第11話 『遺影』


 子どもの内は見えていても、大人になると見えなくなる事が多いって聞きます。

 でも僕は、その内に、見る事が増えていくだろうって言われたんです。

 亡くなった、祖父に。



 勤め先の事務所の所長が最近、亡くなりました。

 通院してるって話は聞いていましたけど、本人が病気ってほどの事じゃないって言っていたんです。

 ちょっとした持病だからって。

 社員に心配させまいと言っていたのか、本当にちょっとした持病が急激に悪化してしまったのか。

 それは、わかりません。

 ただ急な事だったので当然、事務所内は慌ただしくなって。

 通常業務も進まなくなり、平社員は本社から在宅勤務を命じられました。

 それでも、事務所へ置きっぱなしにしていた書類が必要になって、誰も居ない事務所へ行ったんです。

 他の企業の支店なんかも入っているオフィスビルの一角。

 数日振りに事務所の電気をつけると、

『おはよう』

 と、奥から声を掛けられて飛び上がりました。

 亡くなった所長が、いつもの所長席に座っていたんです。

 普通に、仕事している様子でした。

 1分間くらい僕は、立ち尽くしていたと思います。

 亡くなったはずの所長が、ちょっと薄ぼやけた姿で仕事をしているんです。

 仕事に未練があるのか、亡くなった事に気付いていないのか。

 面倒な仕事も所長自ら手本を見せるように動いていて、若い新人社員の面倒もよく見てくれる人でした。

 その所長が、幽霊になってまだ仕事をしていたんです。

 色んな思いが込み上げてしまって、僕が泣きべそをかいていたら、

『どうしたの。話、聞くよ』

 って。本当に良い上司なんですけど。

 もう、亡くなっているんです。

『ほら座って』

 と、椅子を進めてくれるので、僕は言われるままに座りました。

『困った事があったの?』

 聞かれて、僕は首を横に振りました。

 所長席の後ろの棚に、所長の遺影が置かれています。

 遺影を指差して、

「その写真、見えますか」

 と、聞いてみました。

『写真? あぁ、それか……僕の写真?』

 所長は振り返って写真を見上げると、苦笑いを見せました。

『君が置いたの?』

 僕は首を横に振って、

「所長の奥様が、少しの間、置いてやってくれって……」

 黒額縁に入れた遺影。

 生前の所長が、遺影にはこれを使ってくれと、冗談交じりに伝えてあったお気に入りの写真と聞いていました。

『……あれ?』

 卓上カレンダーに目を向け、社員の机が並ぶ誰も居ない事務所内も見回しながら、所長は首を傾げて苦笑していました。

『いつから、ここに座っていたかな。誰も、居ないね』

「本社から……自宅きんむ……」

 泣けてしまって、言葉が伝わったかわかりません。

『そうか。そうだった……いや、驚かせて、すまなかったね』

 フッと笑う声を残して、所長は姿を消してしまいました。

 それ以来、所長を見かけた事はありません。



 僕は、自分の身の回りで亡くなった人が見えるんです。

 これからも、また身近な人の死に触れる事はありますよね。

 亡くなった人に、また会いたいっていう気持ちもわかりますけど。

 年齢を重ねれば、身の回りで亡くなってしまう人も居ないはずはありません。

 僕は正直、気が重いです。

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