第2話 エクトエンドのシリュウ
「シリュウや、薪割りは終わったかの?」
祖父が僕が暮らしている木屋の木窓から覗き込んでこちらに問いかけている。
「終わってるよ、じいちゃん。何なら物足りなくて明日の分も割っていたところだよ」
「ほっほ、元気があって良いの!これは槍の鍛錬の量を増やさねばならぬな!」
「僕はいいんだけど、またサトリの爺さんに止められるんじゃない?」
「むむ、儂もまだまだ動けるんじゃが…あの口うるさい爺にまたどやされてもかなわんのう…」
年齢にそぐわぬ体格に豪胆な話しぶり、この人は僕の祖父のコウロン・ドラゴスピア
大柄の体格に白髪の短髪、農夫の恰好をしているが、その昔武で名を馳せた猛者だ。
7年前に故郷の町が帝国に攻め滅ぼされた際に、身寄りのない僕を引き取ってくれそこから男手一つで16の成人になるまで育ててくれた大恩人だ。
今はエクトエンドと呼ばれる山奥の山村で祖父と2人で暮らしている。
日々狩りや農耕に勤しみながら、じいちゃんから槍の手ほどきを受けている。
じいちゃんはかつてこの皇国に仕え「槍将軍」の名でこの大陸に名を轟かせた偉人だ。
そんな偉人から槍の手ほどきを受けることのありがたさを知ったのは僕が14の時、戦記物の本を読んでいた時にじいちゃんの名前を見かけたときだ。
皇国、帝国、王国が覇を競うこの烈国大陸で行われた25年前の3回目の大戦、第3次烈国大戦時の皇国の英雄として「コウロン・ドラゴスピア」の名は世に知れ渡っていた。
当時領地拡大を是としていた帝国の皇帝が大軍をもって皇国に攻め込んだ際に、少数の手勢でこの大群を撃退し、なおかつ総大将の当時の帝国の大将軍を討ち取るという大戦果挙げたのだ。
それを可能としたのがコウロン・ドラゴスピアの圧倒的な武だ。
突けば銅に風穴が空き、振れば頭と体が真っ二つ、自身も大柄ながらそれと変わらない尺の大身槍を振り回す姿は戦鬼そのもの、かつて帝国を興した戦神の再来とまで言われたほどだ。
当時准将であったじいちゃんはこの功績により少将に昇格し、中将を経て、軍トップの階級の大将にまでなった。
僕が生まれてからは軍を引退したため、僕はその活躍ぶりを目の当たりにしたことはないが、日々槍の手ほどきを受けるなかでその凄さは痛感している。
鍛錬の際に槍をもって相対すると、体格・気迫も相まって威圧感が半端ないのだ。
そして隙も無い。
「打ち込んでくるんじゃ!」と言われるがどこに?いつ?と思う。
ただ年齢を重ねているため、腰の調子が悪いそうで、じいちゃんが張り切りすぎると、腰を痛めて数日動けなくなることもしばしば…
その度に近隣に住んでいて、じいちゃんの昔からの友人のサトリの爺さんに叱られるのだ。
サトリの爺さん曰く「こやつは昔から人の忠告を聞きもせず、無茶ばかりして、周りに迷惑をかけとる。
この年になっても治らんとは、死んでも治らんの…」と呆れていた。
そんなじいちゃんに槍の手ほどきを受けて早7年。
自分で言うのもなんだがそれなりに見れる形にはなったのかと思う。
故郷が燃やされてこの戦乱を終わらせると決意してからじいちゃんに力をつけてほしいとお願いしたのが9歳の時で、その時に武力はじいちゃんに、知力はサトリの爺さんにつけてもらった。
サトリの爺さんに週に何回か家に来てもらって烈国史や算術、大陸の地理について教えてもらっている。
サトリの爺さんも昔どこかの国で文官をしていたそうでその知識量は計り知れない。
聞けばなんでも答えてくれるので子供ながらこの人はこの世の中のことすべて知っているのでは?と思ったほどだ。
そんな2人から手ほどきを受け山村で暮らしながらもこの戦乱を生き抜く素地ができたのかと思っている。
そう薪割りをしながら逡巡していたところで、じいちゃんから声をかけられた。
「さてシリュウや、少し話がある。こちらにおいで。サトリも今日は来ておる」
「サトリの爺さんも?わかったよ。片づけしてすぐ向かうよ」
割った薪を割る程度束にまとめて、薪倉庫に収めた後に家に帰った。
家のリビングにはじいちゃんとサトリの爺さんがすでにいて椅子に座りならがお茶を飲んで待っていた。
「お待たせ。サトリの爺さん、こんにちは」
「おおう、シリュウよ。また背が伸びたのではないか。同世代でも大きい方ではないか。そこだけは祖父に似て良かったな。成人したてというがもう立派な戦士の顔つきだな」
そう褒めてくれるのがこのサトリの爺さんだ。
元文官だけあって普段からローブを着て、肩にかかるくらいの黒髪も相まって落ち着いた知的な老人の代表例みたいだ。
「そうかなぁ?この村僕と同じ年代の子どもがいないからわからないよ」
「まぁこの村は老人ばかりじゃからのう…サトリみたいに草臥れた奴しかおらんわい」
「だーれが草臥れた、だ。お主は年甲斐もなくはしゃぎすぎだ。孫のシリュウを見習え、この落ち着きを」
