第21話


 無名の公立校が期待の私立校に対して完全試合を達成する。

 三回戦でとてつもない景色を見せられた観客たちは興奮も冷めやらない様子でスタンドから立ち去っていく。その反面、葵高校を応援していた面々は絶句していた。

 事実、試合をしていた選手たちすらスコアボードを見て、立ち尽くしている。

 二年生組はともかくこれで引退が決まった三年生たちですらまだ何が起きたのか分かっていない。そんな表情をしていた。

 

 「野次が飛ぶかと思ったが、それどころじゃないものを見ちまったって感じだな」

 「変なミスが重なった負けじゃないものね。ヒロ君のあのピッチング見て野次れる人が居るとしたらきっと野球を知らない人だけよ」

 

 育美の言葉に満面の笑みで白那が頷き、スマホを開く。案の定、もうあった。

 

 「もうネット記事になってる! 常磐二高足本博一完全試合だって! わぁ……博一君の記事をネットで見るの何年振りだろう!」

 「おおぉ!!? すっげー! 流石プロの人たちは仕事が早いな!」

 

 きゃっきゃとニコニコで記事の写真と文章を眺める白那と謙一。

 育美も同じ記事を見つけ、フッと小さく笑う。


 「過去の記録まで掘り返されて書かれてる。流石プロね」

 「日本代表の五番を任された大打者でありながら、守護神として輝いたあの日の少年は二本の刀をそのまま携えて帰ってきた、か」

 「そのままじゃないよ。今の博一君の方が切れ味は鋭いもん」

 

 白那は記事の書き方に多少の不満がある様子だ。


 「違いない。ただ……これで警戒されないボーナスタイムは終了だ」

 

 今までは謎に勝ち上がってきた県立校くらいの感覚だっただろう。

 しかし、今日の完全試合や博一の過去が広まれば警戒するのは当然だ。


 「私は博一君の実力が広まって認められるならそれで満足」


 白那は腕を組み、ふふんと鼻を鳴らす。

 その横に並んで何故か謙一までもが同じように鼻を鳴らした。

 

 「まあな。警戒したからと言ってあっさり対応出来るようなタマじゃねぇ。あっ、タマって言うのは別にそう言うんじゃなくて——」

 「誰もそんなこと思ってないわよ。何? 溜まタマってるの?」

 「姉にそう言う話振られるのは気まずいんだが」

 「あんたが投げたボールでしょうが! やっぱりピッチャーは向いてなさそうね」

 

 謎な始まり方をした姉弟のやり取りに白那が苦笑い。謙一はもう見慣れている。

 すると、四人に近寄ってくる人影があった。


 「あの、すみません。少し宜しいでしょうか?」


 それは小さな小さな少女だった。

 明るい髪のボブカットに大きな目、可愛いが詰まった顔立ちが特徴的。だが、何よりの特徴は身長だった。

 百六十を超えている前田と白那が比較対象であることを踏まえても小さい。

 百五十にも満たないように見える。が、胸はある。どうやら身長分の栄養はそちらに向かったらしい。


 「嬢ちゃんにタマの話はまだ早いな。だけどその胸——ぐぇっ!?」

 「愚弟がごめんなさいね。それで、何か用かしら?」


 成貴にヘッドロックを掛けた状態で育美が優しく微笑む。

 微笑みの優しさが意味を成さないような状況だが、少女は普通に口を開く。

 

 「常磐二高の応援してる方々で間違ってないですよね?」

 「そうね。直接関係してるのはそっちの二人だけれど。アタシは高校生じゃないし、こいつは弟だけど他校」

 「初めまして。妃ノ宮白那です」

 「中野謙一!」

 「こちらこそ初めまして。大竹瑠璃オオタケルリです。妃ノ宮さんたちは野球部の人たちと親しかったりしますか? 先程、足本さんとは親しそうな会話が聞こえてきたので」

 

 瑠璃にそう言われ、三人の視線が白那に集中する。

 

 「全員ではないですよ?」

 「いえ、そんなに詳しくなくても良いんです。谷村幹夫は元気ですか?」

 

 眉を八の字にしながら不安そうに問い掛ける瑠璃。

 その名前を聞いて白那はハッとする。


 「もしかして谷村先輩の幼馴染の……?」

 「はい! そうなんです! 話を聞いてるんですね!」

 「もしもし、お二方。積もる話があるならアタシのお店でしない? 外だと暑いし、乗せてくわよ?」

 「博一君のバイク乗せてこの人数乗れます?」

 「大丈夫よ。成貴、ヒロ君のバイク乗って店まで来て」


 育美は預かっていたバイクの鍵を成貴に投げ渡す。

 これで車の乗車スペースが潰されずに済むので瑠璃も一緒に乗っていける。そうとくれば白那たちは足早に球場を後にする。

 

