第4話 華族の特権

じいちゃんからドラゴスピア家の家督を僕に譲るということで、サザンガルド家の人たちは色めき立っていた。




「いやぁ…シリュウ殿に投資しておけば、後々我が家に利があると思ったけど、こんなに早く効果があるとはね…」




そう言って満足そうに頷いているのがオルランドさん




「ドラゴスピア家の当主が我が一族の伴侶にいる…我が領邦軍の募兵にも良い影響が出るな…」




そう言って、何か考え込んでいるのはシルベリオさん




「妾が憧れのドラゴスピア家の一員…そしてその当主の妻…!これは夢を見ているのかや?」




そう言って、恍惚の表情を浮かべているのはビーチェ




三者三様の考え事をしているが、どれも良い感情を持っているようで何よりだ。




しかし僕はまだピンと来ていない。




なぜお三方がこんなに喜んでいるのか。




「シリュウよ、お主もしかして、シリュウには儂以外の親族が居らぬことを説明していないのではないか?」


じいちゃんにそう言われて気づく。




「ビーチェにはさらっと言ったつもりだったけど、そういえば言ってなかったような気がする」




「そのような繊細なことは聞きにくいじゃろうて」




確かにじいちゃんの言う通りだった。




じいちゃんの言葉に乗っかる形で、オルランドさんが言う。




「シリュウ殿、実はコウロン殿が祖父だと聞いても、ドラゴスピアの家督をシリュウ殿が継ぐとまでは考えてなかったんだよ。なぜならコウロン殿には一人娘がいるとの噂くらいしかなくてね。そこに孫のシリュウ殿が現れたから、まだ見ぬコウロン殿の親族の存在を考慮していて、当然にシリュウ殿が家督を継ぐとまで考えていなかったのだよ」




なるほど それはそうか。




だからビーチェも今更になって喜んでいるのか。




ドラゴスピア家に入れることを。




「実はこれには訳がありましてのう」


じいちゃんが笑いながら言う。




「ただ妻と娘は表舞台にはあえて出さなかったのですじゃ。その理由は今は諸事情とだけ、説明させてくだされ。ただ儂の血を引くのは、今はもうですので、シリュウにしか家督の継承権はないことは、ドラゴスピアの当主として、儂が保証しますぞ」




「とんでもない!諸事情も何かのっぴきならない理由なのでしょう。こちらからはあえて詮索することはしませんぞ!」


シルベリオさんが熱く返答する。




「ところでドラゴスピアを継いだら何か変わるの?良くわかってないんだけど」


僕がじいちゃんに向かって質問する。




「シリュウや、華族の特権については、知っているじゃろ?」




基本的なことは知っている。




サトリの爺さんに教養として教えてもらったからね。




「え~と、たしか「領地」と「私兵」と「恩給」だっけ」




「そうじゃ、華族の当主には、「領地」を統治する権利と、「私兵」を雇う権利、皇国から賜った爵位に応じて支給される「恩給」があるぞ。ドラゴスピア家には、エクトエンド村一帯の領地の統治権と、「私兵」1,000人まで雇うこと、爵位は子爵じゃから「恩給」として、年金貨3,000枚が下賜されるのじゃよ」




「さ、3,000枚!?そんなの支給されても使いきれないって!」




僕は驚く。




この身には金貨3,000枚の使い道など思いつかない。




絶対に持て余す。




「シリュウ殿、個人で扱うには大金だが、組織として扱うには足りないくらいだよ。例えば私兵1,000人を雇おうと思えば、年間で給料だけで20万枚は必要になる。その他屋敷に維持費用に、使用人の給料、領地のインフラ整備に、新事業の拡大……お金なんてあって困るものでないのさ」




オルランドさんがそう教えてくれる。




確かに華族の長は、ただの世帯主ではない。




街の領主であり、軍の長にもなり得る。




「もっともほとんどの華族は、恩給だけではやってはいけん。収入の大部分は領地からの税収だ。ならばこそ領地の発展や拡大に勤しむのだよ」




シルベリオさんが腕を組みながら言う。




やはり華族とは重たいものを背負っているのだとつくづく思う。




僕が背負わなければいけないものの重さにげんなりしていると、アドリアーナさんから救いの手が差し伸べられる。




「シリュウさん、そんなに気負わなくてもいいのよ?領地や軍運営、金勘定はベアトリーチェに任せればいいのよ。この子は分家とはいえ、サザンガルドの当主教育を3年受けていたから、その辺の華族よりは経営手腕はあるわよ?」




おお!流石は僕の奥さん!頼りになる!




