第10話 皇都到着
烈歴98年 5月1日 皇都セイト 民間港湾区
僕らを乗せてサザンポートを出発した船が、皇都セイトに到着した。
当初は2日間で、サザンポートから皇都セイトへ到着する予定だったが、あまりの僕の船酔いによる衰弱具合を見て、サザンガルド家の面々で話し合い、到着を早めることにしたのだ。
到着を早める方法は、護衛の魔術師部隊の方々に依頼して、風と水の魔術を使用して船を推進し、船の速力を高めた。
本来護衛だけの依頼であって、魔術を利用した推進はサザンガルド家お抱えの航海士達だけで行う予定であったが、魔術師部隊の方も推進を行うようになり、夜通し船を推進できるようになった。
そのおかげで1日半でセイトへ到着した。
僕らの船が到着した時には、もう夜になっており、セイトの街は煌々とした明りで煌めいていた。
僕は、この1日半、ほとんど船室で横になっていて、その間ずっとビーチェに看病されていた。
比喩でなく、もうずっと一緒だった。
便所もお風呂も
どうやら船酔いした人は決して1人にはしてはいけないそうだ。
船酔いした人が人知れず嘔吐し、気を失うと、自らの吐しゃ物で窒息する危険があるのだとか……
船医の方がそう僕とビーチェに説明すると「なら妾がずっと一緒にいるのじゃ!」とビーチェが快諾し、本当にずっと一緒にいた。
いつもなら恥ずかしくて断るのだけども、もう船酔いで気持ち悪すぎて、何もできない僕は、その提案を受け入れるしかなかった。
喉が渇いたと言えば、ビーチェが杯を持って僕の口の方へ傾けたり…
便所に行きたいと言えば、ビーチェの方に摑まり、衣服を下ろしてもらったり…
嘔吐し、自分の衣服と体を汚してしまっては、ビーチェに脱がせてもらって、ビーチェにお風呂場で洗ってもらったり……
もう赤ちゃんのように世話をされてしまった。
この丸二日間、ビーチェに甲斐甲斐しくお世話された僕は、ビーチェに対する申し訳なさで精いっぱいだった。
船がセイトに到着し、ビーチェに支えられながら下船した今でも、僕はビーチェにしがみ付くようにして立っていた。
「……揺れてる……船から降りたような気がするけど…まだ海の上?…揺れる…」
「シリュウ、もう陸じゃよ。安心するが良い。もう船旅は終わったのじゃよ」
ビーチェが優しい声で言う。
「船で長い間揺られていると、その揺れが続いているように錯覚することもあるようだ。シリュウ殿、無理はしないように…」
シルビオさんが心配そうに声を掛けてくれる。
「……すみません…僕のせいで色々ご迷惑をおかけして…」
「何を言う!シリュウ殿はもう家族のようなもの。迷惑をかける、かけないの間柄ではないのだ。私たちがシリュウ殿に助けられることもあろう。気にするでない」
シルビオさん……超いい人……好き……
「それより私はシリュウさんに甲斐甲斐しく世話を焼くベアトリーチェに本当に驚いたわ。シリュウさんがエンペラーボアを討伐した時の帰りも、ベアトリーチェが世話をしたと聞いたけど半信半疑だったもの。我が娘とはいえ、自由奔放に振る舞って、周りに我関せずと生きてきたのを間近で見てきたから、自分じゃない誰かのために甲斐甲斐しくお世話する姿なんて見たことなかったもの……」
そう言って驚いているのはビーチェの母親であるアドリアーナさん
「母様よ!妾だってやる時はやるのじゃ!それに婚約者がこんなに辛そうにしているのに、放っておけるかや?」
「そうね。大好きな人が辛そうにしてると、何かせずにはいられないものね?」
「大好きっ…って!?……//…まぁそうじゃが…//じゃなくて!妾はシリュウのためにできることをしたのじゃ!」
「それはそうだけど、便所だったり、お風呂まで一緒だったのはちょっと行きすぎじゃないかしら?使用人に任せておけばよかったじゃない?」
