第20話


 「当時は中学生と言っても碌でもない奴らも居るんだな。そりゃ居るか」

 「あの性格のままの坂本君も中々だと思うわよ」

 

 常磐二高と葵高校の試合がもう少しで始まる中、合流した謙一と成貴を交えて話していたのは白那もさっき聞いたばかりの坂本の過去話。厄介払いした面々を非難する声もあれば、育美は坂本の性格を指摘する。

 

 「あの性格だからこそだろう。嵌められて萎れてたらあいつらの思う壺だ。目立ちたがり屋で自信家なのはプレー見てれば分かる。なんとしてでも勝ちたいよな」

 「成貴君から見た坂本君ってどんな感じなの?」

 「全国大会でも全く見劣りしない。技術的には穴がない。攻撃重視のショートとしては最高だ。でもヒロシもタケちゃんの守備の安心感に勝るとは思ってなさそうだ」

 「やっぱり坂本君凄いよね。それにしても小坂君懐かしい……あの守備範囲は凄かったなぁ」


 懐かしい名前を聞いて白那は常陸リトルの面々を思い出す。

 小坂武史コサカタケシ。博一たちの同級生でチームメイトだった。低身長ながら足が速く、動き出しの良さと守備範囲の広さが特徴の安心感抜群の遊撃手。

 打撃は大したことがないのだが、足が速いのでポテポテでもヒットの可能性が高く、バント等の小技が上手い気の抜けない二番打者でもあった。


 「因みにタケちゃんとキャッチャーのタカ……ほら、森隆行モリタカユキは俺と同じ高校で野球やってるぜ」

 「そうなんだ! 今度時間が合えば試合見てみるね!」

 「てかさ、ナルちゃん博一に顔見せないのー? 折角こんなしょっちゅう来てるんだったら顔出すくらいすれば良いじゃん。久しぶりなんだからさ」

 

 白那も聞きたかったことを謙一が突っ込んだ。

 博一が常陸リトルを辞めた直後、成貴は会わないようにしていた。

 高校進学と共に県外へ行ってしまい、会うタイミングがなくなってしまったとも言えるが、謙一に対して首を横に振る。


 「ヒロシと会うのは甲子園球場って決めてるんだ」

 「わぁ……ロマンチック……」

 「ナルちゃんかっけぇー!」

 「本心は?」

 「予選期間に会うと負けたのか? とか煽ったり、地元帰りなんかしてないで練習しろよって言うに決まってる」

 

 成貴は遠い目で今まで見てきた博一の言動を思い返す。


 「あぁ……博一なら言う……」

 「博一君ってそんな感じなんだ」

 「あいつは悪戯好きの悪餓鬼だぞ。妃ノ宮ちゃんの前ではまだ猫被ってんな?」

 「ほら皆んな、試合が始まるわよ」

 

 雑談をしていればあっと言う間に試合開始。今回は常磐二高が先攻だ。

 一回表の攻撃はカットボールを打ちあぐねて三者凡退。

 想定内の滑り出しに白那たちは何も言わず、マウンドに向かう博一を目で追う。投手としての才能もピカイチだが、リトル時代も二回戦も抑えでの登板。

 先発での起用を見るのは成貴でさえ初めてだった。

 練習試合と同じように槍投げのようなフォームで放たれた三球連続のストレート。

 無名の県立高校とは思えない速度に驚き、手が出ない。それもそのはず。全部ストライクゾーンを大きく外れていたのだから。

 

 「なんだよ。良いスピードだけどノーコンかよー!」

 「当てるなよー!」


 常磐二高の応援は少なく、どちらかと言えば勝ち負けよりも面白い試合を見たくて集まっている箇所からそんな野次が飛ぶ。


 「ヒロシの奴……フォーム変えたんだな」

 「うん。そうみたい。でも、練習試合の時はあれでコントロール定まってたよ」

 「と言うことは……あれか」

 「あれだね」

 「そうね。ヒロ君だものね」

 

 スリーボールの状態から投げたカットボールは見逃しのストライク。

 カウントはまだまだ打者有利。入れに行った球を振ってくる可能性もある中で博一が選んだのは。

 

