第26話 フォン・サザンガルド家

烈歴 98年 4月 19日




オルランドさんとアドリアーナさんにビーチェとの結婚の許可をもらった日の翌朝




僕はオルランドさんとサザンガルド本家の屋敷に、ブラン・サザンガルド家の馬車で向かっていた。




本家の屋敷もブラン・サザンガルド家と同じように、サザンガルド華族区に構えているらしく、10分程で到着した。




屋敷の大きさと形状は、ブラン・サザンガルド家の屋敷と変わらないが、異なる点があるとすれば、ブラン・サザンガルド家には訓練場や兵士の宿舎等が多くあったが、こちらの屋敷は、庭園やガラス張りの植物園、図書館などが併設されていた。




「サザンガルド本家では、サザンガルドの内政と外交を司っているんだ。だから庭園や植物園等の来賓をもてなす施設があるし、文官達の資料収集のための図書館もあるのさ」


オルランドさんがそう説明してくれる。




入口で馬車を降りた僕らは、入口で待っていた執事の男性に屋敷の中へ案内された。




屋敷に入ると、目の前には大きいホールがあり、壮年の男性の肖像画が多数飾られている。




歴代の当主なのだろうか。




そのまま執事の男性に連れられ、当主の執務室の前に到着した。




「……シリュウ殿…兄さんは、悪い人ではないんだが、口下手でね。少し誤解されやすい人なんだ。気を悪くしないでほしい。もちろん反対されても僕がなんとか説得するから、安心してほしい。ビーチェとカルロの恩人だからね。その願いは必ず叶えるよ」




オルランドさんが僕を安心させるように言う。




「ありがとうございます。でも僕も一人の男です。自分の結婚の了承くらい、自分で取りますよ」




「頼もしいね。では入ろうか」




そう言うと執事の方が扉をノックをして、中から「入れ」と低い声で返答が返ってきた。






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部屋に入ると、執務室で大柄の熊のような体格で、スーツをぎちぎちに着ている厳格そうな男性が立っていた。




この人が、オルランドさんの兄で、ビーチェの伯父、軍都サザンガルドの長




シルベリオ・フォン・サザンガルドか。




「よく来たな。積もる話も多い。まずはそこに座れ」




ぶっきらぼうに僕たちに言う。




そう言うとシルベリオさんが座り、オルランドさんと僕はその向かいのソファーに座った。




「まずは自己紹介だ。俺はシルベリオ・フォン・サザンガルド、この軍都サザンガルドを皇家より預かりし者だ」




「シリュウと言います。本日はベアトリーチェ様との結婚のお許しをいただきたく、馳せ参じました」




「………ほぅ…あのじゃじゃ馬とか?」




シルベリオさんが少し驚くような顔をした。


オルランドさんから許可をいただいたのが昨日のこと


僕とビーチェの結婚話はシルベリオさんにはまだ届いていなかったからだろう。




「……まぁ…その話は長くなりそうだ。まずは俺の話をさせてもらおう」




「はい」




そう言えば、僕はシルベリオさんが連れてこいって言って来てるんだった。




何の話だろう




「単刀直入に言う。貴様、サザンガルド家に仕えろ」




「…サザンガルド家にですか?」




「そうだ。まだ16だそうだな。その年でエンペラーボアを単騎討伐する武、見事という他ない。その才をこの王国との戦いの前線となっているサザンガルドで活かせ」




勧誘だったか。




これは考えなかったでもないが、今は即答はできなかった。




「申し訳ございませんが、身の振り方を探すべく皇国を旅している途中です。今はどこかに仕えて身を落ち着かせることは考えていないのです…」


「ふっ……身を固めようとしているのにか?なかなか面白い奴だ」




そう言ってシルベリオさんが少し笑う。




確かに身の振り方を決める前に伴侶を先に決めてしまった。




後悔はしていないけど。




「オルランド、つまりこいつは、ベアトリーチェを嫁に寄越せと言っている。お前はいいのか、婿を取らないで」


「僕も何も思わないことはないけど、シリュウ殿はベアトリーチェとカルロの命の恩人なんだ。そもそもシリュウ殿がいなければブラン・サザンガルド家がどうなっていたことやら……今更娘を嫁に出すくらい何てことはないよ」




