第12話 皇軍の柱/金剛将軍 蒼の剣聖 氷の智将
セイトに到着した日の翌日の正午
僕とビーチェは皇軍大将のルイジ・ブッフォン将軍の招待を受けて、馬車でブッフォン将軍の屋敷へ向かう。
僕とビーチェがサザンガルド・セイト政務所を出ると、入口でブッフォン家の執事ブルーノさんが馬車を用意して待っていた。
馬車へ近づいていくと、ブルーノさんが挨拶してくれた。
「朝は大変失礼いたしました。お迎えに上がりましたので、どうぞこちらへ」
そう案内するブルーノさん
僕が先に乗り込むと、ブルーノさんは執事らしくビーチェの手を取ろうとした。
馬車の乗車を補助しようとしたのだろう。
そうはさせない。
僕はすかさず、ビーチェの手を取り、乗車を補助した。
僕が急に手を出したので、ビーチェは少しびっくりしたが、僕の顔を見てニマニマしてご機嫌になった。
「これは大変失礼いたしました。ベアトリーチェ様の補助は不要でございましたね」
ブルーノさんが謝るように言う。
しかし表情は明るい。
「初い奴であろう?こういうところが可愛いのじゃよ」
「……さぁ行きましょうよ…」
少し恥ずかしいところを見せてしまったが、仕方ない。
そうして、僕らを乗せた馬車が出発した。
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馬車の中には、僕とビーチェとブルーノさんが乗っていて、僕とビーチェが進行方向を向いて座っていて、ブルーノさんがその対面に座っていた。
「さて、実は先ほどブッフォン家の屋敷にご案内すると申しましたが、予定が変わりまして、この馬車は『皇軍本部』へと向かっております」
「え!?そうなんですか?」
てっきりブッフォン将軍の屋敷で非公式に会う感じだと思った。
「『皇軍本部』か…見たことはあるが、入るのは初めてじゃのう…」
「ビーチェ知ってるの?」
「皇宮で舞踏会に出た時にちらっと見たくらいじゃよ。皇宮のすぐ隣にある青い巨大な基地が『皇軍本部』じゃ。ちなみに『陸軍本部』は赤く、『海軍本部』は白じゃ。各々の軍の象徴的色に合わせておるのじゃよ。ちなみに皇家、国の色は薄い紫じゃ。青と赤と白を混ぜ合わせた色になっているのじゃな」
「へぇー!そうなんだ!ビーチェは本当に物知りだね」
「いやはやそんなことはないぞ?これくらいは一般常識じゃて」
「……一般常識を知らない僕って…」
「まぁシリュウは僻地で暮らしていたから皇国軍と関わることがなかっただけじゃろうて。元気出してくりゃれ?」
ビーチェに励まされていると、ブルーノさんから生暖かい目で見られた。
「本当に仲がよろしいのですね。お館様から聞いてはおりましたが、本当に恋愛結婚なさるのですね」
「ええ、はい」
「サザンガルドとドラゴスピアの恋愛結婚は、華族社会に一石を投じるでしょう。昔ながらの政略結婚を推し進める風潮には、私も個人的にはどうかと思っておりますので」
「そうなんですか?」
「ええ。このセイトで執事業をやっておりますと、華族同士の繋がりを優先するあまり、個人の感情が蔑ろにされる現実を幾度となく目にしました。政略結婚を勧める側は、結婚する当人達を駒としてしか考えていない者が多く、辟易していました」
できる風執事のブルーノさんの口から意外な言葉が出た。
執事として長年働いてきた経験から、出た想いなのだろう。
「結婚の本質は当人達の合意です。若くして、その本質に至り、幸せそうなお二人には尊敬の念を覚えますよ」
「いやいや…そんな大したことでは…ただ僕はビーチェに惚れて、好きになってもらおうと頑張っただけです」
「ふふ…それが何より難しく、素晴らしいことなのですよ」
「…ありがとうございます」
見た目は凄く仕事ができる風で、冷静そうなブルーノさんだが、非常に人間味のある優しい方なんだと感じた。
「少し話が逸れてしまいました。ブッフォン家の屋敷ではなく、皇軍本部へお連れするには理由があります」
「何でしょう」
僕がブルーノさんへ聞く。
