の一年間も終わりに差し掛かろうとしていた。時の経過は、恐ろしいほどに早い。


 今日も誰かの役に立つのなら惜しみなく魔法を使おうと、校舎の中を意気込んで歩いていると、


「おはよーっ、菜乃」


 私が魔法を使えることを唯一知っている一般人、千宙に声を掛けられた。


 千宙は幼い頃から家族同然に一緒に過ごして来た幼馴染の男の子だ。外見だけを見ればイケメンに該当する容姿で、多くの女生徒から人気があるのだが、だらしないというか抜けているところが多い。運動も勉強も、平均。纏う雰囲気は、柳のように静か。なかなか掴みどころがないのが、千宙という人間だ。

 だけど、私の千宙に対する評価は、周りと違う。


「おはよ、ってもうすぐ昼休みなんだけど……」


 私は嘆息しつつ、言葉を返した。千宙は、「あ、そっか。どうりで腹減ってるわけだ」とのんびりとしている。


 そう。基本的に何も考えていない能天気な人間だ、というのが幼馴染である私が千宙に抱く印象だ。だからこそ、気負うことなく接することが出来るわけだけど。


「それで、何か用でもあったの?」

「あ、そうそう。菜乃の魔法って、どんななんだっけ?」


 私の魔法は、伝播。自分の感情を相手に伝え、そこから切り替えることが出来るみたいだ。たとえば否定的な感情を抱いている人に魔法を使えば、私の肯定的な感情を伝えることが出来る。肯定的な感情を抱いている人には、更にその感情を爆発させて上げることが出来る。真喜さんの言っていた通り、使っていく内に要領を掴むようになって、実態を把握することが出来た。言葉にすることにも、躊躇いはない。


 このことを千宙に伝えるのは、何度目だろう。魔法が使えると知ったすぐ後、初めて千宙に言った時はドキドキしていたのだが、今はそんな感情は湧かない。

 私の説明を聞いた千宙は、「そうだそうだ」と本当に理解しているか分からないように頷く。得た情報を右から左へと受け流す千宙には、そもそも魔法という概念が難しいのかもしれない。


「うん、やっぱ菜乃らしい魔法だよね。菜乃がいるだけで、周りが明るくなるもん」


 そして、自分の中で私の魔法について落とし込んだ千宙は、にこーっと笑いながら人を誉める言葉を真っ直ぐに口にした。油断していたところに、この真っ直ぐさはズルい。


「そっ、そんなことないよ!」


 私は照れ混じりに言うと、逃げるようにササッと千宙の前から離れた。結局、千宙が聞きたかったことを、ちゃんと聞けなかった。まさか私の魔法を確認するために、話しかけに来たわけでもないだろう――と思いつつ、千宙なら十分にあり得ることだと思い直す。


「……それよりも」


 昼休み前最後の授業である四限が始まる前に、一人でも多くの人の役に立とうと校舎を奔走するのだった。

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