「……ふむぅ……」




シルベリオさんが少し考え込んでいる。




やはりいくら功績があるとはいえ、どこの馬の骨とも知らない奴に華族の令嬢を差し出すことは、当主としては決断しにくいだろうか。




「…………シリュウと言ったな。俺が華族でない普通の人間ならお前たちの結婚は認めている。ただ華族の結婚は分かっているとは思うが、普通の人間とは違う。華族の結婚は、家を発展させる極めて有力な手段なのだ。権力・財力・軍事力のある家と縁を結ぶことができ、さらに強力な信頼関係も構築するのだからな。個人の感情を抜きにすれば、政略結婚という手段を取らない華族はない。このサザンガルド家も同様だ」




シルベリオさんが言うことは最もだ。




それにシルベリオさんはサザンガルド家だけでなく、軍都サザンガルドも守っている。




更にシルベリオさんが続ける。




「それに……時期も悪かった。実は貴様を呼んだのは勧誘だけではない。直接礼を言いたかったのだ。カルロの件でな」




カルロ君の件で?




甥とは言え、わざわざ直接言いたいとは律儀な人なんだな




「シリュウ殿、カルロを救ってくれたことももちろんだが、




オルランドさんがそう言う。


ん?どういうことだ。




話が見えない




「……それは将来的にという意味ですか?分家の嫡子が存命で血筋を守れたから?」




僕が疑問に思っていると、シルベリオさんが答える。




「そんな悠長な話でなかったのだ。実は俺とオルランドしか知らぬが、カルロの毒を解毒する薬があると『とある勢力』が秘密裏に持ち掛けていた」




「……な!?」




僕は驚く。




そう言えばカルロ君の毒はのだった。




「その勢力は、皇国の東に隣接する『アルジェント王国』の大、タレイラン公爵家だった。そいつらは、解毒薬の継続的な提供とともに、我がサザンガルド家の内通を要求したのだ。王国がサザンガルドへ侵攻した際に、サザンガルドを無血開城せよと」




とんでもない話だった。




カルロ君は王国に人知れず人質にされていたのか。




「そんな話飲めるはずもないと一蹴したが、カルロは手始めだと脅してきた。本家には息子が3人いるが、その全員が毒に侵されると。継承権を持つ子供が全て殺されてしまうと、サザンガルドの基盤が揺らぐ。内通をせずとも、王国に付け入る隙を与え、侵攻を許してしまう恐れがあった。一度断って、カルロが死んでからその要求を呑むと、カルロが無駄死にになる。なのでここの時点でその話を受けるかどうか瀬戸際に立たされていたのだ」


シルベリオさんが悲痛な表情で、そう説明してくれた。




その説明をオルランドさんが引き継いだ。


「……そんな状況で君はエンペラーボアを狩り、活力剤の素材を我が家に大量にもたらしてくれたのだよ。今回手に入った肝の量は相当で、かなりの量の活力剤を調合できるようだ。調合した活力剤を氷の魔道具の冷蔵庫で保管し、今後の毒殺の備えにする。これでサザンガルド家が毒殺に怯えることはなくなったんだ」