「孫を見習えてどういうことじゃ!?」
二人の仲の良い掛け合いはいつものことだ。
僕は微笑みながらその掛け合いが終わるのを待つ。
ある程度落ち着いたところでじいちゃんから話を切り出された。
「うぉっほん!すまぬなシリュウ話が脱線してしもうた。今日の話はほかでもないシリュウのことじゃ。お主は今月の1日に16歳になった。皇国法令上成人となる年齢じゃ。この年齢からは冒険者ギルドに登録し、冒険者になることもできれば、皇国軍に入隊することもできる。また各地方の華族の騎士に仕官することも可能じゃ。要はお主は立身することができる年齢になったのじゃ。いつまでもこの寂れた山村にいてはお主の将来に支障になってくると思っての。そろそろこの村を旅立ってはどうかと提案したかったのじゃ」
やはりそうか。
これは前々から考えていたことだ。
この国、リアビティ皇国において16歳は成人となる。
16歳になれば身の振り方を固めるのが一般的だそうだ。
商家に奉公するもの、実家の稼業に専念するもの、嫁ぐもの、皇国軍の兵士になるもの、学術都市の学園に入学するもの、各地方の華族(※この国の貴族の通称)に仕官すること、その身の振り方は千差万別、十人十色だ。
僕は武に傾倒しているので、武力を活かす職に就くのが良いのだろうとは思うが…
「僕は…この戦乱を終わらせたい…」
そう、僕は何かになりたいんじゃない、この戦乱を終わらせたいのだ。
そのために力を一心不乱につけてきたが、どう終わらせるのかの答えは全然見えていない。
そんな僕の迷いを見抜いたのかサトリの爺さんが言う。
「シリュウよ、お主のその志は立派だ。だがこの戦乱を終わらせることはこの100年誰にも成しえていない大業だ。その志を否定する気はさらさらないが、まずはこの世を見てきなさい。お主はまだ若く、幼い。この世がどうなっているのかをまず見てきてから、戦乱の終わらせ方を見出してくるのだ」
「そうだね…まったくその通りだよ、、僕はこの世界を知らなすぎる。まずは身の立て方を考えないと」
「シリュウや、祖父の儂が言うのもなんじゃが、お主は同世代の中でも抜きんでた武を持っておる。この周辺の大抵の魔獣は狩れるし、槍だけでなく弓も扱える。軍に入隊すればその武で出世するだろう。ただ世間とは社会とはそれだけではだめなんじゃ。人を率いることもあれば、教える、導くこともある。武だけでなく知を持ち、仁を持たねばならぬ。なぜなら人は一人では生きていけないからじゃ。口で言うのは簡単じゃがこのことを身に染みて感じるためには、まず人の輪に入ることが必要じゃ。まずはどこかの組織に所属してはどうじゃ?」
祖父の言うことはもっともだ。
僕はこのエクトエンド村に9歳から住んでいるがその時からは、人との交流がほとんどこの村の中で完結してしまっている。
年に数回ほど狩った魔獣の卸売のために最も近隣にある(それでも相当遠い)街「ハトウ」に行ったときに商人と話したりする程度だ。
ただその商人の息子だけは、年齢が近く、僕は友人だと思っている。
それでもこの村は子供がおらず僕の次に若いのが40代になるほどで、同世代の交流がほとんどない。これはまずい。
「そうだね…なら冒険者ギルドも軍の駐屯所もあり、華族の家もある町にまずは行こうかな」
そう僕が言うと
「それがいいだろう、この辺だとその条件に合致するのは、軍都「サザンガルド」だろうな」とサトリの爺さんが答えてくれる。
パッと出てくるのはさすがサトリの爺さんだ。
この「リアビティ皇国」は「ユニティ大陸」の南西部に位置し、北はユニティ大陸の北半分を制する帝国、東はユニティ大陸南東部に位置する王国に接している。
またリアビティ皇国の中心部は樹海地帯となっており、この樹海地帯の中心部にこのエクトエンドの村が位置している。
そのためこのエクトエンドは皇国のほぼ中心に位置していることになる。
皇国は中心部が樹海地帯のため樹海地帯を避けるように環状に大街道ができており、その街道によって皇国五大都市が繋がっている。
南西部の皇王が住まう皇都「セイト」、南東部に位置し長年続いた王国との戦争で前線になっていたため軍事施設が充実している軍都「サザンガルド」、南部に位置し皇国最大の港を擁する商都「カイサ」、北西部に位置し皇国の最高頭脳が結集する学術と研究の学都「タキシラ」、北西部の帝国との国境地帯ではあるものの、山岳地帯に位置し、皇国最大の関所であり、鉄壁の守りを誇る門都「ノースガルド」
地理的に近いのはサザンガルドで、申し分ない。
「僕はサザンガルドに行くよ」
僕の旅の最初の目的地が決まった。
そして運命が動き出す。
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