「面会いただくのは我が主大将ルイジ・ブッフォンだけではなく、中将ファビオ・ナバロ将軍と少将レア・ピンロ参謀も同席することとなりました。その都合でお三方が集われるには皇軍本部の方が都合が良いということで、皇軍本部への招待と相成りました」
「ほう!皇軍最強剣士の『蒼の剣聖』ファビオ・ナバロ将軍と皇軍の頭脳である『氷の智将』レア・ピンロ女史かや!凄いのう!皇軍の柱ではないかや!」
ビーチェがすらすらと名前と二つ名が出てくるが、僕にはピンとこなかった。
軍記物はじいちゃんが出てくる昔のものしか見なかったからなぁ。
最近の皇国軍の主要人物については、ほとんど知らなかった。
「…なんかそんな凄そうな人達に会うなんて緊張してきたな…というか何でいきなり皇軍トップクラスの人達と会うことになってるんだろう…僕は平兵士から頑張るつもりなんだけど…」
「御冗談をシリュウ殿。かのドラゴスピアを継ぐものを皇国軍が平兵士にて迎える訳はありません。『優秀な者には相応の地位を』、それが皇国の方針ですから」
「うぅ……なんか期待させるだけさせといて、お眼鏡に叶わなかったら申し訳ないなぁ…」
「……絶対にそんなことにはならぬから、心配するでないぞシリュウ」
ビーチェがそう言ってくれるが、僕は不安でいっぱいだった。
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皇軍本部 大将室
ここは皇軍の大将が執務を行う場所
大将が使用する大きな執務机のほかに、来訪用にソファーとローテーブルが設置されている。
そのソファーで向かい合うようにして座っているのは、皇軍の柱である2人
皇軍中将 『蒼の剣聖』ファビオ・ナバロ
皇軍少将 『氷の智将』レア・ピンロ
ソファーに座っている2人に対して、執務机の椅子から皇軍大将『金剛将軍』ルイジ・ブッフォンは話しかける。
「ファビオにレアよ。急に呼び出してすまないな」
「いえ、ブッフォン様が呼び出すなら相応の案件なのでしょう。問題ありません」
落ち着いた口調、空色の長髪、眼鏡を掛けているこの女性はレア・ピンロ少将
皇軍の参謀を務め、類まれなる情報収集能力と分析能力にて少将の位置に登りつめた智将である。
「……ブッフォン様に呼ばれるならすぐ馳せ参じるのが我が使命……」
腕を組み、鋭い眼光を携えた、青色の短髪、腰に2本の剣を帯剣しているこの男性はファビオ・ナバロ中将
皇軍最強の兵士であり、皇国軍全体においても最高戦力に挙げられる烈国士だ。
その剣技にて屠った敵兵は幾千人とも言われ、帝国及び王国が戦場にて皇国で最も警戒する男だ。
「はっはっは、皇軍を支える2大柱にそのように信頼されるのは、むず痒いぞ」
「……何をおっしゃいます。皇軍はブッフォン様という大黒柱で成り立っております」
「………その通り。ブッフォン様なくして皇軍は成り立つまい」
ブッフォンの謙虚な言いように、即座に否定に入る2人
2人はブッフォンを全面的に信頼していた。
その能力ではなく人柄に
「そんなことはないがなぁ。では今日呼んだ本題に入ろう。実は『抜擢』にて皇軍に入隊させたい人物がいるのでな。今日の昼過ぎにこの皇軍本部へ来ることになっている。その人物の入隊について2人にも見極めてもらいたいと思ってな」
ブッフォンが2人に今日呼んだ理由を説明した。
その説明に反応したのはレア・ピンロだ。
「……これは珍しいですね。ブッフォン様がわざわざ入隊させたい人物とは、どのような人物なのでしょう」
「………ブッフォン様の人物鑑定に間違いはあるまい。問題ないだろう…」
ファビオがぶっきらぼうに言うが、その言いようはレアの気に障った。
「ファビオ……それはブッフォン様に丸投げしているだけです。あなたももう中将の立場なのですから、自らの立場と責任を自覚しなさい。わざわざブッフォン様が私達だけに話をしているということを考えなさい」
ファビオの投げやりな回答に、レアが叱責じみた声で言う。
「………」
ファビオはレアの言うことに沈黙で答えた。
階級こそレアの方が下だが、年齢はレアが35歳で、ファビオが30歳とレアの方が5歳年上なのだ。