これが今回の一連の流れか




王国がサザンガルドを弱体化しようとして、サザンガルド家に狙いをつけ、カルロ君を人質にした。




これが烈国か




これが戦乱なのか




僕には言いようのない怒りが沸き上がっていた。




「貴様はサザンガルドを救ったのだ。一領主として礼を言う。本当に助かった」




そう言って、シルベリオさんが立ち上がって、僕に頭を下げてきた。


オルランドさんも同様に、立ち上がって、頭を下げている。




「いえいえ!そんな!……僕はビーチェのためにできることをしただけです。偶々ですよ」


僕は慌ててそう言った。




「ふっ……偶々で大都市1つ救う等、殿は大物だな」




僕の呼び方が変わった。少しは認めてもらえたのだろうか。




「だが、結婚の話は別だ。こういう不安定の情勢の中で、ベアトリーチェを素性の知れないものと結婚させるのは、我が家の風聞にかかわる。どこぞの国の間者を入れたのだとありもしない噂を立てられるのも華族の世界では珍しくないのだ。今ここでベアトリーチェと貴殿の結婚を認めると、無名の者を家に入れるほどサザンガルド家は耄碌したのかと、サザンガルドに隙があるとみて、王国が攻勢をかけるやもしれん」




華族の結婚はそれほどまでに重たいのか。




結婚相手1つで、家の内情まで疑われる。




僕には考えもつかない世界だった。






でもそれなら




「そういう話なら問題ないと思います」




「ん?話を聞いていたか?ベアトリーチェの結婚相手はサザンガルド家が強くなったと思わせるのが肝要なのだ」




「はい。そう言えば名を名乗っていませんでした」




「…先ほど名乗ってもらったと思うが…まさか…」








そして僕は名乗る。




思い出すのは、旅立つ時の2人の言葉




『シリュウ、俺からは一つだけ言葉を贈ろう。自分の頭で考えて生きろ。それだけだ』




サトリの爺さん 自分の頭で考えてこうすることにしたよ




『シリュウ、お主には小さいころから大変な思いをさせてしまった。その分自由に生きてほしいんじゃ。戦乱を終わらせる、その志は立派じゃが、本当に自分のしたいことをまずは見つけるんじゃ』




じいちゃんの七光り使わせてもらうよ。これも僕のしたいことだから許してくれるかな?






「僕はシリュウ、シリュウ・ドラゴスピアと申します。コウロン・ドラゴスピアの孫、偉大な英雄を祖父に持つ田舎の少年でございます」






「……な!!!???……なんだと!!」


「……え!?シリュウ殿は…コウロン殿の孫!?」




驚く2人




そりゃそうか




まさかどこの馬の骨とも知れない奴が英雄の孫だったのだから。




でもドラゴスピアの名は、抑止力には最適じゃないだろうか。




かつて烈国を畏怖させた槍将軍の名は、まだ風化していない。






「オルランドさん…黙っていて申し訳ございません。本家で結婚を承諾されなかった時の策として、秘めさせていただきました」




「……いやはや…驚いたが…ベアトはこのことは知っているのかね?」




「……はい…昨日に打ち明けました」




「…そうか…私としても納得がいったよ。その若さで達人のような気を持っていたからね。コウロン殿が祖父なら納得だ。幼い時から凄まじい修練を積んだのだろう」




「…はい。祖父を知っているのですか?」




「若い時、戦場で何度も一緒になったよ。僕は領邦軍を指揮し、コウロン殿は皇国軍を指揮していてね。何度もあの方の武に助けられた。でもあの方は無茶ばかりするので、参謀の方はいつもコウロン殿に怒鳴っていたけどね」