 「ストライーク!」


 審判の力強い声が響く。

 全く反応出来なかった一番打者がゆっくりとキャッチャーミットに首を回す。


 「ど真ん中豪速球。一巡目で打てる訳ねぇわな」

 「フルカウントであの配球なら最後はきっと——」


 次の球は白那の読み通りだった。

 大きく上にすっぽ抜けたようなカーブがストライクゾーンに落ち、見逃し三振。

 葵高校ベンチをどよめかせたスリーボールからの三連続ストライク。

 それで誰もが理解した。

 背中に数字の五を背負った足本博一の制球力を。

 一層気合を入れて打席に立つ二番打者だが、ストレート、カットボール、カーブでの三球三振。続く三番打者もカーブ、カットボール、ストレートからのカットボールで詰まらせ、平凡なショートゴロ。あっさりチェンジだ。


 「あんなピッチャーが何故県立に……!?」


 その投球を見ていた葵高校監督は必死に声だけを震わせていた。


 「あんなピッチャーが何故県立に……とかあっちの監督さんは言ってそうだなぁ」

 「思ったんだけどさ、博一君の名前知られてなさ過ぎじゃない!?」

 「中学の途中で辞めてるしなぁ。そもそも小学生以下の日本代表を把握してる妃ノ宮ちゃんが珍しいと思うんだが」

 「良いじゃない。どの道、この試合が終わる頃には注目の選手になるわよ」

 「そんで宿敵坂本の第一打席」


 成貴が試合に意識を移せば白那たちも同じく試合に集中する。

 千葉のカットボールにどう対処するのか。

 そこで白那の頭にハテナが浮かんだ。


 「博一君……なんで葵高校の情報を今更?」

 

 普通は試合が始まるもっと前に集めて対策するはずだ。

 

 「なんか葵高校の情報はサカモッティーが死ぬ気で集めてたんだけど、博一にだけは教えなかったんだってさー」

 「坂本君……なんてことを……」

 「カツミンたちからは情報横流しされてたよ。でも、それを見越してデマを掴まされてたら困るから白那ちゃんにも聞いたんじゃないかな?」

 

 あれだけ勝ちに執着していた坂本だ。先発にデマが回るようにはしてないだろう。

 

 「坂本君……信用がなさ過ぎるのでは……だって対策用ピッチャー博一君がやってたじゃん」

 「高校生とは言っても碌でもない奴が居るんだな……そりゃ厄介払いされるわ」

 「ん? ナルちゃんが太鼓判を押すバッターが博一で対策した……ってことは?」


 まだ一打席目。されど坂本。

 千葉の投げたキレの鋭いカットボールを芯で捉えて左中間に弾き飛ばす。引っ張った打球の行方を目で追いながら二塁まで到達する。

 絶対にホームまでかえせと言わんばかりに博一を何度も何度も指差している。

 

 「あれが嫌がらせしてた先発ピッチャーにする態度かよ」

 「って博一君が言ってそう?」

 「正解。妃ノ宮ちゃん意外とノリが分かってくれて助かる」


 まだ二回しか会ってない白那と成貴が笑い合うが、育美が否定する。


 「はい間違い。今のヒロ君はそんなこと考えてないわよ。愚弟、試合前の話はもう忘れたの?」

 「愚弟言うな優秀姉。試合前だろ試合前……坂本の過去話を偶然聞いたヒロシの目の前で煽り始めて……あぁ、そう言うことか。二人共、三遊間を見とけ」

 

 長打は避けたい千葉はインコースにカットボールを連投。

 しかし、ツーボールワンストライク。静かにバットを掲げる博一はボール球にピクリとも反応しない。初球のカットボールでストライクを取ってから状況が好転する気がしなかった。

 一球前と変わらない捕手のカットボールのサインに千葉は首を横に振る。

 まだまだ試合も立ち上がり、四球でテンポを崩すのは嫌だった千葉が要求したのはストレート。

 捕手は博一のインハイにミットを構える。


 「あーあ、そのリードはミスだぜキャッチャー」


 スタンドで成貴が呟いた。

 本当はその位置にカットボールを投げたかったが、制球に不安があった。

 そうして投げられたミットドンピシャのインハイストレート。


 