「いやいや母様…そんなに期待されても…」


ビーチェが謙虚にそう答えるが、僕は逃がさない。




「あら?シリュウさんのお役に立てるのよ?願ってもないじゃない?」




「そうだよビーチェ!僕は槍をふるうしか能がないんだからビーチェがしっかりしないと!」




「シリュウ!?」




当主の仕事をビーチェに丸投げする気でいる僕から無責任な発言が飛び出す。




「……しっかりするんじゃ!…と言いたいところじゃが、その辺は儂もサトリに丸投げじゃから何も言えまい……すまぬ…」




この祖父にして、この孫ありである。




ドラゴスピアは武術しか能がない脳筋集団だった。




「何をおっしゃいますやら!コウロン殿は自らの不得手をお認めになり、得意なものに経営を任せていたのでしょう!素晴らしい人材の差配ですぞ!」




シルベリオさんが手放しでじいちゃんを褒める。




もうこの人全自動じいちゃん肯定機じゃないか。




「う~ん、まぁ妾としてもシリュウに頼られることがあるのは嬉しいのじゃ。頑張ってドラゴスピア家を取りまとめてみせるのじゃ!」




ビーチェが前向きにそう言う。




「素晴らしい!ベアトリーチェ嬢は良き奥方になるじゃろう!」


じいちゃんがビーチェを褒めると、ビーチェも照れながらも嬉しそうにしている。




「家督をシリュウに譲るにあたって、ドラゴスピア家が所有している領地と財産について、サトリがまとめた資料を持ってきたのじゃ。ベアトリーチェ嬢よ、これをもとにドラゴスピア家の舵取りをお願いするのじゃ」


そう言って、じいちゃんが丸めた紙束を鞄から取り出し、ビーチェに渡す。




「確かに受け取りました。本格的に差配できるのは、シリュウが正式にドラゴスピア家の当主になってからなので、セイトでの手続きが終わり次第になるでしょうが、それまでにこの資料を確認し、今後の経営方針を考えておきます!」




「うむ、よろしく頼んだ。しかし何も一人で背負うことはない。形はベアトリーチェ嬢が作り、シリュウが決断するのじゃ。サトリの奴も最後の決断は儂に任せていたのでの」




じいちゃんから諭される。




当たり前のこと。




当主は僕なのだから、実務面はビーチェにお願いしても、最後の決断は僕が責任を持ってしなければならない。




「そうだね、ビーチェと二人三脚で頑張るよ」


「妾も頑張りますのじゃ!」




こうしてここに新たな華族の当主とその奥方が生まれたのであった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




じいちゃんが来て応接室での話が一段落したので、僕とビーチェは僕の部屋でさっきじいちゃんから貰った紙束の資料を見ている。




じいちゃんはサザンガルドに滞在する間は本家の方で寝泊まりをするらしく、シルベリオさんと本家の方へ移動した。




今晩は分家家族も含めて、本家でじいちゃんの歓迎会をするそうで、今は歓迎会までの空き時間なので、こうしてビーチェと自室で寛いでいる。




「う~ん、にしてもドラゴスピア家はつくづく特殊な華族じゃのう~」




紙束の資料を見ていたビーチェが言う。




「そうなの?」




「そうなのじゃ。まず華族は私兵を皇家から許された数だけ雇えるのじゃが、普通はその限界の数まで雇おうとするのじゃ。例えばドラゴスピア家なら1,000人雇えるので、1,000人雇おうとするのじゃ。なぜなら領地の治安維持や華族の護衛に、私兵はいくらおってもいいからのう。しかしドラゴスピア家の私兵は0なのじゃ」