 「免許持ってるから良いけどさ……ヒロシのバイクって何なんだ?」


 突然のキラーパスに思わず聞きそびれた成貴は頑張って鍵に合う車種を探した。



 場所を育美の店に変え、白那は涼しい室内で息を整える。

 野球用品だらけの店内は変わらないが、この時期だけはテレビに甲子園の予選や歴代の名試合が映し出されるようになる。

 谷村の事情を知っているのは白那だけだ。

 それもあり、謙一と成貴は離れたカウンター席に座っていた。


 「せめて車種くらいは教えてくれよ。探すの阿保ほど大変だったぞ」

 「賢ければ簡単だったの?」

 「ほどの意味合いが違うんだよそれじゃあ。誰がやっても大変だ」

 「って言っても俺たち誰もバイクの知識がないから本人に聞く以外なかったじゃん。博一に連絡すれば良かったのに」

 「完全試合直後の大投手様に余計な電話掛けられねぇよ」

 「ナルちゃんが博一に気を遣うなんて珍しい」

 「ヒロシと試合、したいんだよ。今までずっとチームメイトだったからな」


 そんな会話を他所に白那は谷村から聞いた話を瑠璃に説明していた。

 聞いた瑠璃は困ったように微笑む。


 「全部合ってます。本当に馬鹿みたい。あんなこと言って」

 「馬鹿なんかじゃないと思います。それだけ谷村先輩のことを信じていた証拠ですよ。つい勢いで焚き付けちゃうのも分かります」

 「……なんだか嬉しそうですね」

 「あれっ?」


 笑ってるつもりはなかった白那は両手で口角を触る。ちゃんと上がっていた。


 「ご、ごめんなさい! 私、こう言う話好きで……いや、好きと言うか、これで水上高校に勝ってまた前みたいに話せるんだろうなと思うと漫画みたいで」

 「良いんです。正直自分でも思ってましたから」

 

 舌を出して悪戯っぽく笑ってみせる瑠璃。

 そのお茶目な仕草に思わず白那はドキッとしてしまう。身長と顔立ちも相まって先輩であることを忘れそうになる。

 瑠璃は球場で会った時より柔らかい雰囲気で冷たい紅茶を口にする。

 

 「それにしても水上高校に勝つこと含めて漫画みたいだと言ってくれるんですね」

 「私も博一君焚き付けちゃったので。勝つって信じてます!」

 「そう言ってくれる人が居て嬉しいです。ずっと後悔してた。常磐二高に行ったのに水上高校に勝つまで口聞いてやらないなんて言ったことを」


 瑠璃は谷村の実力を心の底から信じていた。

 だからこそ自信を失くして水上高校を蹴ったことに怒り、つい言ってしまった。

 野球部の強い噂を聞いたことがない常磐二高が水上高校に勝つ可能性は限りなく低かったのに。


 「けれど今はそう思ってません。足本君、凄いですね。あんなピッチャーが居るなんて驚きました」

 「そうなんです。博一君は凄いんです! 県内……いや全国一の選手です!」

 「おいおい俺だって全国一のセンターだぞ——」

 「はいはいナルちゃん邪魔しない邪魔しない」


 博一ばかり褒められているのが気になった成貴は謙一に制止される。

 白那と瑠璃は一瞬だけカウンター側を見てから再度向き直る。


 「あれは前田君ですよね。知ってますよ。そんな前田君とチームメイトだった足本君がミキと同じチームに居るなんて凄い偶然」

 「偶然じゃないです」

 「そうなんですか?」 

 「きっと運命だったんですよ。そう思った方がロマンチックじゃないですか?」

 

 嬉しそうにニコッと笑う白那に瑠璃も釣られて一気に表情が緩む。

 

 「谷村先輩は瑠璃さんとの約束を守る為にきっと頑張ってきた。だから信じて勝ちを願いましょう」

 「ミキと話したくて、謝りたくて、会いに行こうかと思ってました。けど、ここまで来たら見届けようと思います。最後まで。どんな結果になっても」

 「もし瑠璃さんが良ければ一緒に応援しません?」

 

 その提案に瑠璃は目を輝かせた。


 「良いんですか?」

 「はい! 基本は私と謙一君とマスターさんが一緒です。成貴君は場合によりけりですね」

 「それでは一つ、お願いをしても良いでしょうか?」


 瑠璃にお願いと言われ、白那は戸惑いながら頷いた。

 

 「シロちゃんって呼んでも良いですか?」

 「ああもう全然どうぞ好きに呼んで下さい!」

 「シロちゃんも先輩だからって敬語じゃなくて大丈夫だから仲良くしてくれると嬉しい、な?」

 「うっ、はぁ……可愛いぃ……!」


 瑠璃の煌めく可愛さに白那が両手で顔を覆う。

 可愛いと言われた瑠璃は恥ずかしそうにいやいやいや、と手を横に振る。

 

 「じゃあ私からも質問良いですか!」

 「答えられる範囲なら」

 「谷村先輩のこと好きですよね?」

 「……はい」


 紅茶の溶けた氷がカラン、と音を立てた。


 「俺はスリーサイズが気になるな……実に」


 成貴は白那たちには聞こえないようにボソッと呟く。

 

 「育美ちゃーん! 冷房下げてー! ナルちゃんの頭が暑さでやられてるー!」

 「叩いた方が治るんじゃないかしら?」


 熱い夏はまだまだ始まったばかり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る