 難しい球——博一はそれを難なく打ち返した。



 鋭い打球は三遊間の遊撃手寄り。動き出しが遅れた龍崎は逆シングルで捕球を試みるが、一歩届かず弾いてしまう。その弾いた打球を左翼手がリカバー。

 だが、足も速い坂本は既にホームベース。

 バックホームがなく、博一は大人しく一塁で止まり、龍崎を無言で見据える。

 その程度か、とでも言われてるような視線に顔を歪ませる龍崎。


 「ヒロシの得意コースからの痛打……とは言え、あれは捕らねぇとな」

 「練習ならともかくよく試合であんな良い位置に打球狙えるわよね。あんな完璧に打てたのならホームラン狙えば良かったのに」

 「話を聞いただけじゃなく、トイレで坂本煽ったりしたんじゃねぇかと思うんだ。そしたら……間違いなく啖呵は切ってる。あの打球は挨拶代わりだろうよ」

 「坂本君が騙されたってことは信じてたってこと。本気で勝とうとしていたのを蔑ろにするのもショートのあの奪い取り方もヒロ君は大嫌い。勝つ為に相当熱が入ってるんじゃないかしら」


 知らなかった博一の側面を胸に白那は一塁に目を向ける。

 楽しそうにプレーする姿が印象強いが、笑顔自体は少ない。笑顔と同様に集中力に満ちた真剣な博一も白那は好きだった。

 言われてみれば今の博一は凄みがある。スタンドからでも分かるオーラがある。

 しかし、博一の後ろは続かず、一点のみでチェンジ。


 「ヒロ君さ、一回くらい目立ちたくないみたいなこと言ってたりした?」

 「警戒されないならその方が良いって」

 「本当なら今日もそこそこのピッチングで良い感じに抑えるつもりだったんでしょうね。地味なピッチング、見られると思う?」

 「普段はクールそうに見えっけどスイッチ入ると派手に行くぞヒロシは」

 

 成貴は何処か期待に満ちた様子でワクワクしながら試合をの経過を見る。

 スイッチが入っていると思われる博一はクリーンアップを三者三振。カーブとカットボールを巧みに使い分け、出てくる打者を次々に打ち取っていく。

 博一の圧倒的な投球に負けじと千葉も力投を見せる。

 五回。点数は変わらず常磐二高の一点リード。

 滴る汗を拭いながら麦茶を口にする白那。

 その横で成貴が笑顔で腕を組んでいる。


 「一巡目で各打者に直球は一回だけ。それ以降は一回も投げてない。面白いことやってんなぁ」

 「カーブを打つのは厳しいと判断してストレート待ちしてる。けど、来るのはずっとカットボール。全部打ち損なっちゃってる」

 「一巡目以降一度も来てないからこそ直球の可能性が捨てられない。そろそろ来るだろうと山を張ってるところに——」

 「カーブであっさりタイミングを外してる。博一君……凄い!」

 「博一が凄いのなんて二人共知ってるだろー?」

 

 新鮮な反応を見せる二人に謙一が何を今更とでも言いたげに首を傾げる。

 

 「ブランク込みの初先発でこれは凄いんだよ。少しは野球の知識を付けろ」

 「博一が活躍してれば俺はそれで良いのだ!」

 「ところで成貴君はこの試合はどうなると思う?」

 「下位打線はともかく上位打線は千葉の球を捉えられてるし、この調子で行けば多分負けはない。それに面白いものが見られるかも知れねぇぞ?」

 「実は——私もそう思ってた」


 そう言って白那は口の端を上げる。

 それからの常磐二高は上位打線が千葉の投球に上手く対応。

 荒木が出塁し、谷村から始まるクリーンアップが決め球のカットボールを打ち返し、博一がストレートを右中間に運び、打点を重ねていった。

 そして迎えた九回裏二死。打席には投手の千葉。

 博一が選んだのはストレート。三球全てストレート。

 ミットが鳴る音。

 バットが空を切る音。

 一瞬の静寂を挟み——球場に大歓声が降り注ぐ。まるでゲリラ豪雨のように。

 博一の先発デビュー戦は十四奪三振の完全試合で幕を閉じた。

 否、幕開けだった。

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