第6話 宴会の肴はいつの時代も恋の話


食事といただきつつも、話題の中心になるのはもちろん僕のことだった。




最初に話しかけてくれたのはシルビオさんだった。




「シリュウ殿、この度は婚約おめでとう。僕が次期サザンガルドの領主だから、シリュウ殿にはたくさん頼らせてほしい。シリュウ程の猛者であれば訓練や募兵に討伐任務など頼りたいことは山ほどあるかあらね」


「僕で良ければなんなりと」


「……いやはや聞いたところ16だろう?僕より8つの下とは思えない程落ち着いているね。それに相当な武術を聞いている。」




そう褒められると照れるね。




そんな中ビーチェが言葉を重ねてきた。




「シリュウはSランク魔獣のエンペラーボアを単騎で討伐したのじゃよ。皇国において、一騎討ちなら最強格ではないかや?」




「Sランク魔獣の単騎討伐する程の猛者はサザンガルド領内にもそうはいないだろうね…その若さにしてその武…さすがはドラゴスピアだね」




シルビオさんが感嘆するように言う。




まぁ確かにエンペラーボアは強いけど、あれが狩れたら皇国最強なら、皇国は人材不足じゃないか?




そんな会話の中にじいちゃんが入ってきた。




「それにしてもシリュウや、エンペラーボアを単騎で討伐しようなど、なかなか思い切ったことをしたのう。あまり良く知らなかったであろうシリュウを討伐に派遣されたオルランド殿の英断も見事ですぞ」




「いや私はシリュウ殿を頼っただけです。シリュウ殿が以前エンペラーボアを倒したことがあり、討伐は1人で十分と力強く言い切ったのでそれを信じたのです」




「それなのです。以前シリュウはエンペラーボアを倒したことがあるのは事実ですが、じゃったのですぞ」




「ええ!?そうなのですか!?……シリュウ殿は自信満々でしたので…」




「あ~オルランドさん、すみません。あの場面では時間もなかったので、少し騙すような形になってしまいました。自信があったのは確かですが、エンペラーボアを単騎で討伐するくらいしておかないと、認められないかなと思いまして」




「認められるって何に?」




アドリアーナさんが僕に尋ねる。




「それはもちろん。ビーチェの恋人としてです。あの時点ではビーチェの気持ちがわからなかったので、僕の片想いだと思っていて……いいところを見せたらビーチェが振り向いてくれるかな?というのと、お家の方々にも価値のある男と思われれば、交際を認めてもらえるかなと言う打算です」




