六十二話 黒い魔女




 ジョーンズはぐったりとして横たわり、鏡の前で髪をかき上げるタンジーを見ていた。目は動かせるものの、指先ひとつ動かせない。

 すると、突然タンジーが立ち上がり、くるくると回り出した。


「アハハハハ、奪ってやったわ。セント・ジョーンズ・ワートの末裔よ」


 タンジーは何を言っているのだろう。いや、彼女はタンジーじゃない。黒い魔女だ。

 見たこともない女性が狂ったように踊っている。


 タンジーの姿を借りた魔女は手を伸ばしてジョーンズの顎を上げると、真っ赤な毒々しい唇を近付けた。


「お前の魔力、全て奪った。お前はもう王女を探すことも愛することもできない。指先ひとつ動かせまい。さあ、時が満ちた」


 黒い魔女が両手を上げた。細かい粒子が魔女を取り巻くと、青いドレスから、真っ赤なドレスに変わり、黒髪をひとつにまとめ上げ、痩せて背の高い女性が姿を現した。


「タンジー……?」


 ジョーンズが呟くと、魔女は大声で笑った。


「タンジーはもういない。わたしはメランポードよ。カッシア領土のジョーンズ・グレイ。お前は二度と故郷へは戻れまい。ここで死ぬのだから」


 ジョーンズの体がベッドから引きずり出される。見えない力によって柱に吊るされた。


「さあ、お前が持っている鍵をもらうぞ」


 魔女が、ジョーンズの服をはだけさせ肌をなぞった。

 長い爪の先がお腹に突き刺さる。

 血が滴り、その血を味わいながら、メランポードは爪を食い込ませた。

 ジョーンズの絶叫が聞こえた。


「痛いだろう。ふふふ……。うぁっ」


 その時、メランポードが悲鳴を上げて手を抜いた。指の先が溶けて曲がっている。


「くそっ、鍵を守っている呪文がやっかいだわ」


 メランポードは魔法で指を元に戻すと、腰に手を当てた。


「やはり、王女が解かないとダメか」


 ひとりごちると、ドアの方を見た。


「もうすぐナーダスとこちらへ向かっているな。楽しい所を見せてやろう」


 メランポードは、タンジーの姿に戻ると、ジョーンズを解放してベッドに寝かせた。その上に覆いかぶさる。


「さあ、王女よ、貴様のかわいいお顔が苦痛に歪むのが目に浮かぶわ」


 タンジーはにやりと笑った。


 ジョーンズの体はぐにゃりとしていて力が入らず、うつぶせのまま気を失いかけていた。

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