語る死体は樹の下に

雪味

語る死体は樹の下に

 ”桜の樹の下には死体が埋まっている”というのは有名な話だ。

 美しく咲く桜は、人間の死体を養分にして育ち、人の血で花弁を桃色に染める。そんな話が往々にしてある。


 ────広い桜並木、街路樹入口から三番目の桜には人の死体が埋まっている。


 やけに現実味を帯びたそんなうわさ話が、とある高校で広がった。


「もう! どうしてそうさくらは冷めてるのさ!」

「別に……どうせ誰かがからかうために流した噂でしょ」


 机で文庫本を開きながら応対するのは、長い黒髪に切れ長の目をもった少女、さくら。彼女に対して騒ぎながら噂を持ってやってきたのは、短い茶髪に小柄な体型の少女、橘だ。


「まぁまぁそう言わずに、今回私は特ダネを仕入れてきたのだよ」

「へぇ」と興味なさげにさくらがつぶやく。

「実はあの噂、裏付けがあるらしくてね。数年前にあの周辺で殺人事件が起きたらしいんだ」


 そこで、さくらは僅かだが眉をひそめた。逃すまいと橘が詰め寄る。


「気になる?」

「…………いいや、別に」

「じゃあ調査に行こう〜!」


 有無を言わさず、橘はさくらを放課後に連れ出した。学校帰りにある、広い桜並木。学校のある方角から見て三番目左側にある街路樹のソメイヨシノ。それが噂の“死体の埋まっている桜”だ。


「それで、事件ってどうやって調べるつもり?」

「実は、このあたりでおきた殺人事件、警察がガサ入れをしていないらしいんだよ」

「捜査されてないの? なんで?」

「殺人事件なんて起きてないからだよ」


 どんなトンチなんだ、とさくらはため息を吐いている。


「死体が見つかってもない、血痕もなにもない。けど、毎年春になると必ずこの桜の下には花束が添えられてるんだって。まるで哀悼のように」

「それだけで殺人事件ってのは飛躍しすぎじゃない?」

「いやいや、近隣住民も悲鳴を聞いたとか少女が歩いていたとか結構証言があるらしいんだ。でも、現場らしきところにはなにもないから警察もそんなことに対して本格的に動けないって話」


 くるりと橘が振り返ると、さくらの手を掴んで歩き出した。「じゃあ聞き込みだー!」と意気込みながら、”死体の埋まる桜”の謎を追いかけていく。


 □□□


 結果は上々だった。目撃情報がいくつか挙がり、有力なのは深夜に街路樹三番目の桜で二人の少女を見たという話だった。暗くてよく見えていなかったとのことだが、中学生くらいの背丈だったらしい。制服も着ていたとか。


「てことは、私達と同年代くらいの女の子が殺したってことになるねぇ」

「今から三年前……そうだね。当時の私達は中三か」


 唐突に、橘が「ねぇ」とはっきりとした声音でいった。


「死んだ女の子の殺され方、知ってる?」

「さぁ」

「心臓を一突きだったらしいよ。どこにも出てない情報だけどね」

「……なんでそんなことしってるの」

「さぁね」


 噂話が好きだからか。だとしても、なぜそんな情報を手に入れたのか。困惑するような表情で、さくらは固まってしまった。


「ところで、最近こんな噂話を聞いたんだよ。街路樹三番目の桜の下に、深夜中学生くらいの女の子の霊が現れるとか」

「幽霊なんて……」

「とりあえず、今晩行ってみようよ。行くだけならタダだし」


 返事を求めるような橘に、さくらは渋々と行った様子で首肯した。


 □□□


 深夜十一時、桜並木の街路樹三番目。さくらはなにも持たずにそこへ足を運んでいた。橘は親が寝ないので抜け出せずまだ向かえないらしい。


「……さくら?」


 その名前を呼んだのは──桜の樹の下の少女だった。背丈は中学生くらい。長い茶色の髪を夜桜の下になびかせている。制服も……さくらが通っていた中学と同じものだった。

 ──街路樹三番目の桜の幽霊。彼女が、現れたのだ。


「久しぶりだね……元気にしてた?」

「うん……」


 さくらは、穏やかに幽霊へと返事をする。


「それで──どうして私を殺したの?」


 どうしてさくらが少女を殺したのか? そんな、目の覚めるような幽霊の質問は、果たして彼女に届かなかった。


「え……あんた──誰?」


 全てを見抜いたような、厳しい視線をさくらは幽霊へと向けた。


「なんだ、バレたか」

「……聞いたことがある。あの人に妹がいるって。あんた──橘?」

「正解」


 そう言って、彼女はウィッグをとった。蔑むような視線があらわになる。


「やっぱり、噂に誘い出されてきたね」

「そりゃあね、もう一度あの人と話せる機会があるのなら、謝りたかったから」

「やっぱり、さくらなんだね。お姉ちゃんを殺したのは」


 桜の樹の下の死体──正体は、橘の姉だ。三年前に、さくらによって殺され埋められた少女。その妹が、殺人鬼の正体を浮かび上がらせた。


「どうして、わかったの?」

「警察が捜査をしてないってことは殺害方法だって判明してない。なのに、あなたは私と殺人犯しか知らない姉の殺され方を知っていた。……心臓を一突きって言ったとき、本当なの? って言うべきだったね」