「あ~それはエクトエンド村だけが領地だからじゃない?あそこ治安維持も何も、人がいないからなぁ。しかも何かあったらじいちゃんか僕で対処するし」




「そうじゃろうのう。エクトエンド村には行ったことはないが、樹海の真ん中にある村に私兵は必要ないじゃろうて。あと華族にとっては、領地からの税収が収入の柱になるのじゃが、領地からの収入も0なのじゃ」




「……エクトエンド村は物々交換社会だし、各世帯は自給自足が基本だからね……まぁ獣を狩って村の皆で分けていたし、税の概念なんてなかっただろうね」




「なるほどのう、じゃからドラゴスピア家の財産はほぼ金になっておる。恩給で支給された年間金貨3,000枚がほとんどそのまま残されているのう。現在残高で、金貨3万枚あるのじゃ」




「3万枚…!?……さすがにどうしていいかわからないよ…」




あまりの金額に絶句していると、ビーチェは事もなげに資料を見ていた。




「ビーチェはあまり驚かないんだね」




「まぁサザンガルド家の財政を見てるとのう、ブラン・サザンガルド家でも年間でこの100倍以上の規模になるからあまり驚きはせんよ」




あまりの金銭感覚の違いに驚く。




「………ぇぇ…この100倍以上って金貨300万枚……?ははは……今までで一番ビーチェを遠く感じるよ…」




「やめてくりゃれ…?寂しくなるではないか…」




「……冗談だよ…もう離さないもんね」




僕はそう言って、ベッドに腰掛けながら資料を見ているビーチェの腰にまとわりついた。




ビーチェは僕の頭を撫でて、もう片方の手で資料を広げて見ていた。




「少なくとも、コウロン様に妾が考えた今後の方針を説明して了承はもらいたいのう」




「どんな方針?」




「うむ。まずはエクトエンド村は、ドラゴスピア家当主が統治する地になるが、コウロン様を村長に任命して委任統治してもらう。つまり今までどおりじゃな。そしてエクトエンド村からは税収は取らぬ。これまでの運営実績から年間で金貨100枚もあれば、村の運営には十分足りるみたいじゃから、残高から1,000枚と年間支給分から100枚はコウロン殿に支給し、残りは妾達で使わせてもらう。残った資金とこれから支給される恩給で、ドラゴスピア家の屋敷を買い、さらに私兵を新たに雇うのじゃよ」




「おおう……大胆だね…」




「シリュウは皇国軍に仕官するのじゃろう?皇国軍の組織として持つ部下も大事じゃが、その枠組みから外れた私兵も使い勝手が良くてきっと必要になるのじゃ。屋敷の維持と恩給を考えて5人が限度じゃと思っておるがな」




「5人か~それくらいなら全然いいよ。あとは段々増やしていけばいいしね」




「そうじゃな。これからのドラゴスピア家の流れは、まずは①シリュウが皇国軍に仕官する。そして役職と階級、赴任先が決まれば、②赴任先に役職・階級に応じた屋敷を用意する。そして③私兵を雇う。という流れじゃろう」




ビーチェが改めて整理して、説明してくれる。




僕の奥さん有能過ぎない?




可愛くて、頭が良くて、可愛いなんて最強だよ




「……ビーチェ…ありがとう…なんでもおんぶにだっこだね」




「この分野は妾の得意分野じゃから気にするでない。妾達は夫婦、足りないところを補ってゆこうぞ」




そう言ってビーチェは僕を抱きしめた。




ビーチェの抱擁からビーチェの包容力が伝わって来た。




いきなり家督を譲ると言われて、混乱していたけど、ビーチェがこうしてわかりやすく道を示してくれる。




ビーチェとなら、これから歩んでいく人生に、不安に思うことなんて何もないんだと思った。




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