僕はあの時の想いを正直にぶちまける。




まぁこうして婚約したからいいよね?とビーチェの方を見ると、顔を真っ赤にして、手で顔を覆っていた。




「あらあら~素敵な恋物語ですね~若いっていいですわ~」


と朗らかに笑っているのはスザンナさん




「ぶははははは!!好いた女子のために無茶するのは血筋じゃのう!それでこそドラゴスピアの者よ!」


じいちゃんが豪快に笑っている。




「いやはや…大人しそうに見えて随分豪胆だな、シリュウ殿は…」




オルランドさんは苦笑いしている。




ごめんなさいと心の中で謝っていた。




「姉さまのためにそのような無茶をし、完遂する義兄様は尊敬します!そして義兄様にそのように思われている姉さまもさすがです!」




キラキラした瞳で熱く褒めてくれるのはカルロ君




シルベリオさんが全自動じいちゃん肯定機なら、カルロ君は全自動シリュウ肯定機になりつつあった。




「ベアトリーチェ姉さんにそこまで女性としての魅力があったなんてすごいや!いや美人だとは思うけどね?華族の女性らしくなく髪は短いけど」




アントニオ君がケラケラ笑いながらそう言う。




華族の女性は髪を長くするものなのか。




たしかにアドリアーナさんもスザンナさんも髪を括っているけど、髪を下ろしたら腰までは届きそうなくらい長い。




ビーチェが髪を短くしているのは、華族の女性らしく生きたくないという反骨心なのだろうか。




それでもビーチェの髪型は素敵だと思うし、愛らしいなと思う。




僕の発言に各々が衝撃を受けているが、一番衝撃を受けていたのは意外にもビーチェの母親であるアドリアーナさんだった。




しかも泣いている。




「お、おい…アドリアーナ…?大丈夫か?」




夫であるオルランドさんが心配そうに声を掛ける。




「……これは喜びの涙です…ベアトリーチェは昔から破天荒で、同年代の男子からは忌避されていました。成長したベアトリーチェは美しくなり、我が家の家格もあって、縁談が多く申し込まれましたが、幼少の頃の評判もあり、相手の方はベアトリーチェの容姿とサザンガルド家の家柄しか見ず、真にベアトリーチェを想うものはいませんでした。私はベアトリーチェが素敵な男性と一緒になるという女性の幸せを掴めないのではないかと、不安に思っていました。しかしシリュウさんはベアトリーチェという一人の女性を見つけてくださり、そして想いを遂げようと自らの命を懸けて行動で示してくれたのです。我が娘がこんな素敵な男性に見初められたことを嬉しく思い、涙しているのです……」




アドリアーナさんが声を震わせながら言う。




「母様……」




ビーチェは驚くようにつぶやいた。




その目にはうっすら涙が浮かんでいるように思う。




「アドリアーナさん、僕はビーチェの幼少の頃を知りません。今も出会ってから1月も経っていないのです。でもビーチェは素晴らしい女性です。色々無茶しそうに見えて、でもしっかりと僕を支えてくれた。僕の良いところを大きな声で褒めてくれる。僕の良いところを別の誰かに教えてくれる。僕が辛い時には必ず傍にいてくれる。ビーチェと出会ってから僕は幸せがずっと続いています。それはビーチェに周りに皆さんのような素晴らしい家族がいたからだと思います。僕が素敵な男性だと思ってくれていますが、それは育ててくれたじいちゃんのおかげと思っていますから」




「シリュウ…」


ビーチェが僕を見つめる。




ビーチェは自然と僕の手をテーブルの下で握ってきた。




「奥方様よ、シリュウの言う通り、ベアトリーチェ嬢は素晴らしい女性で、それは周りにいた人が素晴らしいからじゃろうと思います。そして一番近くにいた奥方様、あなたのおかげではないですかな」