 嘲笑しながら、橘はさくらを睨んだ。対して、落ち着き払った様子でさくらは受け止める。


「まぁ……顔が似てるとは思ってた。まさか、それを逆手に取られてここまで誘い出されるなんてね」

「あなたはリアリストだから。遠目から見て姉と同じ人影がなければ帰ってたでしょ?」

「まぁね」

「やっぱり。私が姉に似ていてよかったよ。亡者が生き返ったと錯覚して、まんまと間合いまで踏み込んできてくれた」


 彼女の手には、ナイフが握られていた。


「……なんで姉を殺したの」

「頼まれたから」


 にべもない態度に激昂し、橘がさくらを押し倒した。


「頼まれたら、人を殺すの?」

「あの人は、死ぬに足る理由があった」

「あんたも同じだろ」


 そう言って、橘はさくらの肩にナイフを刺した。刃渡りの三分の一。滲むように血が広がる。


「っ……嘘だと思うなら、その桜の樹の下を掘り返せばいい」

「わかった──あなたを埋めるときに掘るとするよ」


 躊躇うことなく、彼女はさくらの喉を切り裂いた。潤んだ瞳は濁り、血は乾いて骸になる。やけに大人しいさくらを怪訝な表情で見ていたが彼女の死を確信した橘は、遺言通り桜の樹の下を掘った。一通の手紙が出てきた。姉の筆跡だ。妹へ、と書かれている。死体ならぬ紙体が埋まっていたことにある種の安堵を抱きつつも、拭えない不安で震える手で手紙を持ち、読んだ。


『──私は親を殺して、埋めた。だから、罪人の私を親愛なる友人に殺してもらった。心臓を一突き。彼女には警察に捕まってほしくなかったから、死体の処理の仕方は教えた。偽装もしたし、警察が殺人現場として睨むならこの桜の木だ。……ごめんね、身勝手な姉で。でも、あなたが幸せになるにはこれしかなかった。あの親のいない、自由な世界を楽しんで』


 その手紙は、姉の告発だった。三年前より少し前のある日、両親が事故で死んだということが伝えられていた。当時の橘は姉の仕業だとは疑いもしなかったが、その時に彼女の手は汚れてしまったのだ。

 親殺し──穢れた姉と血のつながった妹だと思われてはいけない。

 妹の純潔を選んだ姉は、全てが露見する前に自ら死を願った。罪人である自分を裁いてほしいと、さくらにすがったのだろう。


「じゃあ……さくらは……」


 すでに冷たくなった彼女へ視線を向けた。

 ……彼女が殺人事件という単語を聞いたとき、露骨に反応があった。おそらく、その時点でこの手紙のことを伝えるつもりだったのだ。同時に、どんな理由があれ親友を手に掛けた罪に、赦しを、あるいは裁きを求めていたのだろう。

 それに思い至った橘は、その場で泣き崩れた。

 姉が守った純潔を、自らで穢したのだ。そんな自分を赦せなくなる。

 己が背負った罪に、橘の心は圧し潰れた。そんな彼女は──死を願った。


 □□□


 街路樹三番目の桜──年々美しく花開く桜の中でも一層美しい桜。死体が埋まると噂されているその桜は、殺人事件や自殺の噂も絶えないが、どれも未解決に終わっている。

 そんな街路樹三番目の桜には、新たな噂が生まれていた。


 ──時折、あの桜には死体を埋める鬼が現れる。


 ……だとか。悪鬼か吸血鬼か……はたまた殺人鬼か。罪を背負い裁きを望む鬼が、夜な夜な一匹死んで一匹埋められるらしい。


『あの人は、死ぬに足る理由があった』


 血染めの桜は穢れを吸い尽くす。埋まる死体の罪を舐め血を吸い、赦しを乞うものを土へ還す。

 罪悪の連鎖は樹の下に、咲き誇る花弁は死を覆う。

 影あるところに光あり。罪があって初めて清らかに咲き乱れる。

 穢れた罪人は、今日も死という浄化を願う。

 罪人埋まる街路樹三番目の桜──花言葉は、『清純』。

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