そして何より、ファビオがレアに頭が上がらない最大の理由がある。
「…………そのような態度を取るのですね。これはレベッカに報告しておきます」
「……!? 義姉上……それはご勘弁を…」
何を隠そう、レアはファビオの義理の姉にあたる。
ファビオの妻がレアの実妹なのだ。
ファビオとその妻レベッカ、レベッカの姉のレアは幼馴染で、昔からファビオはレベッカとレアに頭が上がらなかった。
「はっはっは、皇国最強の剣士も妻には頭が上がらないか。レアよ、そこまでにしてやりなさい。この先の話を聞けばファビオも興味を持つだろう」
「……失礼いたしました。…ファビオ…次はありませんよ」
「……承知…」
「さて、本日ここに来るのは、なんとあのコウロン様のお孫さんだ」
「「!?」」
2人が目を見開いて驚く。
コウロン・ドラゴスピア
皇国の軍に属する者なら知らぬ者はいない生ける伝説
その生ける伝説に孫がいて、さらにその人物をブッフォン様が『抜擢』しようとしている。
「……それは楽しみだ…どのような猛者なのか…手合わせは?」
「いきなりファビオと手合わせるのではなく若い衆に頼むつもりだ。ファビオには武の見極めをお願いしたい。コウロン様曰く、20代の頃のコウロン様より強く、またSランク魔獣のエンペラーボアを単騎で討伐したらしい。まだ16歳になったばかりだそうだ」
「………ブッフォン様を疑うわけではありませんが、本当なのでしょうか?あまりにも眉唾物では…」
レアがそう言う。
それも当然の反応だ。
皇国随一の情報網を持ち、その分析能力に長けるレアを持ってしても、そのような猛者はレアのデータベースには入っていない。
「……レアの懸念も最もだ。私もコウロン様でなければこのような話信じまいよ。しかしあの方はこのような誇張をするお方ではないというのも知っている。だからファビオとレアに見極めて欲しいのだよ」
「……わかりました。その人物は武術師ですか?魔術師ですか?」
レアがブッフォンに尋ねる。
「武術師だ。魔術の才は全くないそうだよ」
「武術だけでエンペラーボアを単騎討伐……エンペラーボアは爆属性の魔獣でしたよね……近接主体の武術であの爆魔術の魔獣をどう討伐したのか…ますます不可解です…」
ブッフォンの回答にまずます謎を深めるレア
それとは対照的にファビオは笑っていた。
「………くっくっく……素晴らしいではないか。16歳でその腕前、久しぶりに腕が鳴る。皇国軍でも稽古はパオとマリオ、デルピエロ将軍ぐらいしか相手にならなかったからな…楽しみだ……」
マリオと言うのは、陸軍少将のマリオ・バロテイ将軍
28歳にして、今年陸軍少将に昇格した王家十一人衆の新参者である。
超大柄の巨体で、大錘を得物とする巨漢の戦士だ。
そしてデルピエロ将軍は、陸軍大将のアレス・デルピエロ将軍
大柄の体格で、膂力が常人離れしている猛者だ。
自身の倍ほどの長さもある大きな矛を得物とする。
そしてパオは海軍少将 パオ・マルディーニ将軍
去年25歳にて海軍少将に昇格した皇国最強の魔術師である。
そしてレアの実の弟であり、ファビオの妻レベッカの弟でもある。
パオはファビオにとって、義理の弟になるが、昔から実の弟のように可愛がっていた。
つまり、皇国軍の最高権力は王家十一人衆であるが、皇国軍最強の四天王は以下の4人である。
アレス・デルピエロ陸軍大将(53歳)
ファビオ・ナバロ皇軍中将(30歳)
パオ・マルディーニ海軍少将(26歳)
マリオ・バロテイ陸軍少将(28歳)
「……願わくば、我ら4人と同等の猛者であることを…」
ファビオが腰の剣をさすりながら言う。
「……無茶なことを言わないでください。でもコウロン・ドラゴスピアの後継者はどのような人物か楽しみです」
「まぁ私も大人になってからは会ったことがないからね。あの時の赤子がどのように成長したのか楽しみだよ」
三者三様の想いをシリュウに向け、シリュウの到着を待っていた。
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