暮れなずむ秋と孤独な狛犬の歌
四十九院紙縞
10月2日(水)
(1)――「――やあ人間。ワタシの神社で、一体なにをしているのだ?」
僕は青空が嫌いだ。
理由は至極簡単、嫌なことを思い出すからである。
だからといって曇りが好きなわけでもないし、雨が降れば通学が大変だから、どちらかといえば雨も嫌いな部類に入る。
だけど僕にとっての青空は、そういう問題じゃない。あれは見ているだけで心を抉られ、気分が落ち込んでいくものなのだ。
青空は永遠には続かない。それが不幸中の幸いだ。どれほど見事な快晴であろうと、時間になれば太陽は沈む。そうすれば、その不快な青色は消え去る。
だから僕にとって夕方は、一日の中でようやく一息つける、いわば安息の時間。
だったのだけれど。
「――生意気だからやめろっつったよなあ、オイ」
その日の僕はといえば、安息の「あ」の字もなく。
ようやく脱出した学校からの帰り道、三年生の男子生徒三人に見つかり、そのまま人目のつかないところへ連行され、袋叩きに遭っていた。
僕の通う中学校は山奥に位置しており、元より人通りは少ない。皆無と言っても過言でなないだろう。それでも絶対に現場を目撃されたくないこいつらは、わざわざバス停小屋の裏という死角に僕を連行してきて、僕を殴って蹴飛ばす。バスなんて一日に二本しか通らないから、バスの利用者を気にかける必要もない。
「その目つきが気に入らねぇっつってんだろ!」
急所に当たらないよう必死に腕で防御していても、限界はある。なにせ相手側には僕を攻撃できる足が三本あるのだ。僕一人がどれだけ身を縮こめていようと、無傷でいられるわけがない。
殴られ、蹴られ、意識が混濁してくる。
どうして僕ばかりがこんな目に遭わなければならないんだ。
「先輩の言うことは素直に聞くべきなんだよ、
この三人組リーダー格である
「がっ――、げほっ」
反射的に、声が漏れてしまった。
くそ、と心の中で自分に舌打ちをする。
こいつらは自分たちにとって気に食わない人間に難癖をつけ、攻撃することで満足する低俗な思考の持ち主だ。僕が一声でも上げれば、喜んで追撃してくるに決まっている。だからそれに対して一切の反応をしないようにしていたのに。無防備になりがちな背中を狙うなんて、卑怯極まりない。
「お前のその目つきの悪さ、どうにかしろって言ってんだ。なあ、俺たち先輩がこんなに熱心に指導してやってんだぜ? 睨みつけるのをやめろって簡単なことくらい、さっと理解しろよ竹並」
息が詰まる。
苦しい。
学校も、この村も。
どこに居ても、息ができない。
「だから、その反抗的な目つきが気に入らないって言ってんだよ。なんだよ、先生に言うつもりか? できないよなあ? 可哀想な
理不尽だ。痛い。苦しい。
だけど緒形の言っているとおり、僕はこの理不尽な暴力を誰かに訴えることができない。今の僕に、相談できる人間はどこにもいない。周囲から不要な同情を集めてしまうくらいなら、暴力の嵐が終わるのを待つほうが楽だ。
しかし、こいつらが飽きるまで暴力に耐えきったところで、全く得にはならないことも確かだ。こんな利己的な指導を盲目的に我慢することで、人間的成長に繋がるとは到底思えない。その先にあるものがこいつらのような人間だと思うと、余計に反吐が出る。
いや、わかってる、『指導』なんてのは建前だ。これは、ただの憂さ晴らしでしかない。
だから、僕が取るべき手段は、最初からひとつだけなんだ。
大きく息を吸って、吐いて。
「――っ」
一瞬の隙を突いて立ち上がり、僕は全力で走り出した。
伸びてきた手をどうにか躱し、とにかく走る。
すぐに後ろから罵詈雑言が飛んできたのがわかった。
振り向くな。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
立ち止まってはいけない。
先月、逃走に失敗して酷い目に遭ったんだ。
今日捕まってしまったら、どうなるかわかったものじゃない。
痛みでもつれそうになる足に鞭打ち走りながら、僕は逃走経路を組み立てる。
このまま道路を道なりに走るのは危険だ。あいつらには自転車がある。まずは自転車では入れない道を探さなければ。
そう思って、急いで周囲を見渡す。
すると、すぐに山へ続く獣道を発見した。
一抹の不安が過るが、考えている暇などない。すぐさま獣道に飛び込み、さらに山の中へと入って行く。
少ししてからそっと後ろを振り返ってみると、あいつらの姿はなかった。諦めて帰ったのか、否か。もしかしたら、僕が別の道から下りてくるかもしれないと踏んで、場所を移しただけかもしれない。であれば、もう少しの間は山に身を潜めておいたほうが良いだろう。幸い、昔から山で遊ぶことは多かったから、この手の道は歩き慣れている。
それにこの山なら、僕にとっての避難所が近くにある。
少し遠回りになるが、どうせならそこまで行って、ゆっくり傷の手当てをするとしよう。通学鞄を持ってくることができて良かった。確か、絆創膏程度なら入れていたはずだ。
「いてて……」
入山した場所から予測を立てて歩みを進めていくと、ほどなくして整備された道に出ることに成功した。いや、整備されているなんて言っても、人が歩きやすいよう最低限整えられただけの山道なのだが。それでも、人間の手が一切入っていない獣道より、格段に歩きやすくなる。
念のため、下から誰も来ないかを確認しつつ、上っていく。
そんなに険しい道ではない。ただ、片側が急斜面になっているから、ここであいつらと遭遇してしまうと逃げにくくなってしまうという難点はある。常に周囲を警戒しておかないと。
しかし、それ以外の点においてはとても穏やかな山だ。ここなら、人の声はしない。他人の視線を気にする必要もない。
しばらく歩いていくと、鳥居の上部が見えてきた。
僕にとっての避難所。
それは神社である。
ここなら滅多に、というかほぼ確実に、人は来ない。
ゆっくりと息をつける安息の地。
そのはずだったのに。
鳥居をくぐり、重たい鞄を投げるようにして足元に置いて、脱力するように社殿前の階段に座った、そのとき。
安全地帯であるはずの神社で、僕は奇っ怪な人物に出会うこととなった。
「――やあ人間。ワタシの神社で、一体なにをしているのだ?」
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