アドリアーナさんがビーチェに問う。
確かに身の回しの世話は使用人に任せるのが華族として普通だ。
でも僕もビーチェ以外の人に、そうされるのは少し抵抗があるなぁ……
「……シリュウの体を妾以外の人に晒すなんて許されぬよ?」
ビーチェも同じように答えるが、ビーチェの瞳から光が消えている。
少しコワイ
「………これは情愛と言うより、溺愛だな……ベアトリーチェをここまで惚れさせるなど大したものだ」
そう感嘆しているのはシルベリオさん
「はっはっは!仲が良いことは良いことじゃろうて!」
じいちゃんは大きな声で笑う。
今は頭に響くので、大きな声はヤメテ……
僕がじいちゃんの大きな声に顔をしかめて、頭を押さえていると、ビーチェがじいちゃんに注意した。
「……コウロン殿…?大きな声はシリュウの頭に響きますので、少し控えてくださりますか?」
また瞳から光が消えている。
言い方は丁寧だが、その目線からはものすごい気迫を感じる。
あまりの迫力にじいちゃんもたじろいでいる。
「……こ……これは失礼した…すまぬのう…シリュウ……」
おおう……皇国の英雄であるじいちゃんを気迫で押しのけたぞ……
僕もそんなことできないのに、ビーチェは凄いな。
僕がビーチェの気迫に驚いていると、シルベリオさんが困ったような顔で言う。
「……それにしても、これから宿泊予定のサザンガルド家の屋敷まで馬車で赴く予定だが、シリュウ殿は馬車の揺れに耐えうるか?…」
そうなのである。
このセイトではサザンガルド家がこのセイトで所有する屋敷に滞在予定なのだ。
地方領主も皇都での活動用や皇都のある機関との窓口のために、皇都に屋敷を用意する。
サザンガルド家も例外でなく、皇家、政庁、皇国軍の情勢を探ったり、またセイトに集まる大商会との商談を行うための組織(セイト政務所と呼んでいるらしい)をセイトに置いている。
そのセイト政務所の本部が、サザンガルド家がセイトに所有する屋敷だ。
サザンガルドから始まった旅の目的地は、このセイト政務所になるのだ。
「……馬車以外の手段だと徒歩になりますが、この11区から政務所がある2区までは、相当距離があります。徒歩で行くと、日付を超える時間になってしまうかと…」
シルビオさんの言う通りだ。
「……僕は大丈夫です。陸に上がって少しマシになってきたような気がします…馬車では眠るようにしますので…今は吐き気もまだ大丈夫そうなので…」
「シリュウ…無理するでないぞ?いざとなったら妾が負ぶって行くのじゃ」
それは流石に無茶でしょ…
「ありがとう…ビーチェ。でも大丈夫だよ、ビーチェと一緒ならね。また甘えてしまうけども」
「そんなのいくらでも甘えていいのじゃ。妾は婚約者で、シリュウの妻になるのじゃよ。これは妾の大切な役目なのじゃ」
うーん、僕の奥さんは素晴らしいね
辛い時にいつも支えてもらってる。
最初に出会った時に助けた恩の貯金はもう使い果たしたと思うから、そろそろビーチェに返してかないとなぁ…
「ではシリュウ殿の了承も得たので、さっそく馬車で移動するぞ。1時間程度かかるが頑張ってくれ」
シルベリオさんの号令で、僕ら使節団は用意されていた馬車に乗り込む。
僕はビーチェと共に1つの馬車に乗る。
馬車に乗って、ビーチェと隣り合うように座っているが、まだ船酔いのダメージがある僕は、自然とビーチェの方に体を預ける形になる。
僕の頭はビーチェの肩に支えられており、そんな僕の頭をビーチェは撫でてくれた。
初めて皇国の首都たるセイトに来たが、その感動も高揚感もなく、馬車から外を見渡すこともせず、僕はただただビーチェに体を預けて、馬車に揺られて、今日の宿に着くのを待っていた。
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