「…それはサトリの爺さんかな?」




「…サトリ殿も知っているのか!?」




「はい、僕の故郷のエクトエンド村に住んでいます。週何回か勉学を教わりました。」




「…コウロン殿に稽古をつけてもらい、サトリ殿の講義を受けたのか…それは今後が楽しみだよ」




僕がそうオルランドさんと会話していても、シルベリオさんが下を向いてプルプルしている。




う~ん、黙っていたことを怒っているのかな。




「…………す」




「え?」




シルベリオさんが何か小声で呟いたようだが、聞き取れなったので聞き返す。




「結婚を許す!!!!」




「うわ!?」


唐突な大声で、僕は驚いて仰け反ってしまう。




「貴殿は…!コウロン様の…孫……それが我が家を救い、我が街を救ってくれた…この幸運…女神に感謝します…!」




あんなに渋っていたのに、了承の後に、天に祈るような体勢で涙を流している。




一体どういうことなんだ…




僕が困惑していると、苦笑しているオルランドさんが教えてくれた。




「あ~兄はね、コウロン・ドラゴスピアの…熱狂的な愛好家なんだ。実はこの体格で兄は武術はからっきしでね。軍記物で数多の逸話を残すコウロン・ドラゴスピアが子供の時から憧れなのだよ。だからシリュウ殿がコウロン殿の孫と聞いて、感激しているのだろう…もう多分結婚による家の風聞とかどうとか吹っ飛んでいると思うよ」




華族の結婚に、個人の感情がっつり入っちゃった。




僕としては願ったりかなったりだけども




「となるとドラゴスピアとサザンガルドの結婚になるのか。失礼だがコウロン殿はご元気か?」


オルランドさんが僕に尋ねる。




「はい。エクトエンドの村で元気に過ごしていますよ。腰が悪いこともありますが、エンペラーボアでも殺せないほど元気です。僕はいまだに稽古の仕合で勝てないので」




「それは良かった。華族の結婚は当主が本人と共に皇家に許可を貰いに行かないといけなくてね。ドラゴスピアの家督が廃嫡した話を聞かないから、おそらくコウロン殿がドラゴスピア家の当主のままだろう。そうなると、シルベリオ兄さんとシリュウ殿、ベアトリーチェ、そしてコウロン殿に皇都セイトに赴いてもらう必要があるんだ」




「なるほど…では両家挨拶も兼ねて、じいちゃん…祖父をサザンガルドに呼んでも?」




「……もちろんだ!ぜひ当家に滞在していただき、我々と共にセイトへ赴こうぞ!」


シルベリオさんが叫ぶ。




厳格そうな雰囲気がもう欠片もないな。




どんだけじいちゃんのこと好きなんだ。




「…コウロン殿を我が家に招く…長年の夢が叶う…!ならば最高級のおもてなしをしなければ!皇王様が視察に来るときよりもさらに!」




おい、それでいいのか 本家当主よ 




不敬でしょっ引かれるぞ




「…コウロン殿には文で伝えるのかね?」


本家当主が使い物にならないので、オルランドさんが話を進める。




「どうやら冒険者ギルドに配達を依頼したら届くとは聞いたのですが、エクトエンドって立ち入り禁止なのですよね?」


「冒険者ギルドでの郵便なら大丈夫だろう。Aランク以上の冒険者なら立ち入れるはずだよ。サザンガルドの冒険者ギルドならAランクの冒険者でも必ず滞在しているはずだから、文を書いてくれたら、僕の方で依頼をしておくよ。僕もコウロン殿へ文を出したいからね」


「私も出すぞ!もちろん依頼料は本家で持つ!」


またシルベリオさんが叫ぶ。




圧が凄い。




「ありがとうございます。では今日中に手紙を書いて、オルランドさんに渡します。筆と紙はいただいても?」


「もちろんさ、家の者に用意させるよ。じゃあ戻ろうか、兄さんはもう放っておこう」






「コウロン殿と縁者になる……幼い頃からあのじゃじゃ馬には苦労を掛けられたが…すべてが報われたようだ…ベアトリーチェ…よくやった…」




未だに天に祈りを捧げているシルベリオさんに一礼して、僕らはサザンガルド本家を後にした。






これでビーチェとの結婚に支障はなくなったが、夫が無職ってのはまずいよなぁ。






戦乱を終わらせる方法を見つけるために、色んな世界も見たいけど、身を振り方をもっと具体的に考えないとね。




ただじいちゃんとビーチェと皇都に行くんだ。




その過程で見えてくるものもあるかな。






そう僕は楽観的に考えていた。




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