六十七話 呪文の言葉
もう、やめてっ。
こんなのはもうたくさんよっ。
アニスは、タンジーの前に立った。
「兄を離してっ」
タンジーの尖った爪がノアの首に食い込んでいる。
あの時と同じだ、とアニスは思った。
ジョーンズが殺されそうになった時、自分は何をしていたか。
ただ、ジョーンズが殺されるのを見ていることしかできず、フェンネルに助けを求めたのだ。
その結果がこれだ。
アニスは身構えた。
「あなたの自由にさせないっ」
アニスはまっすぐに走り、タンジーのことなどものともせず、ノアに抱きついた。そして、ノアに魔法をかけて鍵の姿に戻した。
鍵となったノアをジョーンズに渡そうとした。
「ジョーンズ、受けと……って……」
魔法で鍵を飛ばそうとした瞬間、アニスの体を何かが貫いた。
見ると、自分の胸の間から剣が突き出ている。
「アニスっ」
ジョーンズの叫び声がした。アニスの手から鍵が地面に落ちてタンジーが拾い上げた。それから、アニスの胸からずるりと剣が引き抜かれ、糸の切れた人形のようにどさっと地面に崩れ落ちた。
タンジーは、アニスを貫いた剣を舐めてにたにたと笑っている。
ジョーンズは怒りで我を忘れた。猛然とタンジーへとつかみかかる。タンジーは手を振り上げて、簡単にジョーンズの体を吹き飛ばした。
背中を打ちつけたジョーンズはすぐに立ち上がった。操られている人々がジョーンズをとらえようとしたが、暴れて彼らを蹴散らし、タンジーへと立ち向かった。
「気が狂ったか」
タンジーが剣を構えると、ジョーンズはそばに落ちていたフェンネルの剣を手に持った。手に力がこもる。
何があっても許さないつもりだった。
集中して、呼吸を落ち着かせる。
タンジーの体は隙だらけだ。
ジョーンズは魔女に向かって剣を振り上げた。タンジーが魔法を使う前に右腕を切りつけた。タンジーは顔を歪めただけだったが、かろうじて立っている。だが、タンジーも何もしなかったわけではなかった。
ジョーンズの右太ももに黒い焦げあとがあった。強い痛みを感じたが、アニスの痛みに比べればなんでもない。
ジョーンズは、再び剣を振り上げてタンジーの脇腹をかすった。タンジーの目がかっと見開く。攻撃を受けたが、ジョーンズは剣で跳ね返した。
「くそっ、くそっ」
タンジーがわめいた。
ジョーンズは力が溢れてくるのを感じていた。その時、フェンネルが叫んだ。
「ジョーンズ、魔女にとどめを刺せっ」
ジョーンズは剣を構えた。タンジーの胸に突き刺そうとした。しかし、タンジーの動きは素早く、タンジーが放った炎で腕を焼かれた。
「うっ」
ジョーンズは剣を取り落とした。やられると思ったが、タンジーは扉の前に立っていた。
タンジーの姿が、メランポードへと変化し、手に持った鍵を鍵穴に入れた。
フェンネルが呟いた。
「扉が開く……」
「え?」
メランポードが銀の鍵を差し込んでまわすとカチリと音がした。観音開きの扉がゆっくりと開く。
時が止まったかのように思えた。一瞬、エナジーヴァンパイアの力が弱まった。
フェンネルは人々を跳ね除けるとジョーンズの腕をつかんだ。魔法で倒れているアニスの体を宙に浮かせてジョーンズに預けた。
「アニスっ」
何度も名前を呼んだが、ぴくりともしない。
「急げ! 逃げるのだっ」
「タンジーは? あのままにしておいていいのですか?」
「君まで奪われるわけにはいかないっ」
その時、扉が開き、何かが這い出て来た。メランポードが恭しく頭を下げる。
「まずいことになった。瞬間移動を――」
その時、
――もう、遅いぞ。
と、ジョーンズの耳元で声がした。恐怖で体が凍りつく。しかし、フェンネルは諦めなかった。
杖を地上へ突き立てるとまばゆい光りに包まれた。光がやむと地面に魔法陣が描かれている。エナヴァンの力が弱まったおかげで、解放されたフランキンがナーダスを抱えて魔法陣の中に入った。
アレイスター城へ――。
フェンネルが行き先を描いた時、
「行かせないっ」
メランポードの声と共に血の付いた剣がすごい速さで飛んできた。
ぴくっとアニスの手が動いた。
「アニスっ」
ジョーンズがその手を握ると、彼女が小さな声で言った。ジョーンズは、アニスの口元へ耳を近づけた。アニスの言う言葉を口にする。
――バーリー、バーリー、守護せよ。
どちらの力か分からないが、呪文が発動し、たくさんの大麦が風に乗ってジョーンズたちを取り巻くと、剣がバラバラになった。
フェンネルはそれを見届けると、目を閉じてアレイスター城を思い描いた。
アニスたちはぱっと消えた。
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