(3)――「僕、急いで友達を助けに行かなきゃいけないんです」

 次に意識を取り戻したとき、僕は保健室のベッドに横になっていた。

「……?」

 どうして保健室なんかに居るのだろう。

 頭がぼんやりしていて、上手く思い出せない。

「いっ、づ……!」

 身体を起こそうとしたところで、腹部がずきずきと痛みを訴えてきた。それを追いかけてきたように、身体が軋むように痛む。

 ああそうだ、思い出した。

 鳩尾を思いきり殴られた挙げ句、空き教室に投げ捨てられたのだ。

「あ、目が覚めましたか、竹並君」

 カーテンを開けて入ってきたのは、保健の清野せいの先生だった。

「先生、僕――」

「竹並君ね、多目的教室で倒れていたんですよ」

 僕の質問を先回りして、清野先生は言う。

 多目的教室と言えば聞こえは良いが、要は少子化の進んだ結果生まれた空き教室のことである。

「三年生の男の子達が、保健室まで知らせに来てくれたんです。一年生が倒れたけど、動かして良いかわからないから、先生早く来てくださいって」

「……」

 聞くだけで、反吐が出そうな気分になった。よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなことが言えたものだ。

 ……ん? そういえば、意識を失う直前、なにかを止めようとしていた気がする。

 なんだっけ、と記憶を辿りながら眺める天井は、橙色に染まっていて。

 もう夕方なんだ、と思う。

 夕方。

 放課後。

「――先生! いま何時ですかっ?!」

「へ?」

 ベッドから跳ね起きながら、先生に問いかけた。

 そうだ、思い出した。僕はあいつらよりも先に、神社へ向かわなければならないんだ。そうしてあの少女を上手く逃してやらないと。そうでないと、あいつらが少女になにをするか、わかったものじゃない。

「い、今は夕方の三時半過ぎだけど……」

 すっと血の気が下がる思いがした。直に六限目が終わり、放課後になってしまうじゃないか。

「先生、僕、帰ります。ありがとうございました」

 言いながら、僕はベッドを出る。

 教室まで荷物を取りに行くべきかどうか悩みながら、近くのパイプ椅子にかけてあった上着を羽織る。

「待って、竹並君。ひとつだけ訊かせてください」

 そう言いながら、清野先生が僕の肩に触れた。本当に触れただけで、拘束力もなにもない手だけれど。どうしてか、その手を振りほどくのは躊躇われた。

「……なんですか」

 焦る気持ちを抑え、清野先生のほうを見る。

 すると、清野先生はひどく心配そうな表情を浮かべていた。

「今、保健室には私と君以外は居ないから、そこは安心して聞いてください。……申し訳ないのだけれど、検温するときに、身体中にある痣を見てしまったの」

「……」

「それは、転んでできるようなものじゃないですよね? なにがあってできた痣か、教えてくれますか?」

「……」

 清野先生の目を見れば、それが別の理由に見当をつけて訊いてきているのは明らかだった。僕が今、これまでのことを全て話したとして、同情を寄せるだけで終わらせることはしないだろう。

 これがまたとない好機であることは間違いない。

 清野先生に相談するとしたら、今しかない。

 だけど。

「ごめんなさい、先生」

 ゆっくりと清野先生の手を退けて、僕は言う。

「僕、急いで友達を助けに行かなきゃいけないんです」

 だから今、先生と話している時間がないんです。

 そう伝えると、清野先生は思案を巡らすように何度か瞬きをしてから、

「わかりました」

 と答えた。

「ただし、ひとつ約束です」

「約束?」

 オウム返しに訪ねた僕に、先生は、そうです、と頷く。

「また保健室に来てくださいね。そのとき、しっかりお話をしましょう」

「あ……えっと……」

「急いでいるんでしょう? 頑張ってね、竹並君」

 微笑みと共にかけられた清野先生の言葉に、僕は、

「はい!」

と自分に気合いを入れるような心持ちで返事をした。

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