「コウロン様…ありがとうございます…」




アドリアーナさんが涙ながらにじいちゃんに礼を言う。




にしても自分でも随分恥ずかしいことをこんなに大勢の前で言ってしまったなと思う。




デフォナさん(26歳独身)はげんなりした表情で食事を貪っていた。




デフォナさんは宴会が始まってからひたすら無言で食事と酒を貪っている。




そんなデフォナさんを横目で見ていると、僕を尊敬する目でシルビオさんが言う。




「シリュウ殿は…なんというか…すごいな…自分の想いに真っすぐで、想いに迷いや恥じらいなどが見えない…僕も見習わないと…」




「そんなことはないですよ。シルビオさんには婚約者はいるのですか?」




「うぐっ……まぁ今はいないのだが…」




意外だ。




本家の嫡男で、シルビオさん程の年齢ならもう結婚しててもおかしくはないと思うのだけども。




僕が疑問に思っているとシルビオさんの母親であるスザンナさんが答えてくれた。




「シルビオは想い人がいるのですよ~その子はまだ学生さんなので、卒業してから結婚を申し込むつもりなのです~」




「母上!?」




シルビオさんが咎めるように言う。




想い人がいるから政略結婚をしないでいるのか。




でもシルベリオさんが良く許したな。




「まだそんなことを言っているのか。早く身を固めろ。お前への縁談は山のように来ているぞ」




許されてなかった。




絶賛抗争中なのか。




「父上…何度も言いますが、華族の政略結婚はもう時代遅れです。そのようなものに頼らずとも、僕はサザンガルドを強くしていきます」




「戯言を…あの第一あの小娘は庶民だろう。華族社会でやっていけるのか」




「彼女はとても社交性があり、芯が強い女性です!必ず社交界の華となるでしょう!」




おっと 僕の不用意な発言から父子喧嘩が始まってしまったぞ。




ここはじいちゃんに諫めてもらおう。




じいちゃん大好きシルベリオさんなら、じいちゃんの言うことは聞いて、この場でも口論は収めてくれるだろう。




そう思って、じいちゃんに目線を向けると、じいちゃんは指を立てて笑っていた。




任せておけ!と言うことかな。




「まぁまぁシルベリオ殿、まずは話を聞かせてくれぬか?聞けばシルビオ君には想い人がいるそうじゃの?」




じいちゃんがそう話しかけると、シルベリオさんがじいちゃんに説明した。




「ええ、シルビオは婚約したいというのは、サザンガルドに住む庶民の娘でして…」




そのシルベリオさんの話を遮るように、シルビオさんが話す。




「彼女は僕が当主教育に行き詰っていた時に偶然このサザンガルドの公園で出会いました。僕が14歳で彼女が10歳の時でした。その当時は当主教育の勉学の量についていけず、さらに武術も武術大会で入賞もできない自分に嫌気が差していた時で、そんな心が挫けそうな時に、彼女は持ち前の朗らかさで僕を励ましてくれたのです。それをきっかけに公園に散歩に行き、彼女と会うということが僕の日常になりました。その時は彼女も子供ですから恋愛感情など露ほどもありませんでした。忙しい次期当主としての日々の中で、数少ない癒しの時間だったのです。そんな日々が6年続きました。僕が20歳、彼女が16歳の時、彼女から18になると商家の息子に嫁がされるという話を聞きました。その時に僕は彼女のことが好きだと気付き、なんとか嫁がされるのを阻止しようしました。その方法はサザンガルドの学園への入学を提案したのです。学費は僕が持つからと。君には賢いから学園へ通い、もっと見識を広めるのだともっともらしいことを言って。学園へは17歳から20歳の間まで通う学園に編入させ、その間に父上と母上を説得するつもりです」




シルビオさんの話を聞くと、どこかの物語のような話だった。




それも少女が好みそうな話だ。




少女側からすれば、街の領主の息子に見初められる夢物語だ。




「ほほう!なるほどのう!実に興味深い話じゃ。して相手の少女の想いと少女のご両親は、シルビオ殿の気持ちは知っておるのか?」




「彼女…ルチアのご両親には説明しております。ルチアを娶りたいと。そして了承をもらっております」


シルビオさんが言う。




ルチアさんのご両親からすれば領主の息子が娶りたいと言われれば、断れるはずもないだろう。




「ルチアの想いは…直接は聞いておりませんが、想い合っていると自負しています。ルチアは今まで男性と交際したことはないと言っていますし、言い寄られても断っています。幼い頃ですが僕と結婚すると口癖のように言っておりましたので…」




「なるほどなるほど!幼い頃から見守って来た少女が美しく育ってしまうと惚れ込んでしまうのう!」




じいちゃんは快活に笑う。




シルビオさんの話がとても面白いようだ。




シルベリオさんはすこし渋い顔をしている。




「…コウロン殿、我が息子シルビオの話どう思いますかな?」




シルベリオさんがじいちゃんに聞いた。




シルベリオさんはこの話を良く思っていないが、憧れのじいちゃんが興味深そうにしているので複雑な心境だろう。




「姻族になったとはいえ、他家の婚姻に関してはあまり口出しはできませんな…」




じいちゃんが及び腰になる。




それでもシルベリオさんが食い下がった。




「いえ!それでも聞きたいのです!」




シルベリオさんは、じいちゃんの意見をどうしても聞きたいようだ。




同じ華族の当主として、それも憧れの存在であるじいちゃんの意見が聞きたいのだろう。




その様子に根負けしたような形で、じいちゃんが自分の意見を言った。




「では率直に申しますと、そのルチアという少女とシルビオ殿の結婚はお認めになられた方がサザンガルド家の益になりましょうぞ」




「「「!!!???」」」




じいちゃんが驚くようなことを言う。

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